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第3話 エルフとカリカリと光の塔

 ベルは手のひらに小さく盛った木ノ実のようなものを一つ、また一つと口に放り込みながら上機嫌に廊下を歩いていた。部屋は暗かったが、廊下の魔法の灯りは生きているようだった。


「やったわね! 大手柄よ、テオ!」


「わん!」


「ふふっ。オマエもご機嫌ね。ほら、もう一個行くわよー? ――そ〜れっ」


 ベルは自分が食べていたその茶色い欠片をテオに向けてアピールし、おもむろにそれを放り投げる。


「わっふ!」


 放物線を描いて飛んだそれを追いかけるようにテオは飛び上がり、見事に空中でキャッチして見せた。


「わん! わわん!」


「さっすがー! よーしよしよし!」


 褒めろ褒めろと駆け寄るテオをその勢いのまま迎えて撫で回すベル。




 二人が行儀悪くも歩きながら上機嫌に食べているのは、先ほどの部屋で新たにテオが見つけた物だ。


 その袋にはベルの知らない犬種が大きく描かれており、もしや犬を原料にしているのでは? と彼女は戦々恐々した。しかし、いつの間にかテオが美味しそうに食べ始めていたのを見て、賢い相棒が食べているならば共食いでは無いのかと安心したのだった。


 それは二人とも食べられる食料で、ベルがひと抱えするほどの大きさの袋いっぱいに詰まっており、その量は現状に於いて非常に頼もしい重みを彼女の背中のリュックに与えていた。


 味は少々淡白でベルには物足りなくはあったが、薄味が好きなテオは気に入った様子で先ほどからパクパクと食べている。


 よく乾燥させられ体積に比べ非常に軽く、長持ちしそうな雰囲気はベルの知る保存食の特徴に似ていた。しかし彼女の知るそれらは基本的に硬く、歯と顎への挑戦状のようにガチガチなのに対し、こちらはカリカリとした非常に軽い食感で食べやすい。


 一つ一つは小さいため小分けにしやすいのも利点だった。それに使える白く薄いカサカサとした不思議な感触の袋もベルは見つけていた。


 軽く、歩きながらでも食べられて、味もそこそこであり糧食として非常に優秀だと彼女は考えていた。


「どうやって作ってるのかしら。これがどこの町でも手に入れば携帯食の常識が変わりそうなのに……」


「わん!」


「テオもそう思う? この――えっと―― なんて呼べば良いと思う?」


「わぅ?」


 物に名前が無いというのは思いの外 不便であるとベルは改めて気付く。思わずテオに名前の案を聞いてしまう彼女だったが、鳴き声以外の返答は期待できなかった。一部の動物とある程度の意思疎通が可能なエルフと言えども無理からぬ事である。


「うーん。カリカリした食感だからカリカリでいっか」


「わん!」


 ベルは大して悩む事無く思いついたままに適当に名付ける。二人だけが分かっていれば問題無いと言う様子だ。


「テオも賛成? 良い子ねー、それじゃカリカリ最後の一個行くわよー? ――ほらっ」


「わっふ」


 テオはまたも見事に空中でキャッチして見せた。どうやら完全にコツを掴んでいる。それを最後に、ベルが小分けにして手に持っていたカリカリが無くなった。


「よーし! それじゃこのままもうちょっと登ってみましょうか」


「わう!」


 『48F』と書かれた階で思いの外 長い休憩を取ったベルたちだったが、食料に余裕が出来た事で心にも余裕が生まれていた。


 幸いこの建物は寝ようと思えばベッドはどこの階にも存在するようなので、ベルはこの勢いでもう少し登ってみる気になった。




 そしてその終わりは思いの外すぐにやってくる。


「案外 頂上の直前まで来てたのね」


「わう」


「でも……地上からここまで延々と続いた階段……それもいよいよ最後か」


 すぐ下の階に『52F』と書かれていたのを最後に近くの壁には何も書かれておらず、ベルたちの前に登り階段はもう無い。二人の前には扉があるだけだった。




 高い所から現在地を確認しようと、思い付きで登り始めた建物であったが、今やベルは前人未踏の高山を踏破したかの様な達成感を得られそうな予感に満ちている。


 偉業を成し遂げた自分にはどんなご褒美が待っているのか、目を見張るほどの景勝か、それとも未知の美食か、はたまたお伽噺にある伝説の剣か――


「さーて……ここには一体何があるのかしら――っと!」


 彼女はその扉を勢いよく開く。




「――何これ?」


「わぅ?」


 ベルの胸にあった大きく膨らんだ期待は、彼女 本来の薄い胸に合わせるように急速に萎んでいった。


 そこには斜めになった濃い紫色の板と、ベルの身長を超える箱のようなものが理路整然と並び、彼女の視界を塞いでいた。足元には円筒状の物が板や箱同士を繋ぐように、蛇の如く這いまっており歩き辛い事この上ない。


