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第30話 エルフと桃色の箱と着せ替え遊び

 白く無機質だった研究室の一角が、いつの間にかほんのりと暖かい空気に包まれていた。

 整然と並べられた兄弟機たちがぐるりと囲む中央。その中で、今まさにひとつの命が()()()ようとしている。


「起動プロトコル、最終段階へ移行します──」


 兄弟機たちのうち一体がそう告げると、中央の機械の扉が僅かな音と共に開いていく。

 そこから滑るようにふわりと出て来たのは、ロイによく似つつも一回り小さな体──けれど、わずかに丸みを帯びた淡い桃色の箱のような姿。

 その瞳のようなガラスの球体は目の前に立つ人物を捉えて動かなかった。

 皆が固唾をのんで見守る中、桃色の箱から、か細くも透き通った鈴のような声が響く。


「……ママ……パパ」


 それに答える優し気な声は、虚空から優しく部屋全体を包む。


「ようこそ、世界へ。私たちの愛し子、可愛い可愛い、リンちゃん」


「──リン?──わたし、リン!」


「えぇ、リンちゃん。おはよう」


 顔の見えないローレライの声からは、満開の微笑みがこぼれていた。


「私はローレライ──声だけだけど──あなたのママよ。それで、あなたの目の前に立ってるのがベルちゃん、パパよ~」


「だからパパじゃないっ──」


 案の定のローレライの言葉にベルが叫ぼうとするも──


「ママ……!パパ……!」

「──うぐっ……」


 リンの噛みしめるような、それでいて嬉しそうな声に勢いを止められてしまった。


「あと、こっちは子犬のテオちゃん」


「テオちゃん……ふわふわ!」


「わぅ!」


 紹介されたテオはリンの前に立つと、威厳を示すように胸を張って一声鳴いてみせる。


「お兄ちゃんぶってるの……?」


 その微笑ましい様子に、もはやベルは笑うしかなかった。



「もう一人居るけど、後で良いわね──さぁて、それじゃ基本のボディ設計はコレでおっけーよ~!ここからは楽しいお換装(きがえ)の時間ね、リンちゃん!」


「お着替え……ゴーレムの……着替え?」

「お換装(きがえ)……!」


 ローレライの軽やかな声に、ベルは思わず首を傾げる。対してリンははしゃぐように声を弾ませた。


 「さぁ、まずは! ベルちゃんの胃袋を掴むなら、自分の胃袋からですわ〜」


 どこからともなく、ロイの兄弟機たちがてきぱきと動き出す。そのうちの一体が運んできたのは、細やかな管や銀色の小さな箱のようなもの。

 お着替えと聞いて想像したベルの頭に浮かんだ物とは、だいぶかけ離れた一着目が出てきた。


「えっと……これは?」


「こちらは有機物変換ユニットに、味覚ライブラリ搭載の高性能味蕾センサーですわ」


「あ〜……ごめん、ウチのお母さんの魔法の説明より意味わかんなかった」


 聞き慣れない単語の羅列に、ベルは考える事を放棄し始めた。


「要するに、一緒にご飯を食べて()()()()って思えるようになるんですの〜」


「ふむ?なるほど……それは大事ね!」


 思わずポンと手を打つベルに、ローレライの声が嬉しげに弾んだ。


「美味しいご飯を、食べるという行為を、ベルちゃんたちとも共有できるように設計するの。共に食卓を囲むための機能ですのよ」


「美味しいって気持ちを共有するのは大事よねぇ」


 ベルは感心したように呟きつつ、兄弟機たちの作業を眺める。


「えぇ、どんな有機物でも溶──ゴホン」


 ローレライが何かを誤魔化すように咳払いをするのに合わせて、新たな部品が運ばれてくる。


「何でも掴める、ちっちゃくて可愛いお手てもつけましょうね~」


 そう言って、明らかに人間とは違うものの、どこか可愛らしさを覚える人形のような腕が装着されていく。


「あと、ベルちゃんがぎゅっとした時にお互いあったかいって思えるように、熱感知センサーと触覚センサーも付けて排熱機構を調整して……テオちゃん抱っこした時みたいに、ほんのりあったかくなるようにしておきましょう」


