河上 実香
「お疲れ様、陸ちゃん。」
月曜日のお昼。
瞳に声をかけられ、陸はいつも通りに、「おつかれ。」と言いながら席に座る。
ただ1点、昨年度と違うのは…
「お疲れ様です!先輩!!」
元気良く挨拶してくる人物が、陸の隣の席にいることだった。
彼女の名前は、河上 実香。
陸のS大時代の後輩だ。
『私も徳川製薬に入ってみせます!』
約1年前、私にそう言った彼女は、見事に有言実行したわけだ。
陸は少し昔のことを思い出しながら、「うん。お疲れ様。」と微笑んでお弁当を広げはじめる。
『私!諦めませんから!!』
陸は卵焼きを食べる。
うん…今日も少し甘くて美味しい。
『だから覚悟しててくださいね!』
陸はウインナーを食べる。
あ…私の好きなメーカーのやつだ。
今日も、昨日葵が作ってくれていた物をレンチンして詰めたお弁当だ。
「…んぱい!先輩!」
あの時の彼女の、無理に作った笑顔を思い出し、陸は目を細めた。
「陸ちゃん?」
瞳の声にハッとした陸は、「ん?」と瞳を見る。
瞳は眉を下げて、「私じゃなくて…」と視線を陸の隣に移す。
陸が隣を向くと、実香が、「私が呼んだんですけど。」と頬を膨らませた。
陸は、「ごめんごめん。」と言いながらも、少し眉を寄せた。
「と言うか、先輩って呼ぶの、もうやめな?
河上さんは私と部署も違うしさ。みんな苗字で呼んでるでしょ?」
実香はニッコリして聞いた。
「名前で呼んで良いで…」
「ダメ。」
食い気味に断られた実香は、ムッとして、「越智さんは呼んでるじゃないですか。」と言った。
陸が、「越智さんにもやめなって言ってる。」と言うと、瞳は、「あははは…。」と苦笑いした。
実香はそんな2人を見て、1度タメ息を吐いたが、気を取り直して言った。
「じゃなくて試験ですよ、先輩。
今年なんですよね?」
ああ…河上さんは知ってたな。
午前は大学で勉強、午後は仕事、2年間で資格を取ること。
その話があった時、まるで自分のことのように、目に涙を溜めて教授に抗議してくれたっけ。
陸はふっと笑って答える。
「うん。12月のはじめに試験があって、今年中に結果が出るはずだよ。」
そこまで言って腕時計を見た陸は、「ごめん、午後1に会議があるから、もう行くね。」と言ってお弁当を片付け、早足に歩いて行った。
その後ろ姿を見ながら実香が呟く。
「なんか先輩…雰囲気変わった?」