第21話 絶望の嵐
竜巻、台風、大嵐!
砦の中はどこもかしこもそんな感じの暴風域に入り込み、まともに立つ事すら困難な状況だった。
「きゃー! ぎゃー! なにこれ……こんなの……もう……!」
もう逃げられないと少女は悟った。
突如として白の砦を襲った暴風――
それはまるで空が落ちてくるように周辺一帯を包み込み、獣人軍の視界と動きを奪って完全に無力化したのだった。
もはや砦の外観は完全に崩壊しており、瓦礫の山と呼んでもいいくらいだ。
あと何秒生きていられるのだろうか。
わからない。知るわけがない。
ただ懸命に、頭を抱えて這いつくばる。
それが狐耳の少女にできる数少ない行動だった。
「ウム。それでよい」
「ネコさん!」
ネコAが自分と同じような姿勢ですぐそばに近寄ってきていた。
「凄まじい嵐ではあるが、どうやらわずかながら安置が存在するようであるな。ニャ」
「あんちって……安全地帯?」
「ウムウム。地上からせいぜい数十センチといったところか。平伏すれば生かしてやるという意味かもしれん。いずれにせよ、今は待つしかあるまい」
「もうだめだよ。どうせみんな……」
――待つ? ネコAさんは一体何を待ってるの?
獣人軍はもう何人も残っていない。短い間だったけど、同じ場所で暮らした人たちはみんな……。
「不覚だワン! 足が滑ってワフーーーン!!!」
「こんな嵐でやられてクマーーーー!!!」
いまいち絶望感のないゆるーい断末魔ではあるけど、確実に全滅の時が近づいている。
わずかに見える範囲だと、かろうじて生き残っている人は近くの建造物跡に隠れたり必死にしがみついたりして、どうにか生き延びようとしているけれど……。
「ぐわあ!」
叫び声とともに誰かが降ってきた。狐っぽい雰囲気のお兄さんだ。
「あっつつ……ハリケーンにカマイタチ……おまけにマイクロバーストですか。まさに風属性の欲張りセットって感じで……ぐう」
裂傷だらけなうえ腹部に大穴が空いている。長物で貫かれたのだろうか。
とにかくひどい出血だった。喋っているのが奇跡的なほどに。
「夢で良かった……ああ、気をつけてください。この嵐、ときどき鳥人間みたいな姿に変わって攻撃して来るっぽいですから」
誰に話しかけているのだろう。
「村人は……情報を出すのがお約束――存在意義でしたからね……うう、眠い。夢の中でも死ぬのは嫌だなあ……」
狐っぽいお兄さんはそれ以上何も話さなかった。
せめて回復アイテムを使ってあげたかったけど、判断が遅すぎたようだ。
「……」
マイクロバーストってなんだっけ。
確か、上空から叩きつけられた風の塊が地表で弾けて、爆弾みたいになるんだったか。
いや、そんなのもうどうでもいい。
自分とネコAは奇跡的にかすり傷程度のダメージだけど、逃げ場がない以上どうしようもないのだ。遅かれ早かれみんな死ぬ。
「ううう……死ぬのはやっぱり怖いけど、どうせ夢なら早く楽になりたいなあ」
ここにはもう絶望しかない。
どうせ夢なら早く終わってほしい。
「いつか姫が言っておったよ」
世間話でもするような軽さでネコAが語る。
「単純な能力でいえば、IEMは人間よりも遥かに優れている。けれど、歴史上に出現した多くのIEMは人間のマネをして生きる事を重要視したらしい、という出所不明の話ではあるがニャー」
何の話かわからない。お姫様って誰の事。
「姫は模倣する人間をすでに選んでおる。そしてその眷属たるそれがしもまた、同じ者に少なからず影響を受けたようでな」
「どんな……人なの?」
「ウム。単純な大馬鹿者よ。モンスターの群れに単独で突撃し、マップのギミックを意に介さず雑な感覚で突撃し、見知らぬボスだろうとなんだろうととりあえずかけつけ一杯突撃する」
なんだろう。少女は嵐の中でふと思う。
自分はその人を知ってる気がする。
「そういうアホで無鉄砲な人間が、これほど目立つ舞台を見過ごすはずがあるまいて」
「あーそれめっちゃわかるかも。助けに来てはくれないけど、なんかついでで助けられてるっていうか……」
「ホホウ。よもやよもやの知り合いかニャ」
「うーんどうかな……今の私はNPCだからハッキリとは言えなくて……にしても全然変わってないんだね!」
少しだけ嬉しかった。
とつぜん修行の旅に出て、一年以上音沙汰なしでもショウトくんは昔のままだった。
少しだけ寂しかった。
何も変わっていないなら、いつも通りすれ違うだけの関係なのだろう。