「ここは暗くて足元が見づらいわね」


 再度ベルは照明魔法を唱える。すぐに周囲は柔らかな光で照らされていく。


「屋根の上にこんなにごちゃごちゃと物を置く事ある? 階段でここまで持ち上げた人の苦労が偲ばれるわ……」


 ベルは自らの苦行と照らし合わせて、目の前の何か分からない物体を運んだ人の仕事の大変さを思いながら、何かないかと周囲を見回していった。




「特に使えそうな物も面白そうな物も無い、か――ちぇっ」


 肩透かしを食らったベルは口を突き出し、不貞腐れ気味に空を見上げる。


「何だか星が減ってる気がするわね……」


 そこには綺麗な星空が広がっていたが、テオに鉄の容器からご飯を上げていた時に見たそれよりも、星の数が減っているように見えた。そして星座に興味の無かったベルには、星の配置が故郷のそれと全然違っている事には気付けないでいた。


 そんな彼女を尻目に、いつの間にかテオは濃い紫色の板に登って滑るを繰り返し楽しそうにしている。


「わんわん!」


「テオ―。危ないから止めておきなさーい」


 ひとしきり一人遊びを堪能したテオが走ってベルの元へ戻ってくる。


「ハッ――ハッ――ハッ――」


「アナタは随分と楽しめたみたいで羨ましいわ」


「わん!」


「さて、ここからじゃ周りも見えないし――あの梯子を登ってみましょうか」


 辺りを見回しても箱と板しかベルの目には入って来なかったが、その一つ、他よりも大きい、小屋ほどもある物に梯子が据え付けられているのを見つけた。そこに登れば、このどれほど高いのか分からない建物の頂上から周囲の地形が見渡せるはずだと見当をつける。


「テオは梯子登れないから、私の頭の上に乗っててね。……爪立てちゃダメよ?」


「わう!」


 テオを頭の上に乗せ、ベルは梯子に手を掛ける。頭上のバランスに気を付けながら梯子を登る難しさを堪能した彼女は、そこから見えたさほど期待していなかったはずの展望に言葉を失う事になる。




「すごい……上も下も視界全部が星空だなんて……こんな明かりは無粋ね」


 ベルは今まで使っていた照明魔法の光球をひと撫ですると、夜に溶ける様に魔法は掻き消えた。


 彼女の頭上には夜空を明るく彩る星々が当然のように煌めいている。しかし地上であるはずの眼下にも、まるで鏡が夜空を映したように色とりどりの光が散らばり、見た事も無い全天球の星空を作り出していた。


「王都には魔法の街灯があって、夜でも町が明るいって聞いて楽しみにしてたんだけど、もしかしてこれがそうなのかしら」


 街灯と思しき物は道を照らし、建物を宵闇に浮かび上がらせており、果ては絵や文字までもが光り輝いていた。しかしこの石塔の森が王都で無い事はベルも既に分かっている。


「あの一際大きい光の塔は……灯台? 全体が光る灯台なんて見た事無いけど……」


 ベルの視線の先には、周りの建物が子供に見えるような大きさで光の塔が文字通りの威光を放っていた。


「かがり火なんかの比じゃないわね。でも、ここまで大規模な魔法の灯りがあるのに人の気配が無いなんて、不思議……」


 その言葉の通り、灯りに照らされた道には誰も歩いておらず、光の灯った建物にも炊事の煙が一条すら見えない。


「王都でもないのに街灯が一杯あって、お城みたいに大きい建物だらけなのに人っ子一人居ないって、ここは本当に何なのよ」


「わぅ?」


「まるで人だけが急に居なくなったみたい……」


 ベルは風のそよぐ音しか聞こえない屋上で星空に包まれる幻想的な体験をしながら、世界にひとり取り残されてしまったかのような孤独を覚え膝を抱える。


「はぁ……これからどうしたら――」




 ――静寂をかち割り、腹の虫が轟きを上げる。


「わっふ!?」


 すわ敵襲か、とテオが辺りを警戒している。


 幻想的な光景も孤独感も、何もかもを蹴飛ばしたその雄叫びがベルを現実へ引き戻す。


「と、とりあえず、下の階で何か食べられそうな物探そっか!?」


「わん!」


 ベルは取り繕う様にテオを抱えあげ、頭に乗せるといそいそと梯子を降り、階下へと続く扉へ向かった。

ここまで読んでいただいてありがとうございます。

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