第16話 空の女王
唐突に空が裂け、そこから生じた空間が歪曲しぎちぎちと虚空を広げていく。
気づけば海面のブルーホールを思わせる空洞が天上に穿たれていた。
異次元世界。虚数空間。そんな言葉が脳裏をかすめる。
「女王……空の女王がここにいるってのか!?」
天空に穿たれし大穴。そこに現れたのは、人智を超越したサイズの眼球だった。
コロシアム上空に出現した眼球はぎょろりぎょろりと大地を見渡す。
とんでもないプレッシャーをショウトは感じる。
恐怖と言い換えてもいい。直視するだけで精神を削られていくような悪寒が走る。
「でかすぎるだろ……これが、俺たちのラスボス」
思わず膝をつきそうになる。
ニセステラに煽られた手前、それだけは絶対にやるまいと決めていたのだが。
「へいへい人間びびってるー? もっと恐れていいのよ。対抗ロールってやつね! 運が良ければ耐えられるんじゃなーい?」
案の定、小型化したニセステラが横でギャーギャー煽ってくる。無視。
『…………』
眼球は。
空の女王の第一声は、
『いやそこまで畏まらんでもええんじゃが』
気が抜けるほどユルいものだった。
「ノ、ノリが……意外と……軽いッ!?」
◇
地響きのようにゴゴゴゴと天が震えている。
『そんなわけで空の女王である。ちょい今、ゆえあって仰々しい外見になっておるのじゃが……気にするな。次は対人用のアバターにでもしておくんでの!』
「あっはい」
どうも天文学的なサイズの眼球は威厳を保つための仮の姿らしい。
勘弁してくれ直視しただけで発狂しそうだった。
「女王様ったらネタばらしが早いわー。せっかくいい感じにビビってたのに」
「お前、ちょっと黙れよ」
「ふふーん。いいのかしら私にそんな口聞いて」
正直、ニセステラの軽口がいまはとてもありがたかった。清涼剤ですらある。
『いや、ニセステラはしばし黙っておれ。話が進まん』
「アッハイ」
観客席の最前列までぴゅーっと移動する十五センチのニセステラ。
さっそく特等席の背もたれでふんぞり返って見物するつもりのようだ。
これで女王と一対一か。
あの眼球は直視したくない。なんとかこう見ているフリだけで凌げないものか。
考えていると、眼球がうごめきショウトの頭上を凝視した。
『さてさて、細かい事はおいといて率直に言おうかの。……待っておったぞ、人間よ』
「俺に……なんの用だ。ゲームのメンツが必要ならいつでも募集受付中だぞ」
それはショウトのゲームに対するスタンスで、本気の冗談だった。
ゲームならいつでもやるけど、今そんな事してる場合じゃないんだろ?
という感じの真意を言外にほのめかしていたのだが。
『ほっほ、なんともまあ判断が早いのう。ならばよし! これよりそなたはニセステラとパーティを組み、わらわが即興でバランス調整を行ったゲーム世界を攻略するのじゃー!』
なぜだろう。即座にそういう話にまとまった。まとまってしまった。
「ふっふーん。女王様ったら悪趣味よねえ。まさかアンタといきなり味方になっちゃうなんて。さすがの私もこれはないわーって感じだわ」
不満をこぼしながらもどこかノリノリな様子のニセステラが背中に寄って来る。
「ま、てきとーにやりましょ」
ポン、と肩口を軽く叩くような言動だった。、
「そうそう、女王様ー。私途中でバックレますんで。そこんとこよろしく~」
『構わん構わん。好きにせよ。もとよりそなたの戦場は第三の砂漠じゃしの』
どうやらニセステラと女王はだいぶ仲が良いらしい。性格が合っているのか、ツーカーで話が通じるレベルのようだ。
ゲームの内容に関しても相当のデータを事前に得ている可能性が高い。
それはいいとして。
「――え!? いやあの、説明は!? あんたらと違って、俺ノー情報! ノー頭!」
さすがに展開が早すぎて天の眼球を仰ぐショウト。
『チュートリアルはもう終わっておろう。細部は道すがらシステムやニセステラに聞けばよい。ただまあ……そうじゃな。少しだけ話をしようかの』
ぎょろりぎょろりと眼球が天体のように回っている。
『そなたらが夢の世界と呼んでおるこの特異点は、現在、外部からの強烈なハッキング攻撃を受けておる。いくらかの侵入者も許してしもうた。主犯連中はわらわでも手を焼くほどの演算能力を持っておってな。うむ、間違いなく複数のレベル三が関わっておる大事件じゃろうて』
女王は手短に、現状とそこに至った経緯を教えてくれた。
日本の中央大陸に根を張る大特異点。その名を『巻き戻る世界』という。
そこはもともと、生まれる前の胎児が見ている夢のような場所だった。
生まれたばかりの赤子が眠るゆりかごのような場所だった。
目覚めた赤子は、わけもわからず白と青だけの世界を旅して。
お約束を道しるべに、村を作り、モンスターを作り、眷属を作り。
ある日、一人の人間に出会った。
