表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/35

第31話 エルフとはじめてのお出かけと果てのない湖

 やがて再起動したロイに改めてリンを紹介し。その経緯の説明などをし、にわかに賑やかになった無機質な部屋に、小さな、しかし否応なく聞こえる唸り声が、鳴り響く。


「……うっ」


 ──それはベルのお腹から。

 すかさず、テオのお腹も相づちを返した。


「わぅ……」


「……さっき、はしゃぎすぎたかしら、もうお腹空いてきちゃった……」


 ベルはごく自然な流れでお腹を押さえつつ、ちらりとロイを見た。


「そういえば、ロイ。移動中に言ってたわよね? 魚が美味しい湖があるって。なんだっけ──うなぎ?」


「はい、霞ヶ浦ですね。研究所の記録においても、霞ヶ浦周辺はかつて豊富な水産資源に恵まれた地域として記録されています。うなぎの漁獲量は減少の一途を辿っていたようですが、保全活動により回復してきているようですね」


「よし、決まりね!」


 ぺしょっとイマイチ格好つかない音で指を鳴らすベル。テオが賛同するように吠える。


「それならちょっと寄り道して、魚捕りでもしてからにしましょう。どうせ移動するなら、先に腹ごしらえよ!」


「おでかけ……?リンもいくー!」


 ベルの足元でリンが手を上げるように箱型の体を傾けて訴えてきた。


「え、でも……」


 リンはまだ生まれてほんのわずかしか経っていない。連れ出しても大丈夫なのか、ベルは心配になってローレライに助けを求めて天井を見る。


「ふふふ、ベルちゃん」


 それに応えたローレライの声は優しげだった。


「それなら、実地テストを兼ねてぜひ。この子に、初めての世界を見せてあげてくださいな。ベルちゃんたちと一緒なら安心ですし」


「ローレライ……分かったわ。じゃあ、リンちゃんも一緒に行きましょっか!」


「やったーー!」


 桃色の両耳がぴょこんと跳ね、しっぽが勢いよく揺れた。その様子を見て、ベルは思わず口元をほころばせる。


「それじゃ、移動は研究所にある車をお使いくださいな。今のロイちゃんなら簡単に動かせるでしょうし、メンテナンスはしていたので状態は良いと思いますわ」


「助かります、ローレライ──あと、道具や調味料を少々お借りしても?」


 短いピピっという音がロイの体から聞こえ、ローレライとなにやらやり取りをしたようだった。


「勿論よ、好きなだけ持って行って。先に車へ積み込んでおくわね~」


 ローレライのその言葉と共に、ロイの兄弟機たちは忙しそうに部屋を去って行った。




 一行が研究所の地下へと降りると、そこには暫く使われていなかっただろう車がひっそりと、飾られるように鎮座していた。深紅の車体は綺麗に磨き上げられ、一見して手入れが行き届いている事が見受けられた。

 丸みを帯びた小さな車体は、どこかおもちゃのようで、今まで見てきた無骨な車たちとはまるで違う可愛らしい外見をしている。

 どことなく古くも見えるが、一度も使われていない新品だと言われても納得の輝きを放っていた。


「なんだか、小さくて、かわいらしい小動物みたい。こういう車もあるのね?」


 ベルはいつもの説明を少し期待してロイを見るが──


「おぉ……ワタクシそっくりな丸目のヘッドライト、整然としたグリルフィン……時代を越えて愛されたクラシックの象徴……これは──」


 車を目にしたロイは震え、驚いたように声を上げていた。


「これは父上様の愛車!──にしては、ワタクシの記憶より些か綺麗すぎますね?」


 興奮が爆発しかけるも、途端に冷静になったロイが天井へと問いかける。


「ふふ。他にやる事もあまりなかったから、いい機会だと思ってレストアしたのよ」


 ロイの疑問に答え、ローレライの声が地下に響く。


「ふむ……当然のように強化された足回り……カーボンボディに削り出しバンパー……灯火類はLEDに……おぉ……ハイブリッド化まで……」


 興味深そうに、感心するように、車の周りをぐるぐると回る。時に上から覗き込み、時に下から覗き込み、ぶつぶつと何やらつぶやき続けるロイ。真似するようにその後ろをリンが付いて回る。


「シャシーはオリジナルよ~。それに元の部品もちゃんと残してあるから大丈夫~」


「あれですか……?」


 ロイが指差す先では、何かの部品らしき金属のガラクタが、空間の隅っこに山のように積みあがっていた。

 ベルにはどれが何なのかさっぱり分からなかったが、とにかくそれらが“もともとこの車にくっついてた物”だという事だけは伝わってきた。


「えっ、まさか……あれ全部、もとの部品?」


 ガラクタの山──もとい、部品の山はもう一台分くらい組めそうな量をしていた。ガラクタと言えども金属は金属。持ち帰れる物なら持って帰りたいなどと、ぼんやりと考えていたベルの脇を小さな黒い影が駆け抜けて行く──おイタの記憶も新しいテオだった。

