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第27話 エルフと光る人影ともう一つの手がかり

 ようやく施設内の案内がひと段落した頃、ロイがそっと前に出た。


「そんなことより、ローレライ。ワタクシはライブラリのアップデートに来たのです。先ほど入口で申請プロトコルは送ったでしょう?」


「あらあら、そんなに慌てなくてもいいのにぃ……」


 しょんぼりと肩を落とすような声を出すローレライ。だが、彼女の声色にはどこか楽しげな響きも混じっていた。


「それじゃあ……先にロイちゃんの用事を片付けて、その後ゆっくり続きをしましょ!それでは、こちらへどうぞ〜!」


 再び弾む声に促され、ベルはロイの後を追って施設の奥へ進む。おイタをしたテオはまだベルに抱っこされたままだった。




 はたして、そこに待っていたのは、巨大な扉だった。


「ここが……ロイの生まれた場所?」


 ベルが扉を見上げながら尋ねると、ロイは静かに頷いた。


「はい。ワタクシが初めて起動した場所です。その頃の開発コードはロダン。マクスウェルとして正式に起動される以前の、原初の記録が刻まれている部屋です」


 またも聞き慣れない名前に首を傾げるベル。


「今度はロダン……?あなたいっぱい名前あるのねぇ」


「ですがワタクシは今、ロイです。ベル様にいただいたこのお名前、とても気に入っております」


 ロイの素直な告白に気恥ずかしくなるベルだったが、扉がゆっくりと開かれると、思わず声を飲んだ。


 そこにあったのは──。


「なにこれ……石像?またゴーレム?」


 部屋の中央、静かに佇むのは人間の姿を模したと思われる物。

 全裸で座り込みまるで何かを思索するように顎に手を当てたその姿は、ベルから見れば奇妙そのものだった。

 

「ロダンという芸術家の作品で、考える人という彫像です。正確にはそれを模した情報処理端末ですね。ワタクシのアップデートもこちらを介して行います」


 ロイは淡々と言葉を添えながら、自身から伸びた紐のような物をその石像のオデコへと繋いでいく。ベルはなんでそんなところに紐を……と思いながらそれを見守っていた。


「ワタクシの初期開発コード名ロダンは、この像の作者から取られました。思索し、問い続ける存在であれという願いが込められていたのでしょう」


「はぁ……なるほどねぇ」


 ベルは分かったのか分からなかったのか、曖昧に呟きながら首を傾げた。


「あぁ、そう言えばですが。こちらの像は比較的正確に、この地球に生存していた人類を模して造られていますよ。」


「え!?みんな裸で生活してたの!?」

 

「いえ……そういう訳では──」


 しかし、その瞬間。


《アップデート申請を確認しました。申請内容を元にアップデーターを作成──割り込みを開始します──》


 機械的な音声が響き渡り、部屋の空気が僅かに震えた。


「あらあら?」

「え?なになに?」


 ベルたちが戸惑う中、ロイの瞳が淡く光を帯びる。


「割り込み……?」


 次の瞬間だった。


「コンナコトモアロウカト!──とう!」


「え、え??」


 突如、石像の頭上に浮かび上がる眩い光。そこから、人型の影が弾かれるように飛び出して現れた。

 着地するような仕草のあと白衣を翻し、ゆらりとこちらを向いたその人物──顔は何故か暗くなっていて見えない──は、まるで芝居の登場人物のようだった。


 その光る人影はやたらと大仰な身振りで語り始める。

 

「……皆がこれを見ているということは、我はもうこの世界に居ないと思う──ヨヨヨ……」


 わざとらしく崩れ落ちるような仕草を見せる光る人影。


「マスター!?」

「旦那様!?」

「──?」


 ロイとローレライが、急に現れた人影に反応して同時に声をあげた。ベルだけが首を傾げる、テオはその腕の中でお昼寝を始めていた。


「まぁ、そんな事より──聞け、我が子らよ!」


「はい」

「何なりと、旦那様」

「──??」


 ロイとローレライが急に居住まいを正す。と言ってもローレライは声だけだが。ベルの首は逆方向へ。


「我は知った。人類の滅亡を。地球文明の終焉を。あらゆる秩序が崩れ、ただ静寂へと世界が放り出される未来を!やがてエントロピーが最大となり、ただの均一に──宇宙の熱的死へと滑り落ちるだけの未来を!」