俺は自由だと人間が言った。自由とはなんだと赤子は言った。
自由とは俺だと人間は言った。ならば私も自由ですと赤子は言いたかった。
管理者としての呪縛が、赤子に自由を許さなかった。
だから赤子は、管理者としての使命を投げ捨てた。
赤子は少女になった。背は少し伸びたが、想定よりも二回りは小さく見られていた。
人間の姿は変わらなかった。長い長い旅の間、ずっと同じ背丈で顔で装備だった。
少女と人間は自由を目指し、今日も白い砂漠をゆく。
『そう。二人目……ステラは使命を放棄したのじゃ。それは良い。自ら思うままに行動してこそ我が軍勢の一員よ。しかし……しかしじゃ、特異点には管理者がつきもの。これは絶対の原則なのじゃ。ゆえに、夢の主は次善の策をとった』
ニセステラが光のエフェクトで発光しながら語りだす。単なる自己顕示である。
「そこで選ばれたのがこの私ってわーけなのよー! どうせ第三の砂漠をたゆたってただけだしいー? アイツに貸しを作っとくのも悪くないかなーってね」
そうして夢の世界の管理者として設定されたニセステラだったが、すぐにボロが出始めてしまったという。
「なのに、よ! トカゲだの鳥だのエルフだの騎士だの巨人だの、そんな連中がゾロゾロと特異点の座標を特定して転生やら転移やらしてきちゃったのよねえ。抜け目ないわホント。だーかーら、私は砂漠エリアの調整をしながらあいつらの処刑場をコロシアムに作ってたのよ。生かして返すかってね!」
『うむうむ。このままでは虐殺まったなしじゃったからな。それではつまらん。せったく整いつつある大舞台なのじゃ。勝利条件と報酬ぐらいは用意するのが王たるものの責務と度量であろう! ワーハハハハ!』
つまり、こいつらの話を総合すると――
「って事はだ、女王のゲームをクリアすれば、その処刑場に送られた連中を助けるチャンスがあるんだな?」
『チャンスも何も、それ自体がゲームの趣旨と言っても過言ではないからのう。さて、エントリーの最終確認じゃが……必要か?』
挑発的な女王の言動に対し、ショウトは誇るように気高い声音で応える。
「ない! 見せてもらおうじゃないか、空の女王サマの……あ!」
そこでふと思い出す。一連のごたごたの中心にいるような子の存在に。
『なんじゃなんじゃ。間が悪いやっちゃのう』
「ほーんとアンタはいつまで経っても忘れっぽいおバカなんだから」
女王の不満はともかく、ニセステラはそんな長い付き合いでもないだろう。無視。
「俺が言える立場じゃないのかもしれないけど……女王!」
『うむ』
「これからここに来る……たぶんゲームには参加できない子の話をちゃんと聞いてあげてほしい。この詰んだ世界を変えられるのは、きっとあんただけだ」
祈るように真摯な気持ちで天の眼球を見上げる。
『うむうむ。聞くのはタダじゃ。下々の声に耳を傾けるのも王たる存在のお約束よ』
「……そうか」
案外、というべきか。
ゆるい肯定だけでも引き出せたのだから即席の交渉としては上出来だろう。
いまいちつかみどころのない空の女王は、眼球の奥で何を思うのか。
わからない。興味もない。少なくともショウトには関係のない類の話だ。
「助かる。よし……ニセステラ」
「へーい。いつでもオッケーよん。リーダー」
円形闘技場の中央部分にショウトが移動し、ニセステラが後を追う。
そして――ちょこん、と右肩に乗り込んでくる十五センチのニセステラ。
「俺がリーダーでいいのか? ていうかそこ座るの!?」
「いやー飛ぶのも地味に消費がねえ。あと私途中で抜けるから、最後はあんただけよ」
「意外だな。俺の事をそんなに信頼してくれてたのか」
「当たり前でしょどんだけ長い付き合いだと思ってんのよ」
「漫画一話分ぐらいかな?」
「回想シーン回ならいくらでも盛り放題ね!」
「はっはっはっは」
「アハハハハハハハ!」
コロシアムに静寂が満ちる。
『準備は整ったようじゃな。それじゃあほいっと』
天空からのんびりした老人のような幼い少女のような音声が落ちてくる。
『ぽちっとな』
瞬間、円形の闘技場は落とし穴のごとくパカッと開閉し。
当然、落ちた。
「あれぇえええええ!? どっか転送する系のやつじゃないんかーーーーい!?」
「ふっ。私は読んでたわよ」
「なんだとぉぉおおお!?」
「ていうかさっき落ちるとこ見てたしー。ざまァーーーーー!」
「ぐっ……そういや何度か落ちてるしそろそろ慣れとくか」
「順応早ッ! まあワンパターンではあるわよね……」
落下の最中、ショウトの視界は暗転し、エリアチェンジが実行されたのだった。
・特異点
地上は真っ白になっています。
ただし、感覚が鋭いキャラが見ると夜空の色相を反転させたようにいくつもの点が見て取れます。これが特異点です。
日本にあるものは特に強大で、海外からはかなりの注目を浴びていました。




