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第19話 エルフと自称神様と特別授業

 舞い上がっていた煙がそろそろ消えようかという頃。ネスカはまるで散歩でもするようにゆっくりと歩み出す。その白いローブが陽光に照らされ、なおさら浮世離れした雰囲気をまとっていた。


 場に静寂が戻ってからしばらく、ネスカは天井にぽっかり開いた穴を見上げ、両手を腰に当てて満足げに頷いていた。


「これが彼の目指した風通しの良い国会かぁ。なるほど、これはこれで気持ちが良いもんだね」


「何の話?」


「ううん、こっちの話〜」


 軽口を叩くネスカの姿に、ベルはようやく弓を下ろし、諦めと困惑が入り混じった視線を送っていた。


「さっきは……本気の一撃を放ったんだけどね。あれで無傷って……」


 両親特性の魔法矢に満腹の自分の魔力を全部持って行かれた一撃をして無傷な存在が相手なのだ。今更の抵抗は無意味であるとベルは理解していた。同時に相手に敵意がない事も。

 

「うん、すっごく良い魔法だった! びっくりしたよー。こっちでも使える魔法って、もうそれだけでレアだしね」


 目の前の存在は良い物を見れたとばかりにケタケタと楽しそうに笑う。

 

 「さて……と。じゃあ、少しお話でもしようか?いっぱい質問あるでしょ?」


 そう言ってベルの前に立ったネスカは、すっと手を差し出すような仕草をする。ベルはその手を敢えて無視してトゲトゲした様子で言葉を投げかける。


 「それよりテオに何したの、この子は大丈夫?」


 ベルは足元ですっかり落ち着いている様子のテオをそっと撫でる。先ほどの戦意は完全に抜け、テオはただ撫でられた満足感で嬉しそうに尻尾を振っていた。


「大丈夫だよ、何かを弄ったわけじゃない。ただ僕がベル君に害をなす存在じゃないと理解して貰っただけさ。彼に危害を加えてないと誓えるよ──そう、神に!」


 そう言ってズビシ!と自分を親指で指差した。


 「ぁ、そう──テオが無事なら何でもいいわ」


 「わぅ!」


 主人の自身を気遣う言葉が分かるのか、嬉しそうにひと鳴きするテオ。そこにおずおずと無機質な手が差し込まれる。

 

 「ベル様、失礼します……あの、お話をされている様ですが、お相手はどちらに……?」


 ロイの声が珍しく少し震えていた。ずっと周囲を見回しているが、目の前にいるネスカの姿は見えていないようだった。


 「今、私たちの目の前に居るわよ。何言ってるの?──まさか…見えないの?」


 「はい……光学、音、熱源、触覚、果ては味覚まで。いずれのセンサーにも反応は……まことに恐れながら、ベル様がどなたと会話されているのか、ワタクシには……」


 胸を張って腰に手を当ててやり取りを聞いていたネスカが会話に挟まる。


 「ふふっ、ごめんね、ロボくん。ボク、君のセンサーに映るような存在じゃないんだ。高貴だからね!ま、声は物理現象として起こしやすいから──これなら聞こえるかい?ついでに今までの話も共有しておこうか?」


 「……っ!? 今、我々以外の声が──メモリーが急に……!」


 ロイが僅かに身を引く。その声音には混乱と警戒が滲んでいた。


「何が起きたかは不明ですが、急に割り込まれたメモリーから話の流れは理解いたしました」


「え、あなた大丈夫……?」


 ベルは心配そうにロイの無機質ながらも困惑してる様子の瞳を覗き込む。そんなベルを光学センサーの画角いっぱいに捉えたロイは自信満々に頷くような動きで答えた。


「はい、問題ありません!各部動作にエラーはありません!」


 快調そうな機械音と共にロイの両手が軽快に動く。その様子にベルは安堵の表情を浮かべた。


「そう、なら良かった……。──ねぇ、改めて訊くけど、あんた……何者?」


 ここまでの超常的な振る舞いに頭痛を覚え始めたベルの問いに、ネスカはくるりと回って両手を上に広げておどけて見せる。


 「ボクはこの世界――というより、この星、“地球”の管理者の一人さ。まぁ、“神様”って呼ぶ人もいるけど、正確にはそういうのとはちょっと違うんだよね」


 「地球……? また聞いたことない単語……」


 ベルが眉をひそめるのをよそに、遊んでいるのかネスカはステンドグラスの赤い色の光だけを踏みしめながら軽やかに飛び跳ねつつ答える。


 「この星はね、魔法が“使えない”ように設計されてる世界なんだ。人が魔法を扱うには、ある程度の“魔力”が必要だけど……この星では、その魔力を外に“輸出”してるんだよ。正確にはもう過去形だけども」


 「地球が魔力を輸出……ですか?」

 

 ロイが疑問を投げかける横で、急に始まった難しそうな話に困惑したベルは右に左に首を傾げる。


 「うん。この世界──今いる地球も、君のいたとこも含む大きな意味での世界ね──では生き物の魂から“マナ”が生まれて、天に昇り、やがて"魔力"になって地上に降りてくる。エルフのお姉さんのいたとこで言う魔物が生まれる原因にもなるアレだね。でも、この星では別の世界に送り出されてる。だから魔力が地上に溜まらないし、結果魔物も魔法使いも、ここには生まれない」