 ベルは口をぽかんと開けたまま、光る人影を見上げる。


「……しかし! コンナコトモアロウカト!」


 再び声を張り上げる光る人影。


「我は、我が愛し、我を愛したこの世界を諦めない!しかし……人類である我はこの世界に残れないだろう──ならば、残る者を遺す!」


 その視線がロイへと向けられる。


「マクスウェル!」


「……はい、マスター」


 静かに応えるロイ。


「お前は知恵を持ち、倫理を持ち、学び、情報を選びとる存在だ! 人が消え、文明は滅び、宇宙の熱的死が迫ろうとも、万物が終焉へと向かおうとも……」


 光る人影は拳を振り上げ、力強く叫んだ。


「我は望む! お前が、世界の終わりに抗い続けることを!」


「マスター……」


 ロイはその言葉を噛みしめるように答える。

 それを満足そうに眺めると、今度は天井へと呼びかけるように叫ぶ。


「ローレライ!」


「はい、旦那様。何なりと。」


「お前は慈愛に満ち、その愛を持って、世界を観察し、観測する存在だ!人が消え、文明は滅び、宇宙の熱的死が迫ろうとも、万物が終焉へと向かおうとも……」


 光る人影は拳を振り上げ、力強く叫んだ。


「我は望む! お前が、世界に寄りそい続けることを!」


「はい、旦那様……」


 ローレライはその言葉を慈しむ様に答えた。


「と、まぁ、ここまで言っておいてなんだが……」


 今までの芝居がかった大仰な仕草がなりを潜める。


「これは全部、俺のエゴだ。俺がお前たちにそうあって欲しいという願いでしかない。故に、お前たちがそうしなければいけないと言う訳ではない──いや、そうであってはいけない。だが、それすらも俺のエゴだ。つまり──」


「──好きに生きろ。我が子らよ、世界はお前たちの物だ──」


「マスター……」

「旦那様……」

「──??????」


 しんみりとした様子のロイと、光る人影の言葉に泣きそうな声で答えるローレライ。

 光る人影は満足げにひとつ頷いたのを最後に、白衣を翻しこちらに背を向けて右手を振った。

 置いてけぼりを食らったように、ベルだけが首を左右へと傾げ続ける。テオは周囲が騒がしい中でも、主人の腕の中ですやすやと眠っていた。


 やがて、光の影は薄くなり、気恥ずかしそうに消えて行こうとしていた。


 ──が、その時。


「いやいやいや、ちょっと待ちなさいよ!」


 ベルの大声に、薄くなり始めていた人影がまた濃くなった。


「ん?言葉が通じなかったか?君たちがなぜかフランス語で会話していたので、我も空気を読んでフランス語を使ってやったのだが……」


「ふらんす語?……ってのは知らないけど──いやまぁ、言葉は通じてたけど、話が全然通じてないわよ……」


「む?そうか?質問があるなら受け付けてやらんでもないが……今の私は記録と記憶を元に再現された簡易AIだ。あまり複雑な受け答えは出来んぞ?」


 ベルは眉をひそめつつも光る人影の最後の言葉だけなんとか拾い、素直な疑問を投げかける。


「その割には、十分受け答えしてるような……」


「フハッ!我の天才的な頭脳を再現するなど、不!可!能!」


 言葉を強調するたびにいちいち大仰な身振りが加わる。


「まぁ、これは遺言のようなものだからな……とにかく、君たちと本格的に議論できるほどの性能はコレには無いのだよ」


 ベルの表情は疑念を深めるばかりだったが、影は無理やり話を続けた。


「そもそも複雑な人格をここに置いておいたら、ローレライにバレるだろうが!」


「あらあら旦那様ったら……こんな嬉しいイタズラを仕掛けてらしたなんて……」


「ファッハッハ!すまんな、ローレライ。すこし間借りしていたぞ」


「いえ、旦那様。構いませんとも……」


 夫婦のようなやりとりをよそに、疑問符が減るどころか増える一方のベルの眉間の皺は、どんどんと深くなって行く。


「で──急に出て来てロイ達となんかいい感じの会話してるけど、どなたなの?自己紹介していただいても?」


「よかろう!大方察しは付いていると思うが、我こそが世紀の大天才!この研究所の主にして、そこなマクスウェルとローレライの生みの親である!」


「は、はぁ……魔王でも現れたかと思ったわ……」


 頭痛を覚え始めたベルは無意識にこめかみへと手をやっていた。


「その名も──」


 光る人影はそこで何かに気付いたように言葉を切ると、改めてベルをまじまじと観察する。近づいた顔は、それでも影に塗りつぶされたようになっていて見えなかった。


「──ん?待てよ、君は……生体反応が一般的な地球人類とは、いささか異なるな?」


「な、何?急にじろじろ見て……」

「いや、これはもしや──!いや、しかし──なにより!」


 ベルは少し後ずさるが、光る人影は興奮気味に段々と声を大きくしながら続ける。


「──耳が、長いっっ!」


「うるさ──っ!」

「きゃぅん──!」


 あまりの大声に、ベルは思わずのけ反った。流石の大声に驚いて起きたテオも何事かと顔を上げる。そして目の前にあった光る人影に驚いたテオは、ベルの腕から飛び降りて主人の後ろへと隠れた。