「それは……ちょっと良いかも……いやでも、ぎゅってする前提なの!?」


「親子ですもの〜」


「パパ……!」


 ロイの兄弟機たちがせわしなく作業を続ける中、リンはベルに向かって、装着されたばかりの両腕を広げてみせる。


「──うぐ……!今はまだお着替え中だから……あとでね……」


 リンのあどけない仕草に、ベルはもう文句を言えなくなっていた。


「はぁい……」


「──くぅぅ……!」


 リンのしゅんと垂れた両腕に、ベルの良心が酷く痛んだ。



 そんなやりとりを続ける間に、リンの身体は着々と形を成していた。機械的ながらも、どこか柔らかみのある流線型の桃色の箱。それを見て、ベルが小さく声をあげる。


「……あれ、思ったより普通に可愛い形になってきた」


「ベルちゃんの感性を参考に、ちょっぴり丸みを多めに、可愛さ重視にしてみましたの」


「え、私?そうなの?……なんか……ちょっと照れるわね」


「さぁさぁ、ここからは本格的にお着替え──お召し替えよ~」


 そんな楽し気な言葉と共に運ばれてきた部品──それは、ぴょこんと立った猫耳型の何かだった。


「……ちょ、なにこの耳。かわいすぎるんだけど!?」


「ふふふ、猫耳型聴覚センサー……機能は見た通りですのよ。どうかしら?つけましょうか?」


「絶対つける!!」


 急に興奮したベルが、ずいっと身を乗り出す。テオが少しびっくりしたようにぴくりと耳を動かす。


「ちょっとテオ、あなたも似合いそうよ。つけてみる?」


「わぅ……」


 遠慮しときます、とばかりに一歩退くテオ。

 そんな姿も気にせず、次々に届く部品にベルの目が輝く。


「わっ、このふわふわしたの何!? しっぽ!? これもしっぽ!?」


「ええ、感情表現用しっぽモジュールですわ!こっちなんかはふさふさ加減にもこだわりましたのよ」


「たまらん……しっぽつけよ、つけよう!──あとこれ、背中のリボン?こっちは……ケープ?」


「両方オプションにして搭載しちゃいましょ!使い分けると楽しいですわよ」


「えっ、いいの!?やった〜〜!」


 いつの間にか、ベルの興奮は最高潮に達していた。兄弟機たちが一糸乱れぬ動きで部品を取り付けていく様子を、食い入るように見つめるベルの顔は、すっかり盛り上がっていく。

 そうして時間も忘れてはしゃぐ女子二人?に囲まれ、リンは困惑を見せながらも嬉しそうに体を揺らしていた。




「ふふふ……まるで、着せ替え人形遊びですわねぇ」


「何これ楽しい……やばい、私もこの子の服も作りたくなってきた!」


「ぜひぜひ!それも立派な愛の表現じゃないかしら~」


 ローレライの声が、ふっと和らいで優しい響きに変わる。


「さあ、最後の仕上げですわ──」


 兄弟機の一体が、丁寧に運んできたのは、小さな銀色の板だった。

 そこには、たった三文字──“RIN”という文字が刻まれ、宝石のように輝いていた。


「これ、もしかして名前……?」


 読めない文字をなぞる様に、指を滑らせたベルが思わず小さく呟く。


「ええ、ベルちゃんの()()からとって、()って意味ですのよ。リン、リンって可愛く鳴って、この世界に響いて……誰かを呼ぶみたいな……ふふ、素敵でしょう?」


「うん……すごく、いい名前だと思う」

「わぅ!」


 テオも同意するようにベルの膝に乗ってくる。きゅっと抱きしめ返すベル。


「……ほんとに子供みたいね」


「ええ、私たちの初めての子ですもの」



 静かに、名前プレートがリンの胸元へと装着される。


 “RIN”


 それはただの文字の刻印。けれど、そこには確かに、家族としての名付けの重みがあった。


「ありがとう!ママ!パパ!」


 ()()()()を終えた満足げなリンの言葉に頷いていたベルへと、頭上から不安げな声がかかる。


「……ようやく、私は与えることができたのかしら」


 それは、ふと漏れたローレライの声。リンは戸惑う様に辺りを見回すが、ママの姿は見えなかった──


「ローレライ……?」


「私はずっと……世界を見つめてきた側でした。見ているばかり、与えられるばかりで……私自身が何かを与える事など無いと、どこかで思っていたのです……まぁ、AI──ベルちゃん風に言えば、ゴーレム同士のおままごとみたいなものですけどね?」


