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第23話 エルフと価値ある一杯とばっちい石


 香ばしい匂いが店内にまだ漂うなか、鉄板の前ではもんじゃの熱々の湯気の代わりに、のんびりとした時間が立ち上っていた。机の上に広がっていた食材はもう既に各自のお腹へとすっかり収まっている。

 

「……ふぅ。自分で焼きながら食べるのって、なんだか大変だけど……楽しいし美味しかったわね」


「ええ、食事と調理を一体化する楽しみというコンセプトが、もんじゃ焼きには含まれておりますから」


「えぇ……それは完璧に理解したわ……」


 ベルとロイのやり取りを聞きながら、ネスカは小さな湯呑みを手にとって一口飲む。


「うん、お茶も美味しい。ありがとう、ベル君」


「まぁ流石に、ね、もんじゃのお金出してもらっちゃったし……」


 食後、ベルはもんじゃ代のお礼としてネスカへお茶を提供していた。先ほど国会議事堂とやらの食堂から頂いてきた物だった。

 由来が由来なのでちょっと気まずそうに視線をそらしたその時──けたたましい音が一行の背後から響いてくる。


「自動販売機より──返金処理が行われております」

 

「うわっ!? ちょっ、ちょっと! なにこれ!? 何かじゃらじゃら出てきてるんだけど!? 壊しちゃったの!?」


 ベルが思わず椅子を蹴って立ち上がる。驚いたテオも椅子の上でぴょんと跳ねた。


「いえ、動作自体は正常でございます」


 ロイは動じることなく自販機の返却口を指し示す。


「ワタクシの開発者様が、金属の質量や希少性から価値を自動換算し、使用可能とする“柔軟な判断機能”を開発しておりました。先ほどの硬貨一枚分のお釣りとして──40万円前後が返ってきているようです」


「40万──がどんなもんか知らないけど……ネスカ、あなたこの大量のお金、持って帰れるの?っていうか、そのローブ、ポケットとかあるの?」


 ロイの口?から突然飛び出した桁の大きい数字にベルの目が驚きに見開かれる。が、それも一瞬の事で顎に手を当て首を傾げた。

 そういえば最初の硬貨も一体どこから取り出したのか、ベルは不思議に思ってネスカの服をジロジロと見回した。


「ボクは要らないから、ベル君が持っててよ。この先また何かで絶対日本円が必要になると思うよ?」


「そりゃここのお金はあったほうが良いだろうけど……えっ、こんなに……? いや、でも……ねぇロイ、これってどれくらいの価値なの?」


 途中から小声で尋ねるベルに、ロイもそっと小声で応じた。


「ちなみに、先ほどのお茶の市販価格は──一杯あたり100円程度。つまり、ベル様は“拾ったお茶っ葉のお茶一杯”で4,000杯分のお返しを受け取られたことになりますね」


「よんせ……っ!」


 思わず口を押さえて硬直するベル。そのやり取りを横で聞いていたネスカが、くすりと笑う。


「もんじゃも美味しかったし、ベル君に淹れてもらったお茶も美味しかったよ? ボクには、十分に見合ってたってこと」


「どんなお返しなのよそれ!? 今度なにかで返すからね!? 絶対よ!?」


「うん、その時はまた、君と美味しい時間を一緒に楽しもう」


 そう言って、ネスカは湯呑みを両手で包みこむように持ち、ふぅっとひと息吐く。

 ロイは使った鉄板や食器を片付けていった。



 

 やがて食後ののんびりした時間が一段落し、空気が少し落ち着いた頃、ベルたちは腰を上げていた。

 テオは名残惜しそうに鉄板を見つめていたが、やがてぴょこんと飛び降りる。


「それじゃ、そろそろ出ましょうか。ごちそうさまでした。弟?さんもお仕事頑張ってね」


 ベルは鉄板に向かって軽く頭を下げ、床を滑る清掃ロボットに小さく手を振った。

 ロイの兄弟──言語も意思もないその無表情な働き者は、既にピカピカな床を静かに掃除し続けながら一行を見送った。



 一歩店の外へと出れば、外は既に暗くなっており、辺りは街灯で照らされていた。昼間とはまた違った雰囲気にベルが少し見惚れていると、その脇からわざとらしく思い出したような声が上がった。


「さてと──」


 ネスカがベルへ向き直る。


「次の目的地は、少し遠いところになるよ。……筑波山っていう場所なんだけど、歩いて行くとなると、数日はかかると思う」


「……つくばさん? どなた?」


 ベルが不思議そうに聞き返すと、ネスカは首をひねりながら説明しようとして──すぐに断念した。


「……えーと、そういう名前の山。とにかく、ちょっと遠いんだ」


「ふーん……まぁ、遠いのは慣れてるけどね。王都までだって三ヶ月歩いたし」


 あっけらかんと言うベルに、ネスカはちょっと引きつった顔になる。


「いや、それに比べれば短いんだけど……できれば、乗り物を使った方が早いかなって。君に残る転移の痕跡だってずっと残るわけじゃないしね」


「なるほどね……でも、乗り物って言ったって……」


 そこへロイが一歩前に出て言葉を添える。


「偶然にもその場所──つくばには、ワタクシが開発された研究所も近くにございます。もし設備が稼働していれば、自動車操縦用ライブラリの取得が可能となり、自動車の運転が実現できるかもしれません」