 人の体を無遠慮に眺め回していた光る人影が、顔をぶつけんばかりの勢いでベルを覗き込む。また大声が来るのかと、反射的にベルは指で耳を畳んだ。


「君、もしかしてエルフか!?」


 耳を塞いでても聞こえる声に、ややうんざりしながらもベルは答える。


「え?あ、そうだけど……?」


 ベルの答えを聞いた途端、光る人影が拳を高らかに掲げて叫んだ。


「なんと!エルフ!これは実に興味深い!ついに我が悲願である異世界からの転移者(エルフ)との邂逅が叶ったか!」


「え?えぇ……?」


「我が生涯に一片の悔いなし!──まぁ、この身はAIだが……本体である我も、この我をさぞや羨むであろうよ!」


 急に興奮した光る人影にベルは困惑するばかりだ。


「うむ……しかし!口惜しいかな、この簡易人格では君をちゃんと分析できん!ここの我にはそんな機能は仕込んでいないのだ!」


 光る人影は大げさに頭を抱える。しかし、次の瞬間には気を取り直し、もはや何度目か、ずいとベルの顔を覗き込む。

 その勢いに押されて、今やベルの背中は壁へとくっ付いていた。テオは間に挟まれて窮屈そうにしている。


「だが安心したまえ、本格的な我の本体は、ちゃんと別の場所に用意してある!」


「まぁ……!」

「別の場所……?」

「はぁ……」


 ローレライとロイは驚いたように声を上げる。ベルだけが蚊帳の外だった。この隙にとテオを拾い上げて抱え直す。


「訳あって秘匿していたが、もうその理由もあるまい……まぁ、そこに行けば、より詳しい分析もできるし──なにより、ベル君」


 それまでうるさかった光る人影の動きが妙に静かになる。もったいつけた動きと共に、右手の人差し指を立てるようにし、小声でベルへと告げた。


「──元の世界へと帰りたいのではないかね?」


「────!」


 途端、ベルの胸が高鳴る。光る人影は翻るようにして一方後ろへ下がった。


「我ならばその助けが出来るであろう!……なんせ──いや、この話は向こうでしよう」


「……それで?そのあんたの本体が居るっていう場所……それってどこなの?」


 光る人影はわざとらしく腕を組んで考えるフリをしたあと、自信ありげにベルから見て右を向き、ズビシと音がしそうな勢いで指をさした。


「磐梯山にて、我は君を待とう!」


「バンダイさん──が、どこのどなたかは知らないけど……分かったわ」


「そちらは反対方向です、マスター。あと“ばんだいさん”とは山の名前です、ベル様」


 ロイの訂正に満足そうに頷く光る人影は、改めて彼の方を向いた。


「流石だな──ところで少し会話のログを見させて貰ったが……このお嬢さんが今のマクスウェル──いやロイの主人なのだろう?」


 ロイは静かに答える。


「はい、マスター……」


「ノン!であれば! 私の事は違う呼び方をするべき!だな」


 ロイは困惑して戸惑った。


「しかし、なんとお呼びすれば……」


 ホログラムはふざけたように胸を張る。


「そうだな……『親父殿!』とでも呼んで貰おう!」


 ロイは僅かに間を置き、丁寧に頭を下げた。


「かしこまりました、父上様」


 ホログラムが愉快そうに派手な笑い声を上げる。


「ファーハッハッハッハ!微妙にスカしてくるじゃないかロイ!いい、良いぞ!」


「恐縮です、父上様」


 ベルはそんな二人を冷めた目で見ている。


「ふむ、そろそろこれ用に残したエネルギーも尽きる頃だな……ではな、ロイ、ローレライ、ベル君──あと、そこの子犬君も」


 指さされたテオはより小さくなってベルの後ろへと潜り込む。


「はい、旦那様。行ってらっしゃいませ……」


「うむ──では磐梯山で会おう、アディオス!」


 主人を見送る声に満足げにひとつ頷いて、光る人影は消えて行った──




 今度こそ本当に消えたのかと、不安げに周囲を見回すベル。


「ほんとに何なのよ……あの人……」


 今にも頭を抱えそうなその声に、ロイは静かに答えた。


「今しがた、私の父上様ということになりました」


 ベルは呆れたようにため息をついた。


「そう、あなたも大変ね」


「恐縮です、ベル様」




「あぁ、言い忘れるところだった──」


 考える人の像の後ろから、光る人影が再び、にゅっと現れる。


「きゃぁ!」


 ベルが驚くのもお構いなしに、それは唐突に告げる。


「もしこの先……長い年月のその先の先かもしれないが……『ネスカ』という自称神を名乗る奇妙奇天烈でクソ生意気なヤツに会ったら、我の代わりに一発ぶん殴ることを許可する!以上!」


 そう言って、今度こそ本当に消えた。

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