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第29話 エルフとゴーレムと家族計画

「ベルちゃん、私と一緒に子作りしましょう?」


 ローレライのやたらと楽しげな声が、白い無機質な部屋にこだまする。


「──はああああああああああ!?!?!?」


 ベルは思わず立ち上がり、お茶のカップを危うくひっくり返しかける。ロイの兄弟機達がそれをすんでの所で食い止めた。テオはまだ椅子の下に隠れて様子を伺っている。


「な、なに言ってるのよ!?いきなり!?なんの前触れもなく!?それに──子供って!?」


「あらあら、驚かせてしまいました?でも、本気ですのよ?」


 ローレライの声には冗談めいた響きはない。けれど、明らかに楽しんでいる気配だけはひしひしと伝わってきた。


「そ、そんなの無理に決まってるでしょ!?人間とゴーレムが子作りって、聞いたことないわよ!」


「でも、ベルちゃんはさっきのお昼ご飯の時、『これぞ家族の食卓、流石ローレライママだ』って言ってくれましたし!」


 ふんす、と胸を張るような勢いでローレライが言う。ベルのモノマネらしきセリフはやたらと凛々しげな声だった。


「そんな事言ったっけ──って言うか、大体……私は男の人とそういう風な感じになった事も無いのに……いきなり女の人?となんて──って、ああもう!」


 自身の発言と過去を思い出しながら、指をもじもじし始めたベルだったが、すぐにそれどころでは無いと思い直した。

 椅子の下ではテオが、ロイの兄弟機たちの方をちらりと見やる。無機質な彼らが、まるで“子供?”と首を傾げるような仕草を見せた──ような気がして、ベルは更に頭を抱えた。


 しばしの沈黙の後、ローレライがぽつりと呟く。その声の調子は先程とは打って変わって柔らかく、慈しむような声だった。


「……私は、ずっと見てるだけの存在でしたわ。けれど、あなたとお話して、あなたとご飯を食べて……その先が、欲しくなってしまいましたの」


「ローレライ……」


 あまりの声の調子の違いに、ベルもしんみりと話を聞く体勢をとる。


「私は……誰かとこれからを作りたい」


 その()()という言葉に、ベルの胸が少しだけ熱くなった。


「旦那様は私に世界に寄り添い続けろ、と仰いました。でも、こうも言いました──好きに生きろ──と」


「そうね──」


 あの変人と言って差し支えない光の影の、数少ないマトモな発言を思い出すベル。


「であれば、私は旦那様が愛し、旦那様を愛したこの世界が静寂に飲まれる事を良しと致しません……あの賑やかな旦那様の事ですもの、絶対にその方が面白いと仰ってくれるはずですわ……」


「……わかった……分かったわ。とりあえず、()()子供を作るってのは置いておいて。新しくゴーレムを生み出すって話なら、考えてもいいかもね……」


「まぁまぁまぁ〜〜!!それって前向きなご検討として受け取ってもよろしくて!?」


 これまた先程までとは一転、ローレライが弾んだ声を上げると、ロイの兄弟機たちがすぐさま動き始めた。どこから取り出したのか、ピンクと水色のふりふりベビーベッドを両腕に抱えてやって来る。


「ちょっと!?切り替え早くない!?どっから出したの、ソレ!?しかもなんで二色あるのよ!?」


「ふふふ、性別未設定ですもの〜。選べる喜びって、大事でしょう?」


「いや、そもそも性別あるの!?」


 ベルの抗議もどこ吹く風と、兄弟機たちは淡々とベッドの組み立てに入っていく。

 それをどうやって止めようとわたわたとするベルに横合いから声が掛けられる。


「ん~、名前はなどんなのが良いかしら?ベルちゃんはどんなのが良い?」


「へ!?名前!?名前……?うーん……ドドメルキ……いや、待って、ペムンシュカ……」


 慌てていたベルの思考がすぐさま命名に奪われる。悩みだしたベルの口からは、以前テオとロイに付けようとして使わなかった名前が並んで行く。テオがまたコレかと言った様子の顔で戦慄していた。


