第24話 カンダタワーの守護者そのいち
その姿を、最初は怨霊のたぐいかと思った。
空はこんなにも青く澄み渡り、大地はこんなにも白く砂漠っているというのに。
――周りがぼやけてよく見えないな。あえて言うなら鳥の……お姉さん!?
青黒く伸びたくせ毛が病んだ雰囲気を感じさせる。その汚水のような色彩と同色の、腕部と一体化した翼を持つ女性型のモンスター。
それはあふれんばかりの憎悪を暴風と化して身にまとい、陽炎のように姿を揺らめかせながら中空に佇んでいた。
今までまともに戦った相手とは明らかにレベルが違う。肩で仁王立ちをするニセステラからも緊張感が伝わってくる。
そんな相手を前に、大盾で飛行中のショウトは真正面からぶつかろうとしていた。
「来たぜ来たぜニセステラー! 早速アレを頼むよいっちょう!」
「へいへい乗り物化ね。もうやってるわよ。でないとこうもドンピシャで飛ばんっつーの」
「そう!」
言われてみればその通りだった。
すでに乗り物システムに取り込まれていたらしい大盾は、乗り手の意思に従って自在な空中戦を可能としていた。しかも落下防止のオプション付き。
ありがたい。だったらもう、細かい事は考えない。
妙に協力的なニセステラの思惑も、明らかに鳥野郎どものボスっぽいくせにカンダタワーを守るような配置の相手も。
「フォースエッジィ……!」
立ちはだかるならぶった斬る!
「回! 転! 斬りィーッ!」
立ち合いは強く当たって、足場の機動性を利用した独楽のような空中回転三段斬り。
対峙した標的を弾いて、弾いて、また弾く。だがそれは斬撃とはとても思えない不自然な感触だった。
柔らかくも重苦しい。まるで水中で剣を振るうような。
「なんだ今の手応え。バリアか!?」
「たぶん空気の層ね。風のリソースをおもっくそ詰め込んでバリアみたいにしてるんだろうけど……」
反撃らしき何かが飛来する。やはり陽炎のように歪んで見えにくいが、矢か何かの多段攻撃だろうとショウトは直感し回避行動に移った。
まさに空中サーフィンといった感じで大盾を操作し、弧を描きながら標的へ再接近。
「なんてこたーないわ、ただの小細工よ!」
「おう!」
至近距離だ。端末刀の間合いでニセステラが叫ぶ。
「でかいの一発! ぶちかませぇー!」
「フォースエッジィィ……!」
べつにニセステラの言いなりになっているわけではないのだが。
その意見には大賛成!
「全! 力! 斬りィィーーーーッ!」
単純な斜め大振りからのフルスイング。奇妙な感触など知った事か。
文字通り全力で振り抜き、切り裂く。
『――っ!』
わずかに音声のようなものがもれた。少しはダメージが通ったか。
姿が見えづらい相手は大きくのけぞって後退する。
『地を這う害虫が』
きっと美しい声色なのだろう。だが侮蔑やら憎悪やら負の感情マシマシで聞くに堪えない不協和音のよう。
『落ちろカス虫ィッ!』
見えざる矢っぽい何かの連続投射。
そしてはっきりと視認できる、大量のダーツを思わせる熾烈な羽吹雪。
「フォースエッジ」
それら、数にモノを言わせた多段攻撃を、ショウトは足場を止めて迎え撃つ。
イアイヌキ――にしか見えない静かな一太刀は、その実無数の斬撃となって襲い来る攻撃を必要最小限に切り捨てていた。
細切れの羽が舞い散り、空の背景に彩りをそえる。
「乱れ斬り、ってなもんよ」
「あーあ、なっちゃいないわね人間。こういう時のお約束!」
「……つまらんものを斬ってしまった?」
「そんなとこね。次からは『また』を付け足しとくように!」
初撃をしのいだからどうしたという感じの状況なのだが、二人の緊張はすっかりほぐれているようだった。
そこに冷ややかな音声が放たれる。
『いきなり斬りかかってくるとは蛮族か何かで? いいえいいえ、地上の賊ごときにこのような真似はできますまい』
妙に演技がかった言い回しだ。
『まず名乗ってはいかがですか。それがお約束だのなんだのとのたまう前に、戦士としての最低限の礼儀でしょう』
◇◇◇
名乗り。それはとても大事な作法だ。だがショウトはけっこう天の邪鬼というか、その場のノリで主義主張がブレたりするところがある。
堂々と名乗りを上げる時もあれば、狂戦士のごとくヒャッハーな突撃がしたくなる時もある。
「あ〜名前、名前ね。まあいいんだけどさ」
ややテンションが下がった風を装いつつ、青白く光る刀身を刺すように相手に向ける。
「その前にあんた、鳥どものボスだよな? なんでここにいる? 結構な数の部下を斬り捨てちまったが、やたらヘイトが高い理由はそれだけじゃないよな?」
『ならばこちらから名乗りましょう。我が名はカンダタワーの守護者そのいち。同胞……ではなく、どこかの野鳥とはさっぱり無縁の中ボスにございます』
何か妙だ。隠すつもりがなさそうなのに嘘ばかり言っている気がする。
『……今さら』
鳥のお姉さんっぽい自称中ボスが続ける。
『今さら彼らの屍が千や二千積み上がったところで、ただの誤差。貴様らが犯した罪の歴史に比べればそよ風のようなものでしょう。ですが』
殺気。明確な殺気だ。それが仄暗い気流となって周囲一帯ににじみ出つつある。濃霧のように。
『わたくしが勝手に害獣指定いたします。ご存知ですか? 生態系を乱す危険な獣は優先的に駆除しなければならないのですよ』
やはり異様なヘイトがこっちに向いているのは間違いないようだ。
憎まれるのは構わないが、その理由が気に入らない。
『偽りの翼を得た愚かな害獣。壁の中に閉じこもっているだけの矮小なる人間種。切り刻まれた同胞達の怨嗟の声。どれを取っても貴様を生かす理由に足りえ』
「うるせえクソ鳥」
『は?』
「俺はお前らの事なんか何も知らない! 歴史がどうとかも関係ないし興味がない! 俺は俺と俺を信じるやつらのためにここにいる!」
少し話して確信した。こいつは一番嫌いなタイプの敵だ。何より話が長そう!
