31 初デートの尾行がしたい!
「友人の初デートの尾行ってテンション上がるよね!」
「お嬢様、流石に趣味悪いです」
私とロイドは物陰に身を潜めながら、オリヴィアたちが待ち合わせをしている広場の様子を確認していた。
待ち合わせの10分前。すでにおめかしをしていたオリヴィアが来ていた。
普段の勇ましい騎士の姿からは想像することができない、上品で可愛らしい格好をしていた。髪型も凝っていて、オリヴィアの本気度がうかがえる。
「相談に乗ってたんだから、尾行は当然の権利でしょ!」
「そんな権利はありません」
ロイドは取り合うことなく、一蹴する。
「大体、オリヴィア様たちにすぐにバレますよ」
「そりゃあね」
あのふたりに気づかれない尾行をできる自信はない。
ロイドひとりだったら、もしかしたらできるのかもしれないけど……。
「バレるのなんて、百も承知! 大事なのは、まかれないこと! 私たちの意地が勝つか、オリヴィアたちの技術が勝つか、いざ尋常に勝負!」
「そんなことで勝負しないでください。いい迷惑です」
「大丈夫だよ。待ち合わせ場所教えてくれたのオリヴィアだし。尾行されることくらい気がついてるよ」
「……正直に白状した方が早いと思ったんでしょうね。教えなかったら、お嬢様は手段を選ばなかったでしょうから」
「ロイドもオリヴィアも私のことよくわかってるよね」
「……はあ」
私の答えを聞いて、言葉も出ないと言いたげなため息を吐いた。
「いいじゃん。邪魔をするわけじゃないんだし。ちょっと見学させてもらうだけだよ」
「デートを見学ってどういう状況ですか。近々デートの予定でもあるんですか?」
「ないけど」
「……『何言ってるの? デートの予定なんてあるわけないじゃん』って言いたげに答えるのやめてもらっていいですか?」
だって、ないものはないんだから、仕方がない。
そもそもデートの仕方を勉強するために、見学したいわけじゃないし。
両思いだとやっと自覚した、初々しいカップルがどんなデートするか興味あるじゃん。見てみたいじゃん。こんな機会めったにないじゃん。
見逃すわけにはいかないじゃん?!
「公爵令嬢がこそこそと尾行なんて……。やめましょう、みっともない」
「いきなりド直球に言うのやめてくれるかな?!」
私だって傷つくんだよ?
言葉の暴力って、見えないところに深い傷がつくんだよ?
「あ、メレディス様が到着したみたいですよ」
話をそらすようにしれっと報告をするロイド。
むむむ、そんなことで私の気が逸れると思うなよ。
「え?! 本当に?!」
あっさりと気を引かれましたとも。そうですとも。
ロイドの口論より、デートが始まる一発目の会話の方が大事だもん。
「食いつき良すぎです」
「静かにして。会話が聞こえないじゃない」
「しかも盗み聞きする気満々なんですね」
ロイドに言葉を返そうとしたが、オリヴィアとメレディスの会話が始まろうとしてたので、そっちに集中する。
耳に全神経を集中させるんだ。この雑踏の中から、オリヴィアとメレディスの言葉だけを拾うんだ。
私の耳ならできるはずだ。いや、やってみせる!
ステラ・ラウントリーをなめるなよ……!
「あ、オリヴィア。その、待った?」
「ううん。今来たところ」
出ましたあああああ!
「待った?」「ううん、今来たところ♡」という、カップルの待ち合わせの定番!
待ったのに、待ってないっていうあれ!
実際に拝めるとは思ってなかった! 私の行いがいいから見れたんだよね!
ああ、神様ありがとうございます……!
「えーと、今日は雰囲気違うんだな。びっくりした」
「そうか? 私はこういうの好きなんだけどな」
「似合ってる。可愛い、と思う」
「……っ! あ、ありがとう……」
ふたりとも恥ずかしがって、目を合わせない。
てれてれと効果音が聞こえてきそうだ。というか、私が言いたい。
それにしても、初々しいなぁ。見てるこっちが照れる。
序盤からこんな勢いじゃ、心臓が持たないよ。
私の心臓でさえばくばく言ってるんだから、ふたりの心臓はもっと激しく音を立てているはずだ。
ふたりの心臓、途中で力尽きちゃったりしないかな? 心配だな。
でも、騎士の心臓って丈夫なイメージあるから、平気なのかな?
