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悪役令嬢は今日も今日とて恋愛相談を待っている。  作者: 聖願心理
一章 ドジっ娘ヒロインと騎士カップルのドタバタ劇
37/47

27 恋愛を邪魔してはいけないという法律ができればいいのに

「うわぁ……。想像以上に書かれてるなぁ」


 一日の仕事を終え、公爵家の自室でシンシア王女からもらった情報を読んでいた。

 部屋にいるのはロイドだけで、隣に座っている。


「横領と賄賂がメインだけど、相当な量だね、これ」


 一通り読み終わると、書類をロイドに渡す。

 そして、ロイドは真剣な顔で読み進めた。紙をめくるペースが速いこと速いこと。

 ちゃんと読んでるのかな? ロイドのことだから、ちゃんと読んでるんだろうけど。


「アストリー伯爵って、“貴族”には向いてるんだろうけど、“騎士”には向いてないよね」


 根回しは上手いようで、悪事がバレることなく難なくやれてきたということだろう。

 もしくはすでにバレていたといても、伯爵を失うのは痛手、と考えるどこぞのお偉いさんがいたのかもしれない。

 騎士団でもそれなりに発言権を有するが、貴族らしい性格をしているので、騎士団にパイプを持っていない貴族からは都合の良い存在だっただろう。


 騎士団を掌握したいアストリー伯爵と騎士団を動かせる力を持ちたい貴族。

 案外、協力関係を築くのは簡単なことだったのかもしれない。


「にしてもまあ、ここに書かれている悪事が全てアストリー伯爵がやったのかどうかは、怪しいところだけどね」

「それはそうですけど、仕方ないでしょう」


 用意されていた紅茶を飲みながら、ふと思ったことをつぶやく。


 シンシア王女が告発しやすいようにでっち上げた罪状もあるだろうし、協力関係だった貴族から押しつけられた罪もありそうだ。

 可哀想だとは思うけど、恋するふたりの仲を邪魔しようとしたのだ。これくらいの報いは受けてもらわないと。


「仕方ないで片付けるのも、どうかと思うけどね」

「だからといって、助ける気もないんでしょう? お互い様です」

「当たり前でしょ。罪状はすこ~し増えたのかもしれないけど、悪いことしていたのは事実だし」


 貴族の世界とはそういうところだ。

 上手く立ち回らないと、強者――身分の高い者に喰われてしまう。


「それに、恋愛の邪魔をしようとした、とてつもない大罪を犯したからね」

「未遂ですけどね」

「くだらない理由で邪魔しようとした時点でアウトだよ」


 息子がオリヴィアに恋をしていたから、阻止したかったみたいな理由なら別だけど。

 恋愛大好きな私としては、そういうのは大歓迎だ。


 でも、アストリー伯爵は違う。

 政治的な理由で、私利私欲のために、恋愛を邪魔しようとしたのだ。

 それは断じて許せない。さっさと裁かれろ。


「恋愛を邪魔してはいけないという法律ができればいいのに」

「そんな法律ができるわけないでしょう」


 ロイドが「馬鹿ですか」と言いたげにこちらを見てくる。

 そんな法律、成立するわけないことくらい、私もわかってるわ!