 宝の山めがけ突撃しそうになるテオの首根っこをベルが掴む。小さな額を人差し指で弾かれると、テオは小さく鳴いて大人しくなった。


「ええ。念のため、取っておいたのよ~」


 ローレライの軽やかな答えを受けたベルが、ぽつりと呟いた。


「あの量を交換したの? 良く分かんないけど、それって……原型留めてないんじゃ……?」


 それに返したのはロイの穏やかな声。


「……おそらく、()()()()()その通りでしょう。ですが──」


 細長い手をそっと、赤く輝く車体に置く。


「機構も部品も、ほとんど刷新されてしまいましたが……それでもこの車を前にすると、不思議と、父上様の気配を感じる気がします」


 ロイの言葉にローレライが続く。


「旦那様は特にこの車を可愛がっておられました。“これはただの機械じゃない。共に走ってきた相棒だ”と、よく仰っていましたわ」


「大事にしてたのね……私たちにとっての馬みたいな感覚だったのかな?」


「ええ。そうかも知れませんわね……馬のパーツは交換できませんけど──ふふふ」


 ローレライの声が優しげに弾むが、そのやや猟奇的な例えにベルの眉が歪む。


「最初はエンジンのレストアだけだったのに……どうせなら、って色々やってたら、気がついたらこうなってたの」


「……止まらなくなったやつだ……」


 ベルは何となく身に覚えを感じてリンの方を見る。


「……?」


 視線を感じたリンが首を傾げるように体を傾げる。


「そう。でもね、この子が走れないままじゃ、きっと旦那様も悲しかったと思うから」


 その言葉に、ロイもふっと声音を和らげる。


「そうですね、父上様はそういう方でした。気に入ったものは壊れるまで使って、そして別物とも言えるほど手を加え、やがて全く新しい物を生み出してしまう……」


「まったく、似た者同士ですわ」


 ローレライが照れ隠しのように笑った。

 そんなやり取りを見ながら、ベルはロイに倣って車の表面を撫でる。

 鉄の板はひんやりとしており、驚くほど滑らかなその表面を指先がするりと滑り落ちて行く。それでも、燃えるような赤い車体の内側を探るように、ベルは静かに目を閉じた。


「魂の宿りどころは、体にあるとは限らない、か……」


 大半が理解できなかった母の教えを、ふと思い出す。

 母、曰く──体があるから魂があるのか、魂があるから体があるのか……それはどちらでもなく、魂はただ()()()()()()()と──

 それと同時に、ここに辿り着く前に壊したあの車も誰かの愛車だったのかも知れない、そう気づくと途端に申し訳ない気持ちになり、誰にともなく小声で謝るベルだった。


「ベル様……?」


「ううん、なんでもない」


「では、こちらを使用させていただきましょう──車には目的地が必要ですので」


 ロイの言葉と同時に、車の目のような部分ががふわりと灯る。無人のまま、静かに、まるで生き物のように動き出す。


「──えっ……うそ……私まだ乗ってないのに、動いた!?」


 ベルが一歩後ずさりながら、目をぱちくりさせた。テオが警戒するように前へ出る。


「ご安心ください、ワタクシが動かしております。搭載されているOSに対し、操縦制御をオーバーライドしました。手動操作も可能ですが、本日は安全を考慮し自動運転モードでご案内します」


「……何言ってるか分かんないけど、ロイがすごいのは分かったわ……」


「恐れ入ります」


「それじゃ、私はリンちゃんと一緒に後ろへ乗せて貰おうかしら。リンちゃん、テオもおいでー」


「一緒にのるー!」


「わぅ!」


 後部座席に乗り込んだベルがテオとリンを誘って手招きすると、それぞれ競い合う様に車へ向かう。テオは素早く主人の膝の上の特等席に座り、リンは器用に腕を使って、ちょこんとベルの隣へ飛び乗った。

 ほどなくして、ローレライに頼んでいた荷物を確認し終えたロイが車を発進させる。


「それでは、安全運転で参ります」


「いってらっしゃ~い。楽しんでくるのよ~」


 天井から聞こえる見送りの声に、一人と一匹と一体が元気に答えた。




「おじちゃん、すごーい!すごーい!!」

「わぅ!」


 リンとテオがきゃっきゃと騒ぐ中、研究所を後にした車はゆっくりと町中を行く。

 車窓の外には、夕暮れに近づいた空と、かつての人の営みの名残が広がっていた。


「わぁ……外って、すごく……広いんだね……」


 リンがぽつりと呟く。そのガラスのような瞳には、確かにきらきらとした感動の色が宿っていた。




 やがて車は静かに減速し、緩やかなカーブの先に広がる大きな水面が姿を現す。

 広い、広い、どこまでも続くような湖──霞ヶ浦。

 それは、ベルが今まで大森林から王都までの旅で見てきた、どんな湖よりも広大だ。平らに切り出した一枚岩の様な足場が、湖の縁に沿って続いており、それがこの広大な湖を囲っているのかと思うと、窓から見てるだけで気が遠くなりそうだった。