「自動……車?」


「車輪を4つ持つという点で馬車に似た構造を持ちますが、馬の代わりに電気やガソリンなどの動力で走る金属製の乗り物でございます。基本的に運転手が必要ですが、自らで考えて自らで走るワタクシの兄弟のような個体も存在しておりました」


「車輪が4つの金属製の乗り物……もしかして、その辺にいっぱい転がってるやつ?」


 そう言ってベルは目の前の道に転々と停まっている鉄の箱を指差した。


「ご名答です、ベル様」


 ロイが嬉しそうに肯く。


 「動くの、これ?何か傾いてるのもあるけど」


 「車の耐用年数を考えれば今でも動く個体は比較的簡単に見つかると思います。それに部品取りとして使えそうな車体も幸い豊富ですので」


「それなら次の行動は動く車を探す、あるいは修理してつくばへ向かうって感じだね──みんな、頑張ってね」


 ネスカはそう言ってベルたちから一歩後ろに下がった。


「頑張ってね……って何で他人事なのよ?案内してくれるんじゃなかったの?」


「忘れたのかい?ボクはこれでも管理者っていうこの世界でも偉い神様なんだよ?他にも色々とやらなきゃいけな事があるのさ」


「無人の世界の神様にそんなにやらなきゃいけない事があるの?」


「そりゃあるよー。それにベル君に難しい説明したって、大体聞いてないじゃないかー」


 思い当たる節が多すぎるベルはその言葉に黙るしかなかった。

 

「うぐ……」


「それに案内を放棄するつもりは無いよ──ボクの代わりだと思ってこれを持って行っておくれよ」


 そう言ってネスカは、これまたどこからともなく、小さく綺麗に光る青い石がぶら下がったネックレスを取り出した。どこかネスカの瞳を思わせるその石は陽光を受けて憎たらしい程にキラキラと輝いていた。


「これは言わばボクの分身みたいなものでね。見た目はただの石だけど、意識の一部を宿してあるんだ。これがあれば、会話もできるし、遠くからでもちょっとした手助けができるよ」


「へぇ……でも、あたしがこれを首から下げるの? こんな、あんたそのものみたいな石を?」


 ベルが目を細めて石を睨むと、ネスカは少しだけ拗ねた顔になる。


「えー、ひどくない? 見た目にも可愛いように頑張ったのに……!」


「見た目に気を遣ってるってのも、何か余計にイヤなのよ……」


 ぷいと顔をそむけるベルの手元で、ふいにテオがぴょこんと飛びついた。


「わぅっ!」


「きゃっ!? ちょっ……ちょっと、テオ!? なにして──」


 ネスカの手から奪い取るようにしてネックレスをくわえたテオは、誇らしげに振り返る。


「テオ!そんな石、ばっちいからやめなさい!!」


 ベルの怒号が青空に響いた。


「ちょっ……流石にそれは酷くないかい!?」 


 ネスカが思わず泣きそうな顔でツッコミを入れる。

 ベルとネスカの口論が続く中で、テオは石をそっと床に置いたかと思うと、その上にちょこんと座り込んだ。

 テオはまるで宝物でも守るように両前足の間に石を収め、嬉しそうに尻尾を振っている。


「おや〜?テオ君はその石が気に入ったのか〜い?」


 ネスカが勝ち誇ったようにベルを見やる。


「ほら〜、見て見て、テオ君は気に入ったってよ〜?」

「こ〜ら?テオ〜?悪い事は言わないからその怪しい石をこっちに渡しなさい?」


 ベルは普段ならしない猫撫で声でテオから石を取り上げようとするも、テオ石を自分の体の下へ下へと潜り込ませた。


「怪しいとは失礼だなー!」


「こんなあんたそのものみたいな石ぶら下げてたら、この子に何か悪い影響があるかも知れないでしょ!?」 「えぇ〜!?ボクの影響を受けるって言うなら、むしろ気品が溢れてくるんじゃいかなぁ〜?」


「そんなわけないでしょ!!」

「あります〜!」


「何を根拠に──って、テオ!?」

 

 二人の口論が白熱の最中を迎えようとしたその隙に、テオは自らの下敷きにしていた石を口にくわえて飛び出していく。


 その様子にネスカはテオを見て優しく微笑んだ。


「……じゃあ、ボクの分身はテオ君に預けるよ。ボクはそろそろ行かなきゃ。またねー、ベル君。ロイ君。テオ君」


「はい、またお会いしましょう。ネスカ様」


「ちょっと!? 待ちなさいよ、ネスカ!ロイも普通に挨拶してるんじゃないわよ!」


 ベルが慌てて手を伸ばすが、ネスカの姿はすでに光の粒となって溶け始めていた。


 「ほら、ボクなんかにかまってて良いのかい?テオ君、結構遠くに行っちゃってるよ?」

 

「あーもう!テオ!? コラー、テーーオーー!! そんな石捨てちゃいなさーーい!!」


 あわててテオを追いかけるベルの声が空に響く。




 聳え立つ朱塗りの巨大な門の周囲を何周もした頃。


 薄暗い路地の突き当たりに追い詰められたテオは、なぜか首元をぷるりと震わせ──

 気づけば、さきほどの石はしっかりと首輪となって取り付けられていた。


「え、なんで首輪になってるのよ……」

 

「わう!」

 

 ぽかんとするベルをよそにに、テオは満足げに鳴いた。

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