「ここがどこだかわかるか? 戦場だよ! そして俺は剣をとった! それ以外の理由なんてほとんどあんまりどうでもいい!」
全身の神経を研ぎ澄ませ、足元の大盾にまで根を張るように行き渡らせる。こう、気分的に。
「ボス戦だろうが! こいよクソ鳥! 御託なんか捨ててかかってこい! ちなみに俺は遠距攻撃が苦手です!」
『……なるほど』
当然のように相手は見えざる矢と鋭い羽吹雪を中心にしかけてくる。時折、空を落とすような竜巻攻撃も交えてくるため接近戦自体が極めて困難な戦闘だった。
防戦というか回避一辺倒である。ターンが進むごとに敵の領域が拡がっていく。
近づけない。視界が悪い。剣が届かずストレス溜まる。
でもそれでいいんだよ!
「つーかなんで対処できないのに弱点宣言したの!? バカなの!?」
「ハードモードだろ!」
「出たわねこのゲーム脳〜!」
ニセステラの呆れ声を聞きながらも突破口を探す。暴風が渦巻いてまさに天候そのものと戦っている気分だ。
「俺は! 壁の外? に出た人間の戦士! ウラシマァ! ショウトォォーー!」
放物線を描いて上昇し、重力に任せた捨て身の突撃をかます。だがどれだけ風を切り裂こうとダメージにまで届く気がしない。
「なあお姉さん! あんたの本当の名前を! 教えてくれよ!」
「突然のナンパ!?」
ニセステラは無視するとしても返事がない。
こうも大規模な戦闘を繰り広げられる相手が中ボスとか胸が踊ってしょうがない。アプローチの一つもしたくなるというもの。
「今ならあんたとも話ができそうなんだよ」
「あらあら、今度こそ命乞いの相談かしらー?」
「お前ちょっと黙れ。えーっと……ああ、そうだ」
再び上昇してからの大上段の構え。次の一撃に全力中の全力を乗せるつもりだった。名前うんぬんは単なる興味で、深い意味があったわけではない。
それでも。
「マーサ、さん?」
記憶の中から手繰り寄せたたった一言が、とんでもない地雷を踏み抜いてしまっていた。
『……………………その名を』
天候が停止する。風が止み雲が晴れどす黒い霧が消失していく。
『軽々しく』
残ったのはわずかな揺らぎ。それはまるで、今までの攻撃がただの余興であったかのように。
『無知なる愚者よ。もはや……』
圧倒的に有利なフィールドを自ら捨て去った。そうまでして打ってくる次の一手とはどれほどのものなのか。
「なん……だ? 空が……世界が……」
「やっば! うっそ! まじかこれ!」
「ニセステラ! 何がどうなる!?」
「特異点が塗り替えられる……来るわよ! フェーズ戦!」
呆気に取られ投げ出された上空で、ショウトは確かに彼女の肉声を聞いた。
美しくも軽やかな、憎悪の歌だった。
「ここに負の歴史は連結し、罪は等しく晒された。汝ら罪人、酌量の余地なし。無窮の青に裁かれよ」
紙面が燃え尽きていくように、あるいはページが破かれるように空の姿が変化していく。
一瞬、得体の知れない違和感があった。エリアチェンジによく似たそれはあまりにもシームレスで、暗転すらしなかったけれど。
「断空陣、発動」
それでも世界は移り変わっていた。
鳥のお姉さんは侵入時のトラップで設定情報を改ざんされちゃって言動が不安定になってますね。




