第7話 獣人の都
最初に違和感を覚えたのは、背中合わせで体育座り中のステラだった。
「あのあの、進行ルートがずれてませんか? ちゃんと東に設定しましたよね」
「もちろん。けどまあ基本がオート移動みたいだし、誤差の範囲じゃないかな」
ヒポグリフ任せの旅路はすでに食事をとれるぐらい経過しただろうか。太陽は高く、流れゆく景色は代わり映えのしない砂漠地帯のままだ。時折、見覚えのある野生動物たちがうろちょろしているが、たまに挨拶をしてくるぐらいで真新しい変化はなかった。
エンカウント判定が行われない移動手段――
ぶっちゃけショウトは物足りなさを感じずにいられなかった。いられなかったのだが、節約が大事なのはわかるしのんびり進むのも悪くないよなという感じでヒポグリフの動きに身を任せている。
強いて不満点を挙げるなら懐の端末にまったく出番がないところか。まあこちらは嫌でも使う時が来るだろうし、今はヒポグリフに妙な動きがないか注視しておく方がよさそうだ。
「ふむーこんな時は基本に忠実が一番ですね。ちょっくら地図を確認してみましょう。システムメニュー……ではなく、映像まほう!」
「それ絶対に魔法じゃないよね? システムナントカって聞こえたよ!?」
「誰がなんと言おうとまほうの一種です~!」
背中越しに機械的なサウンドが聞こえてくる。ピッポッパ。ヒュイーン。まるでメニュー画面を呼び出して何かの項目を選択しているような。
数秒後、ショウトたちの眼前に長方形のウィンドウが表示された。
それは日本周辺の地形を簡略化し縮小化したものだった。要するにマップである。
青い海と白い大地。今いる場所は本州の真ん中あたりだ。並んで赤く点滅するマークが二人のいる座標を示しているのだろう。
「こちらが現在地になります。『始まりの砂漠』を半分以上越えてしまいましたね」
「こんな調べ方があったんだ。えっと、システムメニュー……おお、開いた!」
「所持品や称号、スキルなんかも確認できますのでお暇な時にでも」
話を変えますよ的な合図なのか、ステラが両手を打ち鳴らして小気味よい音を出す。
「さてさて、ステータス画面は結構ですが、こちらも大事な話ですよー。次なる砂漠のステージは『兆しの地平』と名付けられていまして……むむむ?」
怪訝そうな声だ。その理由はマップ上のロケーションポイントに不審な点を発見したからのようだった。
現在地である『始まりの砂漠』と次の砂漠らしい『兆しの地平』。その中間地点あたりに存在しないはずの地名が表示されているのだ。
二人は声をそろえて第三の地名を不思議そうに読み上げた。
「『獣人の都』……?」
それまで軽やかに駆けていたヒポグリフが猛烈にスピードを上げる。瞳に炎のような赤いエフェクトを宿らせているが、確認していられる状況ではなかった。
「うわっ! こいつ、急にどうした!?」
「ギャー! 落ちます落ちます! なんでこんな乗り方してるんですかわたし~!」
「それ俺が聞きたかったやつだよ! ていうか乗り物システムは落下しないんじゃ」
「気分的には今すぐにでもぉー!」
システム上、落下しないルールがあるとはいえ、ヒポグリフの揺れは今にも振り落とされそうなレベルにまで達していた。
「ひーひー! あのあの、すいませんショウト! いま後ろを見られてはー!」
「こっちも結構大変なんだよ。後ろがどうしたって?」
「はちゃめちゃに恥ずかしい恰好でしがみついていますので、なるべく前方に注視していただけるとー!」
「へいへい、お転婆なお姫様だことで!」
手持ち無沙汰だったショウトはヒポグリフの首にしがみつき、かろうじて安定感を得ていた。だが後ろ向きで体育座りだったステラは大変危険な体勢のようだ。ドレスの長い裾が風に煽られて、内部が丸出しになっているかもしれない。
「ふーむ……」
システム上のサポートはないが、男としての選択肢が発動しつつあった。
思わず後ろを向くか? 恥ずかしい恰好のステラが見られるのは間違いなさそうだ。
そもそも見たいか? 二人の関係は旅の仲間という表現が適切なのだろうが――ショウトがステラに感じているのは、年の近い妹のような気軽で親密な間柄だった。
そのため、建前としては性的な目でステラを見たくなかった。つけ加えるなら、こんなハプニングラッキースケベなどではなく――幼さの残るステラが自らボロボロになったドレスの裾をたくしあげ、恥ずかしそうに自分の名前を呼ぶその時をこそ……!