「……これが、湖? 海じゃなく? あっちなんて果てが見えないんですけど?」


 車を降りたベルは、傾き始めた陽に照らされ輝く水面を見渡して感嘆の声を漏らす。


「霞ヶ浦は日本で二番目に大きい湖ですからね」


「はぁ〜……なるほどねぇ……ちなみに、いちばんは?」


「琵琶湖ですね。面積で言えばこちらの湖の三倍になります」


「……なんかもう、大きすぎて訳がわからないわ──にしても、びわ……びわ……どことなく美味しそうな響きね?」


 そんな何気ないやりとりをしている間に、ロイが車の後部から、釣り竿や網、バッグなどの道具を次々と取り出していく。


「それでは食材確保班、総勢一名。出動します」


「食材確保班?」


 気がつけば、すでにロイは網を手にしていた。そして、その伸びる腕を使い、足元の波打ち際へと狙いを定めていく。

 それをベルは、やれやれとでも言いたげに眺めていた。


「そんな網で直接なんて、簡単に行くわけ──」

「──獲れました」


「えっっっ!?!?!?」


 ロイの手元の網には、ぴちぴちと跳ねる魚が二匹入っていた。


「……うそでしょ……こんな簡単に二匹も……」

「さすが……ロイおじちゃん……」

「わぅ……」


 言葉を失うベルとリンとテオの隣で、ロイは黙々とバケツに魚を入れていく。


「……くっ、やってくれるじゃない……!私も食材確保班に立候補するわ!」


 ベルがその場に出されていた釣り竿を手にする。


「こうなったら私も自分で釣ってやるんだから!テオ、リンちゃん、手伝って!」

「おー!」

「わぅ!」


 リンにも小さな釣り竿を渡し、食材確保班は総勢三名と一匹になった。



 ──しかし。


「えいっ……うーん……あれっ、なんで……?」


 ベルに教わりつつ、餌をつけて、竿を投げて、を繰り返してみるリンだったが、なかなか釣れない。持って来た餌だけが減っていく。

 テオが隣で二人を心配そうに見守っている中、ロイは網だけで釣(?)果をどんどん積み上げている。


 何度も失敗が続いたリンは、ふるふると震える声で呟いた。


「……むずかしい……あたし、おじちゃんみたいにうまくできない……」


「リンちゃん、諦めないで……諦めたらそこまでよ……っ!」


 そう言って励ますベルも、未だ一匹も釣れていない状況だった。

 もはやこれまでかと、膝を突きかけたその時──


「わぅ!」


 今まで応援だけだった食材確保班の一匹が、ベル愛用の弓矢を咥えてくる。それを見たベルが顔をハッとさせる。


「──でかしたわ、テオ!」


 今まで使っていた釣り竿をその場に置いて、その手に弓を取り直したベルは、大きな返しの付いた矢に麻糸を結び付けていく。

 それをリンは不思議そうに、体の割に大きな瞳でじっと眺めていた。


「これ、なぁに?」


「ふふふ、見てなさい……私のやる釣りは本来こっちなのよ!」


 手早く準備を終えたベルは弓矢を構え、鋭く水面を睨みつける。この瞬間だけは誰の邪魔も許さない、正しく狩人の目だった。


「──そこっ!」


 ベルが放った矢は水面へと吸い込まれるように、水しぶきも上げずに消えた。

 リンとテオが固唾を飲んで見守る中、一瞬の静寂の後、ベルの持った糸がピンと勢いよく張られる。直後、大きな魚が跳ね上がったのが皆の目に映った。


「大きいわね!リンちゃん、テオ、手伝って!」

「うん!」

「わぅ!」


 二人と一匹で慎重に糸を引っ張って行くと、やがてリンの体ほどはある、大きな魚が引き上げられた。

 ベルは略式の祈りを捧げると、ずしりと重いその魚を両手で天へと掲げた。


「よしっ!まずは一匹!これが釣りの醍醐味よー!」

「やったー!」

「わぅー!」


「おめでとうございます、ベル様。こちらはハクレンでございますね。コイ科の中でも味が良いと評判の魚です」


 二人と一匹が抱き合うように喜ぶ中、ロイも一緒に拍手して祝福してくれている──が、その後ろに置かれた桶へと皆の視線が集まる。


「本日の収穫です」


 そこにはぎゅうぎゅうに詰まった魚たちが……。


「幾つかは干物に加工予定です」


「…………」

「…………」

「…………」


 ベルが無言で目を逸らすと、ロイがそっと補足する。


「ベル様の釣りあげた魚は本日一番の大物でございます。ですが、胴体を矢で貫かれてしまっておりますので、干物へ加工するには少々──」

「──なんか言った!?」


「い、いえ……」


 これには流石のロイも、ちょっとしょんぼりしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