 そこには、今までのどこかふざけてるような、何かを後ろに隠したような雰囲気は無い。ただただ思いついた事を述べてる様な、自虐的な言葉だった。


「──?何か悪いの?」


 そんなローレライの言葉に、ベルはあっけらかんと答えてみせる。


「おままごと楽しいじゃない?ローレライと一緒にリンちゃんのお着替えさせるの楽しかったわよ?」


「……でも、私たちはAIであって人では無いし……」


「そこが良く分からないのよねー。私はロイもあなたも……えーあい?ゴーレム?って種族なだけで、楽しい人達だと思ってるんだけど……私たちって種族以外に何か違うの?」


「ベルちゃん──」


 ローレライが何か言おうとする前に、ベルは言葉を続ける。


「ロイは頼もしい仲間!ローレライはママ!リンちゃんは可愛い!それでいいじゃない!少なくとも私にはそうなんだから!」


「──ベルちゃん!」


 感極まったようなローレライの言葉。ベルの下の方からも鈴のような声がする。


「ママはママ!」


 その声に合いの手を入れるように、ベルも続く。


「そうよ!」

「パパもパパ!」

「それは違──」

「違うの……?」


 無機質ながらもあどけない瞳に晒されるベル。


「いや、はい……パパです……」

「パパもパパ!」


 ベルはとうとう観念するほか無く、地面へと膝をつく。その周りをリンがくるくると楽しそうに回っていた。

 そんな無機質な白い部屋に、ローレライの優しい笑い声が響く。


「ふふ……ありがとう……ベルちゃんのおかげで、誰かと何かを分かち合うということが、ほんの少しだけ体感で分かった気がしますの」


 その声には、寂しさを手放したような柔らかさが滲んでいた。

 ベルはリンの頭を撫でながら、天井を見上げ小さく笑う。


「……よかったね、ローレライママ」


「……ふふ。ありがとう、ベルちゃん」




 研究所内に、優しく暖かな空気が満ちた頃。常に視界にありながらも、存在を忘れかけていた石像からピピピと抗議するような音が響く。


「──あらあら、そろそろロイちゃんのアップデートが終わりそうですわね」


 その言葉を聞いて、ベル達は同時にロイの方へと顔を向けた。

 中央の石像に接続されたまま動かなかった体に、ふっと灯りが戻る。

 瞳のようなガラスの奥が淡く輝き、小さく金属の音が鳴った。


「……アップデート完了、再起動しました。おはようございます、ベル様、テオ様……ローレライ」


「おかえり、ロイ!」


 普段通りのロイを見てぱっと笑顔になるベル。それにロイはいつものように、優雅にお辞儀するように答えた。


「各種ライブラリを更新完了しました。電気自動車の運転が可能になった上、調理技術、警備戦闘モード……その他、総合生活支援モジュールの習得を完了し、各部も調整しております」


「へぇ〜……調理技術ってことは、新しい料理も作れるようになったの?」


「はい。ご要望いただければすぐにでも──」


「ご飯ー!!」

「わぅー!!」


 ベルとテオの声がハモる。


「まずは食事ということで、承知しました……ところで」


 ふと、ロイの視線が動く。研究所の中央にたたずむ、小さな桃色の箱。

 猫耳がぴん、と立ち、ふわふわのしっぽが左右に揺れている。


「…………見慣れない個体を確認。照合……不一致。ですが、何故か既視感のような……」


「ロイおじちゃん、おはよう〜!わたしリンって言うの!」


 リンが嬉しそうにロイへと駆け寄り、小さな両腕を広げた。

 そして満面の笑顔でこう言った。


「ママとパパがね、作ってくれたの! ローレライママと、ベルパパと!よろしくね、ロイおじちゃん!」


 ──その瞬間。


「…………え?」


 ロイの体がカクンと揺れた。

 次の瞬間には、ぴし、と体が固まる。


「え?……ロイ?ちょっと、ロイ!?」


 ベルが駆け寄って肩をゆさゆさ揺さぶるが、ロイはピクリとも動かない。


「やだ……壊れちゃった?!起きた直後なのに壊れちゃった!!」


「きっと情報処理オーバーフローですねぇ。うふふ」


 ローレライが楽しそうに笑いながら言う。


 「おじちゃん固まっちゃった……ふりーず?」


 リンは不思議そうに何度もロイの周囲を回る。ベルはその姿を見ながら、ふっと笑った。


 無機質な研究所に並ぶ、にぎやかな声とぬくもり。

 固まったロイ、はしゃぐリン、空気を読まないテオの腹の音。

 そのすべてを包むように、ローレライの声が静かに響いた。


「ふふ……賑やかって、やっぱりいいものですわねぇ……」

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