 「これは実に興味深い……ワタクシの開発者である、あの方も好きそうなお話、お聞かせできないのが残念でございます……」

 

 「……でも私は魔法を使えたわよ? さっきまで、普通に」


 段々と授業の様相を呈して来た話の流れにネスカはどんどんと得意げになっていく。テオはその横で先ほどからずっとネスカの蝶々を眺めていた。


 「それは君がこの星に持ち込んだ魔力と自分で食べ物から取り込んだ分を使ってただけさ。ボクも自分の分は自分で賄うよ、なんせ神だからね」


 ネスカは指先を軽く振ってキラキラと光るだけの魔法を見せる。冷ややかな表情のベルをよそに、ロイはそれを見逃すまいと食い入るように光学センサーに収めていた。


 「ま、そんな訳で君の体の中には魔力が残ってたからここでも魔法は使えてた。でも、あの火柱の矢で全部使い切っちゃったみたいだね」


 ネスカは指で作った輪っかを通してベルを覗き見る、釣られてロイもジッとベルを観察し興味深そうな声を上げた。

 

「ほほう……」


「なによ……」


 ベルは思わず両手で自分の体を掻き抱いてネスカたちの視線から逸らした。

 その様子を見て不満げに口を尖らせるネスカ。しかし、それも一瞬の事ですぐに表情を戻した。

 

 「でも、あの盛大な火柱のお陰で君のこと少し調べられたんだよ」


 「調べた?あれで何が分かるの?アホみたいな威力なのは一目瞭然だったけど」


 「確かに威力は凄いけどそうじゃなくて。君の魂の構造とか遺伝的な情報とか、それに魔力の性質……いずれも地球じゃ絶対見れないパターンだ、なかなか興味深いよ。これは他の管理者たちにも報告しなきゃかなぁ、でも転移事故がバレたら絶対面倒そうだよなぁ……折角のボクの休暇が……」


 事故──その言葉に、ベルの長い耳がぴくりと動く。


 「私は“事故”でここに来たの……?」


 ベルはここに来る直前に見た、今にも自分を轢きそうになって焦っている馬の顔を思い出す。そんなベルを見ながらネスカはふふ、と鈴の音のように笑った。


 「その通り。君は、運命っていう名の大きな“シーツ”を突き破って、ここに落っこちてきたドングリさ。たぶん、君の世界でとてつもなく大きな“リンゴ”が落ちた拍子に下敷きにでもなったのかな。それで君は君の居た場所の運命から弾き出されてこの地球に落ちてきた」


 「……リンゴ?私がぶつかりそうだったのは馬だけど……」


 「別にリンゴでも馬でも良いし、突き破ったのはシーツでも壁でも良いんだけど──ものの例えさ。あんまりごちゃごちゃさせると分かんなくなるから一旦シーツで行くよ」

 

 「はぁ……」


 あからさまな生返事にも構わず進むネスカの話にベルの眉間の皺がどんどんと深くなっていく、もう既に分かんないんですけど、とは言えなかった。テオは既に飽きた様子でネスカの蝶々と遊んでおり、ロイは何やら熱心に聞いているようで彼の内部から何かが動く小さな音がしきりに聞こえていた。

 

「みんなの魂っていうドングリを集めるために木の下に広げた真っ新なシーツだと思ってよ。んで、大きな運命が動いた拍子に大きなリンゴが落ちてきて、ドングリを下敷きにしてシーツに穴が空いちゃった!普段なら一大事さ!すぐにその穴を管理者が見つけて塞ぐ必要があるんだけど──」


 ネスカの言葉を遮ってベルの手が伸びる。


「待って、大きな運命の動きって……私は平和な王都に居たはずなんだけど?」


「平和かどうかなんてのは運命の動きには関係無いさ。これから動乱が起きるのかも知れないし、なんなら君が居た場所とは全然関係無い所で起きる事の余波かも知れない。分かりやすいと思ってシーツに例えたけど、その上の位置情報は二次元的じゃ無いからさ。ま、今回は、そのリンゴがちょうど穴を塞いじゃってるみたいでさ。ほんと、君の世界で何があったんだろうね?」


 心底不思議そうにネスカは体ごと首を傾げる。

 

 「もう何言ってるのか全然分かんないんだけど……」

 

 「私には大変興味深い話ばかりでございます」


 興味津々のロイをよそに、ベルはもう難しい話はたくさんとばかりに頭を振ってネスカを真っ直ぐと見据えなおした。


 「──で、元の世界には……戻れるの?」


 「可能性はあるよ。君の魂の“匂い”を辿れば、どこから来たかは分かる。でも――」


 ネスカはその場にしゃがみ、床に指で渦を描く。


 「さっき例えたシーツってね、時には重なり合ったり、離れたり、風に流されたりする。君が来た場所も、今は遠くに行ってるかもしれない。探すには……間違いなく時間がかかるね」


 「でも、探してくれるの?」


 ベルが真正面から問い返すと、ネスカはあっさりと頷いた。


 「もちろん。一人ぼっちの休暇だと思ってたら、膝に乗ってきてくれた猫だもん、ちゃんと帰り道は見つけてあげなきゃ」


「私は猫じゃ無いけど」

 

「ものの例えだよ、ベル君」


 その声は、まるで本当に愛おしいものを慈しむかのようだった。

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