星の王子さま。
「みんな、検温の時間よ。」
呼びに来た看護師とももう顔馴染みになった。
「もうそんな時間ですか?」
陸が腕時計をチラリと見ながら言うのを、その看護師は、「ええ。いつもありがとうございます。」と微笑んで返した。
「また来るからね?」
と言う葵の服の掴み、「やだー。」と駄々をこねる男の子。
その子を皮切りに沢山の子供たちに囲まれる葵。
サッサとキッズルームから出て難を逃れていた陸は、毎度捕まえられてあげる葵を優しく見ていた。
そこに…
「こら。早くしなさい!」
その声に、子供たちがビクゥッとなる。
振り返ると、優羽の姿が。
「部屋に戻りなさい。」
低い声で言うと、子供たちが、陸や葵に挨拶してパラパラと部屋に帰って行く。
1人の女の子が、優羽に向かって言った。
「優羽ちゃん、お兄ちゃんが私たちと仲良くしてるから、ヤキモチ焼いてるんだー。」
「…。」
無言の優羽。
「だって絶対日曜日の午後はお休みしないもんねー。」
「ねー。」
女の子たちが騒ぐのを、男の子たちがハラハラしながら見ている。
1人の女の子がタメ息を吐く。
「はあ。もう。優羽ちゃん、隠してるつもりなのー?バレバレ…」
優羽の方をチラリと見た女の子は、そこまで言って硬直した。
優羽と目が合って石となったのだ。
「いいから…早く行きなさい。」
底冷えする声で言われ、子供たちは青い顔で部屋に戻って行った。
優羽は一瞬こちらを向いたが、プイッとナースステーションに入ってしまった。
「お兄ちゃんじゃないんだけど…」
とボソッと言った陸を、葵は、『そこなの?』と思いながら呆れ顔で見ていた。
子供たちがいなくなり、手伝おうとする看護師に首を横に振って片付けをしていると、葵は同じ題名の本が、複数あることに気付いた。
葵が不思議そうに見ていると、陸が、「星の王子さまだね。」と言った。
「どうして、何冊もあるんですか?
表紙が…少し違うから?」
陸は、「どうかな…。」と言いながら葵から本を受け取ると、それらの本のある箇所を、1つ1つ指差しながら言った。
「私は、訳した人が違うからだと思う。」
陸の指を追って、葵はそれぞれの本に記載されている翻訳者を見る。
確かに違う。
葵がまだ不思議顔のままだったので、陸はふっと笑って話し始めた。
「星の王子さまは、原作はフランス語なんだよね。日本語に訳した本が、こんな風に出版されてるんだけど…」
陸は目を落として本を捲る。
「訳す人によって、表現が違うんだよね…。
ふふ…当然だけどさ…。」
葵は陸の隣に移動し、本を覗き込む。
「そもそも、この本の本当の題名は、フランス語でLe Petit Prince。英語ではThe Little Princeって表されてるんだ。」
「小さな王子さま?」
葵が顔を傾けて言うと、陸は、「そう。」と言って微笑む。
「日本人はそれを、星の王子さま。と訳した。」
「なんだか…素敵ですね。」
「そうだね。」
陸は、葵に本を返す。
「表現1つで、読む人の気持ちが変わったり、新しい発見があったり…人生観が逆転する人もいる。」
陸は片付けを再開しながら、「だから、同じ星の王子さまでも、それらの本は、違う物なんじゃないかな?」と言った。
葵は、返された本を見る。
なんだろう…この気持ち。
ドキドキする…。
葵は胸の高鳴りに戸惑いながら、星の王子さまを本棚に戻した。