そのあと、自分を落ち着かせるように世間話をしたあと、本格的にデートが始まることになったらしく。
「……手、つなぐか?」
と、メレディスが手を差し伸べた。
オリヴィアはその手をまじまじと見ているだけで、答えを返さなかった。
「嫌なら、いいんだけど」
「い、嫌じゃない! ……嫌じゃ、ないから、手つなぎたい」
そう言って、オリヴィアはゆっくりと手を握った。
「うひょおおおお」と思わず声が出そうになった。危ない危ない。
なんなんだこいつら、可愛すぎるだろ。普段はかっこいい騎士様やってるのに、こんな姿みせるとか反則だろ。もっとやれ。
「えーと、その、行くか?」
「うん」
恥ずかしいのに、嬉しい。そんな気持ちが伝わってくる。
最高、最高だよ。頑張って、手伝ったかいがあったよ!!
そして、私も気づかれないようにふたりのあとをつけようと足を踏み出そうとしたのだが。
ぐっと、腕を引っ張られて、踏み出すことができなかった。
「お嬢様、ここまでにしましょう」
「どうして?! どうして止めるの?!」
ひどい! これからなのに! 楽しいのはこれからでしょうに!!
ここで終わりとか、鬼なの?! 完結寸前で休載にはいった漫画よりひどいと思うんだけど!
「オリヴィア様とメレディス様に言われたからです。『ステラの尾行を止めてほしい』と」
「貴方の主人は私だよね?!」
なんでオリヴィアたちのお願いを優先するわけ?!
「僕も、デートは尾行されたくないですから……」
目をそらしながら、ロイドは言った。
その言い方、ずるい! 今までなかった罪悪感が一気に襲ってくるんだけど?!
「……わかりたくないけど、本当は今すぐ着いていきたいけど、ロイドを置いてでもついて行く気満々だけど、わかった」
「それわかったって言いますか?」
「言わないよ。だってわかってないもん」
「潔いですね」
このまま尾行を続けたい。それが紛れもなく本心だ。
けれど、自分のデートを尾行されたらと思うと、それは嫌なのも事実。
大人しく引き下がるのが、大人のレディだ。そうなのだ。
「だから、ロイド。デートの尾行より、興味の惹かれることしてよ。今回はそれで諦めるわ」
「そんな、無茶苦茶な……」
チート執事が何を言うんだ。
君ならできる! 信じてるよ!
そんな文句を言ったくせに、考えていた時間は少しだけだった。
ほら、やっぱりすぐに思いついたじゃん。
ロイドはひざまずき、私の右手をとると、手の甲にキスを落とした。
なななななな、何をやってるんですか、この男?!
「麗しいお嬢様。僕とデートをしてくれませんか?」
なななななな、何を言ってるんですかね?!
というか、顔がいいし、イケボだし、いつもと雰囲気違うし。
心臓持たないので、やめてくれませんかね?!
つまりは、デートの尾行ができないから、デートをしようって話?
そういうの、求めてるわけじゃないんだけど。ないんだけど……。
ロイドとデート(ごくり)
それはそれで興味を惹かれる。
「お嬢様? 顔が真っ赤ですよ?」
いつもの調子に戻ったロイドがくすりと笑う。
「うるさい。ロイドが悪いんでしょ」
「お気に召しませんでしたか?」
上目づかいで見られ、うぐ、と言葉に詰まってしまう。
だから、お前は顔がいいんだってば! 凶器なんだってば!
「……それでいいけど」
「けど?」
「デートなんでしょ? 敬語はなし。あと、名前で呼びなさい」
ロイドがタメ口で話すところ、見たことないから興味があるんだよね。
デートなんだし、お互い対等な感じの方が雰囲気出るでしょ!
「……ステラ?」
「そうそう。今日は一日それで行こう」
「わかりました。いや、わかった?」
「よくできました~」
くすくすと笑いながら、私はロイドの手をとった。