そうだ。そういうシチュエーションを紳士の気持ちで待ち続けるのが、曲がりなりにも兄としての立場を選んだ男のスタイルではないのか? うむ、そうに決まっている。
「……答えは得た。大丈夫だよステラちゃん。俺はその時を待っているからね」
「全然大丈夫じゃありませんのですがー! その、一応忠告しておきますと、わたしの中身をのぞいてしまうと頭がおかしくなって巻き戻る可能性がありまして」
「なにそれ逆に気になるんだけど」
「なんと言いますか……暗黒空間? になっているようでして、超高密度の情報エネルギーが宇宙のように渦巻いているっぽいです。コレ人間が直視したらたぶん発狂します。ゆえにスカートめくりなどは冗談でも言語道断ですからね、ショウト!」
命の危機に関する助言をたまわったショウトだが、朗らかに笑っている。
「はっはっは。さすがにそんな子供のイタズラは興味ないよ。俺が求めているのはね、君が恥ずかしそうに自分の手でたくし上げた暗黒空間をって俺発狂するヤツだコレー!」
「ショ、ショウトがそこまで見たいのであれば……くっ……このステラ、恥を忍んで暗黒空間をお披露目したいところではあるのですが……ですがー!」
「違う、そうじゃないんだよステラちゃん。それに俺たち、どっちにしても」
「まともに動けないんでしたー!」
◇
乗客の騒がしさなど我関せず。ヒポグリフは全力疾走の真っ最中だ。
ショウトは身動きがとれそうにないステラに代わり、眼前のマップから得られる情報を適当に読み取っていく。
「やっぱこいつ『獣人の都』に向かってるみたいだ。せっかくだし行ってみようか」
「なんでもいいので早く着いていただけるとー!」
不安定な状況はそれからさらにお茶を飲めるぐらい続き、ヒポグリフはようやく足を緩めて到着の合図と思しき鳴き声をあげた。同時に瞳から放たれていた赤いエフェクトも消失したのだが、しがみつく事で精一杯だったショウトたちが気づくことはなかった。
「ひいひい。もー生きた心地がしませんでした。やはりショートカットには危険がつきものですね。旅の序盤は徒歩に限ります」
「そうそう。エンカウントでの経験値稼ぎもバッチリ行えるしね」
「それはそれでメリットとデメリットがありまして……おそらくデメリットの方が大きく、めっちゃ困ったことになる可能性がですね……」
「困ったことかぁー。そりゃ困った困った」
まったく困っていそうにない、むしろ楽しそうですらある口ぶりのショウトは、眼前に広がる巨大な都に興味津々だ。
「とまあ、なんでもかんでも思い通りにいかないのが俺たちの旅路なわけだね」
「はい。リソースの管理も、攻略すべき砂漠も、倒すべきボスモンスターも、そして」
ショウトの視線に倣うように、ステラもまた青い瞳を巨大な都に向ける。
「……存在しないはずの未知のエリアも、です。獣人の都なんて、初めて聞きました」
謎の拠点に到着しました。
ステラさえ知らない未知のエリアに誘い込まれた二人。
素通りできるはずもなく、些細な出会いをきっかけに夢の世界を揺るがす大事件に巻き込まれていくことに……!?