「ええと……とってもユニークな……ええ、ユニークな名前たちですこと……」


 ベルの出した予想外の名前候補に今度は逆に圧倒されるローレライ。


「──そうですわ!ベルちゃんの()()って、()って意味があるんですのよ」


 しかし、彼女の切り替えは早かった。


「いや私の名前は正式にはベルフェーム……あ、いや……」


 自分名前が正式にはベルフェームレボアメイユールであり、エルフ語で森で一番の美人、などと言う意味であるとローレライに知られたらどんな面倒な事になるか……と思い直しベルは口をつぐんだ。


「だからベルちゃんにあやかってリンちゃんにしましょう?それが良いわ~!鈴みたいにコロコロ笑う、凛とした女の子に育てましょ~」


「あ、はい」


 ローレライが勝手に決めてしまったが、自分の名前の件を深掘りされても面倒なのでベルは頷いておいた。


「ふふふ。見た目はどんな子にしましょうか?ベルちゃんみたいにお目々はパッチリがいい?耳も長くしましょうか?あ、テオちゃんみたいにしっぽはあったほうが良い?他にも付けたい機能とか、な〜んでも言ってくださいね?」


「そんな、今日の晩ご飯は何にする?みたいなノリで聞かれても……」


 ベルが困り顔で肩をすくめると、ローレライはおっとりとした声で続けた。


「もちろんですわ~。あなたは共同開発者、すなわち()()ですもの!」


「なんでよ!せめてママでしょ!?いやそもそもパパでもママでもないし!?」


 ローレライの声はどこか本気で楽しんでいるようで、からかわれているのか、真面目に受け取られているのか判断がつかず、ベルは頭を抱えた。


「まずは、高性能な味覚センサーから付けようかしら〜」


「味覚ぅ……?」


「うふふ、ベルちゃんにご飯を作るなら、お味見機能は必須ですもの〜」


「あー……じゃあ、そうね。……一緒にご飯食べられる子、とか?」


 ベルの何気ない思い付きの一言に、空気がふわりと変わった。


「……まあ」


 ローレライの声が、ひときわ優しく、柔らかくなる。


「え?なんかダメだった?」


「いえ……逆に最高ですわ〜」


 少し間を置いてから、ローレライは慈しむように語った。


「なんて素敵な仕様なんでしょう。()()()()()()()()()()……機能なんかじゃなくて、美味しいを()()()()()っていう気持ち……ベルちゃんの想いが籠ってるわ……」


「そ、そう?別に深い意味はないけど……」


 ベルは少し照れくさそうに、そっぽを向いてぼそり。

 けれどローレライは、まるで抱きしめるような声音で告げた。


「ふふ……でも、そういうのこそが、大事なんですの──それこそが、AIに()を生むのかもしれませんわね」


 その言葉に、ベルは自然と動きを止めた。食べることが好き。それを一緒に分かち合いたい。そんな、ほんの小さな願いが、命に似たものを芽吹かせるかもしれないなんて──


「魂……」


 思わず繰り返すベルの声は、どこか遠くを見つめるような響きだった。


「ではでは〜!開発室──いえ、子供部屋の準備を始めましょう!」


「はやぁいっっ!?」


 ベルの驚愕の声と共に、ロイの兄弟機たちがせっせとベッドを整え、壁際には小さな棚を設置しはじめる。


「まって、待って、まだ話まとまってないから!?!?」


「いいえ~、仕様はだいぶまとまりましたわ~」


「話まとまってないって言ってるのにベッド増えてるぅぅぅぅぅ!!」


 こうして、地球最後の研究所にて──世界初の“ごはんが食べられるAIの子供”をつくるプロジェクトが、勢いと混沌と共に幕を開けたのだった。

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