「……言ってみただけだし」

「本当ですか? お嬢様が権力を握ったら、それこそ王妃になったら、実現できる可能性はゼロじゃないはずです」

「ふむ。確かに」


 そう言われると、王子の婚約者になるのも悪くない気がしてきたぞ。

 恋愛を邪魔する奴らがいるならば、そつらを楽々と潰せるくらいの権力を握ればいいのか。

 法律を作っちゃえば、


「……そんな理由で、王子と婚約したいだなんて、言い出さないでくださいね?」


 思いのほか私が真剣に受け止めたので、不安そうにするロイド。


「言い出しません」

「本当ですか?」

「本当です」

「本当に本当ですか?」

「本当に本当です」

「本当に本当に本当ですか?」

「本当に本当に本当です」

「本当に本当に本当に本当ですか?」

「いつまで続けるんですか?」


 確認しすぎだろ。どれだけ、私のことが信じられないんだ。


「お嬢様の恋愛に関係する考えや行動は、信じられませんから」

「ロイドの乙女ゲームに関する考えや行動と似たり寄ったりだから、仕方ないね」


 恋愛大好きな私と乙女ゲームオタクなロイド。

 なんというコンビなんだろう、私たち。端から見ると、かなり厄介だぞ。

 ここに百合オタ王子が加わればもう……。恐ろしいね。


「今更、王子の婚約者になろうだなんて、考えてないわよ。王子には好きな人ができたみたいだし。互いに思い合ってるようだし。邪魔する気なんてないわ」


 仮に私が王子と結婚したいと言っても、もう手遅れだ。

 王子はリネットのことが好きだ。リネットだって王子のことを思っている。

 そんなふたりは結ばれてほしい。幸せになってほしい。


 そもそも、私は王子に恋愛感情なんて抱いてないし、権力を握るために結婚するだなんて、それこそアストリー伯爵がやったことと変わりないのである。

 そんなのお断りだ。


「……お嬢様。ひとつはっきりさせておきたいことがあります」

「何?」


 ロイドがいつもに増して真剣なものだから、思わず姿勢を正してしまう。

 急に雰囲気変えるのやめてくれないかな……。心臓に悪いよ……。


「お嬢様は、セオドリック殿下とリネットの仲を応援するんですね?」

「勿論」

「ふたりの仲が進展することによって、お嬢様が危険にさらされることになっても?」


 心配しすぎ、なんていつものように軽口は叩けなかった。

 今まで有耶無耶にしていたことを、ロイドははっきりさせようとしている。

 ふざけることは許されないと直感的に感じた。


 ロイドが真剣に聞いているなら、私だってそれに真剣に答える必要がある。

 真摯でありたい、と思う。


「それはわからない。応援はしたい。何もなければ手助けする。これは本音だよ。

 でも、その“危険”がどれくらいのものか、わからないから。もしかしたら、途中で我が身が可愛くなって逃げ出しちゃうかもしれないから、はっきりは答えられない」


 もしも、なんて考えればいくらでも出てくる。

 リネットや王子が私を邪魔に思って、消そうとするかもしれない。はめられるかもしれない。

 酷いことをされるかもしれない。あることないこと言われるかもしれない。



 ――――もしかしたら、私の大事な人に被害が及ぶかもしれない。



 そうなったら私は、きっと掌を返すだろう。


「でも、先のことなんてわからないし、怯えてたら何もできないから、とりあえずは応援するよ」


 ロイドの綺麗な茶色の瞳を見つめる。

 彼の瞳は揺れることなく、私のことを見ていた。


 しばらく、静寂が続いた。

 これ以上、私から言えることはない。ロイドの言葉を待つしかなかった。


 ふっと、ロイドの表情が緩んだ。


「お嬢様らしいですね」

「ありがとう……?」


 唐突にそんなことを言われたものだから、褒められてるのか嫌味なのか、判断がつかなかった。

 嫌味じゃないと思うんだけど。思うんだけど。そうであってほしいんだけど!?


「わかりました。それなら、僕もこれ以上うるさくは言いません。引き際をわかっているようなら、大丈夫です」

「……状況が見えなくなるくらい、私が突っ走ると思ってたの?」

「はい」


 即答かよ。

 まあ、今までの私の行動を見てれば仕方ないのかもしれないけど。

 たまに、ほんのたまに、周りが見えなくなることがあるけども。


「大丈夫だって。私が誰に育てられたと思ってるの?」

「……っ!」

「それに、本当にまずいときは、ロイドが止めてくれるでしょ?」

「……はい、勿論です」

「ほら、大丈夫じゃん」


 ね?と笑いかけると、ロイドも照れくさそうに笑みを返してくれる。


「何かが起きるかもしれないし、起きないかもしれない。ここは乙女ゲームの世界のようで、そうじゃないんだから。心配しすぎもよくないと思うのよ」

「石橋を叩いて渡るくらいがちょうど良いと思うんですけどね」


 出たよ、心配性のロイド。

 ガッチガチだよね、本当。もっと、気楽に生きればいいのに。


「でも、お嬢様がそう言うなら」


 それでもいいかなと思います。


 ロイドは小さな声で、でもはっきりと言った。


「でも、誤解されるような言動は控えるべきです。リネットは勘違いしやすそうですから」

「……それは」


 それは否定できないなぁ、と納得してしまう私がいるのだった。

 リネットを面白半分でからかうのは、控えようと、そんなことを思うのだった。





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