2
今しがた渡したばかりの報告書をペラペラと読み進める陛下をなんとはなしに眺める。
今日も無駄に美しいな、見た目は。
陛下はさらさらのプラチナブロンドに澄んだ海を思わせる碧眼で、シュッとした肢体はけれどただ細いわけではなく、程よく筋肉がついた均整のとれた身体をしている。
容姿だけはまさに御伽話に出てくるような王子様のそれなのだが、常に無表情で冷酷無慈悲な性格ゆえにキラキラとしたものは全く感じられない。
むしろその整った容姿がより一層鋭利さをましている。
「なんだ、私の顔に何かついているか?」
しまった、見過ぎた。
声をかけられてようやく自分の失態に気づく。
「いえ、失礼致しました」
「そうか」
そう言いながら陛下がふと顔をあげる。
目と目があった瞬間、自分の内側がどくりと脈打ったのが感じられ、そんな自分の反応に内心舌打ちをする。
陛下は当然ながら多忙を極める。
立場故のものなのか、はたまたもとより他者を顧みるなどという高尚な精神を持ち合わせていないからなのかはわからないが、陛下は基本的に相手の顔を見て会話をするということがなく、何か作業をしながら会話をすることが多い。
これでもはじめのころに比べると随分マシになったほうなのだが、それでもあまり機会がないために何もかもを見透かすかのようなあの目に見つめられるのは未だに慣れなかった。
そもそもどうしてこんなことになったのだろうか。
ことあるごとにそう思わずにはいられなかった。
この国では、高位貴族の娘は結婚前に行儀見習いとして王宮に出仕することが多い。
例に漏れず私も13歳で王妃様付きの侍女として王宮に上がった。
それから優しく聡明で美しい王妃様のもとで侍女としての仕事をはじめ、女主人としての振る舞いを学んだ。
しかしそんな平穏な日々は突如として終わりを迎えた。
それは私が15歳になったばかりのある日の昼下がりのことだった。
「ねえ、セレス。話があるのだけど少しいいかしら?」
「はい、ミレーユ様。もちろんですわ」
「ありがとう。じゃああなたも座って」
「ではお言葉に甘えて」
「あのね、セレス。陛下があなたを側近に欲しいのですって」
一瞬なにを言われているのか理解が及ばなかった。
「側近、ですか?」
「そうなの」
ミレーユ様は苦笑しながらわたしの問いを肯定する。
「でももしあなたが嫌だと言うのなら私から断っておくわ」
「いえ、ミレーユ様がお許しくださるのであればお受けしたいと思います」
陛下は身分や性別に囚われずに登用することで有名ではあるが、それにしたって私を側近にというのはあまりにも理解し難いことだった。
私には兄がおり、家はいずれ兄が継ぐことが決まっているのだが、兄は騎士団に所属し王都につめているため、令嬢には滅多にないことではあるが、王宮に上がるまでは私が兄に代わって領地運営などの多忙な父の補佐をしていた。
そのためそこら辺の令嬢と比べると側近に適任である自負はあったが、しかし所詮その程度。
だが陛下からの要請を断るなどと言う選択肢は万に一つもあり得ないことだった。
こうして私は陛下の側近になったのである。