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この頃になってようやくルイス様の忙しさは少し落ち着きを取り戻しはじめていた。
ふと時計に目をやるともうすぐいつもの時間になるところだった。
そろそろお茶をお入れしなくては。
「お疲れ様です」
「ああ、ありがとう」
「結局私の手伝いなどなくとも見事に全ておひとりでこなされてしまいましたわね」
私は不要でしたね、と我ながらあまりにも可愛くないことを言ってしまう。
「…!そんなことはない。きみが毎日、こうして来てくれたから為せたことだ」
「私は何もしておりません。むしろお邪魔だったのではないかと心配になってきたところですわ」
何もさせてもらえなかったけれど、そんなに信用がないのかしら?と。
「…」
私ったら何をやっているのかしら、、
ルイス様を困らせたい訳ではないのに。
「ルイス様」
「なんだ」
「ごめんなさい。言葉が過ぎましたわ。私、少し寂しかったのかもしれませんわ。始まりがどうであれ、こうして夫婦になったのですから、もっと頼っていただきたいのです」
「それは…。いや、それはむしろ私のセリフなのだがな」
「え?」
「父に無茶振りをされているのだろう?あの父がただ王太子妃にして置くのは勿体ないとまで言っていた」
なんと!私が王太子妃になったのはあんたの差し金でしょうに。まさか端から王太子妃になったあとも使いっぱしるつもりだったの?
毎度毎度いいようにされ、いい加減に腹が立つというものだ。
そうだわ!
ふと陛下への意趣返しを思いつき溜飲を下げる。
「そういえば、ルイス様は来月からかの辺境の地に参られるのですよね?」
「ああ」
かの辺境の地は隣国との境にあり我が国の要所である。
今の世界は平和主義を尊ぶようになっており、もう誰彼構わず戦争などという時代ではなくなってきている。
しかしそれはあくまでも建前のようなもので、水面下での争いや小規模の小競り合いなどはまだまだなくならないのが現状だ。
今回ルイス様がかの辺境の地に行くことになったのは、隣国が大きく関係している。
何やら隣国の手の者が、かの辺境の地で怪しい動きをしているようなのだ。どうにもきな臭い。
隣国の王様はとても慎重で蛇のようなお方だと聞く。
もちろん今回の件に危険がないというわけではないが、早々にどうにかなるということではないだろう。
だからこそルイス様も行かれるのだし、私も行くように命じられたのだろうとは思う。
「私も同行致します」
「…だめだ、と言っても聞かないのだろうな?」
「はい」
「わかった」
ルイス様は何か言いたげな様子だったが、私が単なる気まぐれや我がままで同行すると言い出したわけではないことを理解されている。
無理を言っているようで申し訳ないが、陛下に振られた仕事なのだ。
陛下が行ってこいと言っている以上、こちらとしてはどうしようもない。
そもそもこの話は機密事項であり、知っている人はかなり限られている。
陛下の仕事を手伝っているとは言え、普通ならば私が知り得ることではない。
にも関わらず私がそれを知っていると言うことは誰の指示なのかは自ずと知れるというものだ。
かの辺境の地へはルイス様と私、それに騎士団長を含む騎士団の精鋭5人の計7人で行く。
我が国は東西に長い形をしており、王都は国土のちょうど真ん中ら辺に位置する。
かの辺境の地は王都を真っ直ぐ北上したところにあるため、距離的に言えばさほど遠くはない。
しかし、早々に動く事態ではないにしろ、だからと言って悠長にしてはいられない。そのため今回は少数精鋭で馬で向かう。
今回の目的は、あちらで隣国の動きを探ることとその対処である。またこれを機に守備の見直しも行う。
ルイス様が直接行かれる理由としては、こちらに王族がいることで隣国が強硬策を取れないようにし、有事の際には王太子の権限で如何様にも采配ができるからである。
あちらでの滞在期間は2週間ほど。行き帰りの移動を合わせて3週間ほどの行程を予定している。
隣国の手の者がかの辺境の地をうろちょろしているということは当然砦は監視されていると考えるべきだ。
そのためこちらが動いているとは気づかせないようにしなければならない。
幸いにもかの辺境の地には騎士団員が派遣されており、定期的に交代することになっている。
今回はそういった名目で行くことになる。
騎士団には女性もいるがその数は圧倒的に少ない。
そのため目立つことがないよう、また道中で襲われた場合に標的とならないよう、私は男装で行くことになった。
当代陛下が実力主義のため、現在の騎士団には貴族出身のものが少ない。
そんな数少ない貴族出身の団員が今回の任務に同行する。
もちろん実力があるからなのだが、彼は今回の任務では囮の役割も担うことになる。
なにしろ彼はいかにも身分の高そうな見た目なのだ。
ルイス様には少し身を窶してもらい、今回の隊で1番身分が高いのは彼であると見せるのである。