ショウトくんは戦える人だ。戦いたい人だ。
臆病でゲーム下手な自分とは絶対に相容れない。実際のところ、彼は自分の名前すらまともに覚えていない。モブ扱いがいいところだった。
それでも、確信があった。
郷愁のような安心感があった。
「ム、嵐が少し弱まったか。どうにもイヤーな予感がしないでもないが」
なんやかんやでやってきて。
なんやかんやで去っていく。
あなたはそういう人だけど、今の私なら少しは助けになれると思うから。
その時、上空で爆発音がした。
それから、なんかとんでもなく巨大な……肉塊? がドスンと降ってきて、瓦礫の上に鎮座する。
それは一見、数十メートルの雪玉を思わせたのだが。
――え、まって。何この色んなものが混ざりあったような肉塊。全体的に白いけど各所から腕やら槍やら足やらが飛び出しててめちゃくちゃグロテスク。一部にモザイクかかってるし。
暴風は収まりつつある。少なくとも弱まっているのは確かだ。
ネコAと顔を見合わせ、どうしようという感じで互いに困惑していた時だった。
「フォースエッジ回転斬りィーーーッ!」
肉塊の端っこから青白い光の刃が飛び出し、瞬く間にそのグロテスクな球体を切り刻んでいく。
ぼとぼとぼとぼとぼと。
切断されて飛び散っているのはおそらくモンスターの肉片だ。ウェーブ戦闘で見た個体に加え、鳥っぽい種族のパーツも混じっているようだ。
激しい土煙が巻き起こる。勢いが弱まったはずの嵐そのものから鳥人間みたいなモンスターが形成され、次々と急降下してはバラバラに切り刻まれていく。
地面からもワラワラと沸いてきた。こっちはオーソドックスなファンタジー系の魔物の群れだ。
「ボコスカインパクトォーーーーッ!」
コミカルなエフェクトで秒殺しているらしい。
やがて落ちてきた肉塊が完全に消えゆく頃、白煙とともに一人の少年が現れた。
灰色っぽい髪とぼろ切れのようなマント。そして青白く光るゲーム武器。
その姿は少女にとって、おそらくはネコAにとっても旧知の相手だった。しかし。
「やばい、作戦ミスった……パワーが、尽き……」
今しがたの戦闘でパワーダウン寸前らしく、光の刃を地面に突き立て、そのままぐふっと倒れ込む。
「ショ……!」
「いかん!」
周囲を舞う強風が再び鳥のモンスター軍団に変化し、長槍を構えて急襲する。
『あの人間を殺せ!』『我らが同胞の仇!』『羽なしがよくも!』『八つ裂きにして早贄だ!』
怨念のような声が嵐のドームからこだまする。
「アイテムだ! ショウトくんの好物! 無味無臭の栄養バー!」
少女がチョコレートみたいな栄養食を投擲し、ネコAがステッキから細身の刃を抜き放つ。
「ネコさんそれ知ってるよ! 仕込み杖ってやつ!」
「言うとる場合か!」
真っ先に降下してきた一体がいた。ネコAはそいつの頭部めがけて地を滑るような刺突攻撃で突進し殺傷、そのまま横っ飛びで回避行動に移る。
栄養バーはショウトの背中にヒットし、ホワホワとアイテム効果が発動していく。
「なんと好物設定つきのアイテムだと回復量がアップするらしいです!」
なぜか説明してしまった。情報提供して死んでいった狐っぽいお兄さんの気持ちが少しわかった。
「言うとる場合かパートツー! 次が来るぞ!」
「え。待って私戦えません!!!」
「それがしもあのレベルを複数相手にするのは無理だ! なんなら一体相手でも負けるぞ!」
次々と上空から鳥人間っぽいモンスターが槍を構えて降ってくる。
狙いは気絶中のショウトで間違いない。なんかやたら恨み買ってるみたいだし。
「ええい、ままよ!」
ネコAが我が身を盾にショウトをかばおうと飛び出した時だった。
「ぬおおおおおおおおおお!」
鳥人間っぽいモンスターのさらに上から野太い声が降ってきた。
声の主はやたらガタイがいいらしく、鳥モンスターを複数巻き込んでそこらの地面にダイブする。
着地。轟音。大き目のクレーターを作ったデカい人は気持ちのいい大声でこう名乗った。
「我が名は青銅騎士団長デリフォード! だがこの地はかつての故郷ゆえ、あえて生前の方で名乗らせてもらおうッ!」
見た目の年齢的には四十を越えたぐらいか。
青と銀を混ぜたようなプレートメイルにいかつくも笑顔の似合う人物である。
「昔は名古屋でサラリーマンをやっておりました寺井と申します。……白の者よ、我が主の命により微力ながら助太刀に参った!」
「え……はぁ……」
なんだこのおっさん。




