第15.5話 弱点とペナルティ
地球の大地、真っ白な砂漠のどこかに――
人骨を素材に築き上げたような魔の王城があった。
「IEM……モンスターには弱点が必須……だと?」
魔城の内部、禍々しき円卓で二人の人物が向かい合っている。
「そうだ。レベル二以下のカスであろうと貴様らであろうとその前提は変わらん」
どちらも非常にあやしい恰好をしていた。
疑問を抱いた方は、一言で表すなら『宇宙服の大男』だろうか。
背丈は二メートルを超えており、ずんぐりしたシルエットの気密スーツがそのままそいつのボディになっている。
そのため中身はカラッポで、しかし男はそんな自分の姿に愛着を持っていた。
――私は肉体という鬱陶しいしがらみから解放された自由の身だ。おまけに生前とは種族まで変わってしまったようだ。IEM? 知らんな! だがまあ、このような体験はそうそう出来るものではない。どうだ羨ましいだろう旧人類よ! ワハハハハ!
そういったある種の優越感すら抱きつつ。
新たな人生を謳歌するための簡単なレクチャーを受けているところだった。
男の名はレオナルド・ヒューストン。
遠い昔の夢想家である。
「解せんな。旧人類を蹂躙したいなら、超大型の無敵モンスターでも作って地球を一周させればいい。一度きりだが、それなりに楽しめるだろう。弱点など無意味では?」
「……馬鹿かガキの発想だな」
レオナルドの言葉にケチをつける相手は漆黒の衣を装備していた。
身を包むと同時に数多の凶器をも隠し持てそうな黒装束。
その姿は『熟練の暗殺者』といった雰囲気だった。
「ふむ。ではモンスター作成のセオリーとやらをご教授願おうか。魔軍司令どのよ」
下手に出つつも、こいつ中身はヒステリックな女なのだろうなと適当に推測する。
それは極めて正解に近い推測だったが、現時点では知るよしもない。
「モンスターのおおまかな役割は二つ。人間を襲う事と、人間に倒される事だ」
「生かさず殺さず……というわけでもなく、生かしてわざわざ成長させると?」
「そのための弱点であり、お約束なのだ」
「そのお約束とはなんだね?」
魔軍司令と呼ばれた女は嘲るように笑う。
「よくある設定だよ。火は水に弱く、水は植物に弱く、植物は火に弱い。そういった昔ながらの共通概念をやつらは聖書や神託のようにありがたがっているのさ」
「ふむ。まるでゲームだな」
否、とレオナルドは自らの発言を脳内で否定する。
まるで、ではない。
まさにゲームなのだ。
世界そのものがゲーム的な概念に支配され尽くした時代。
そういう事なのだろう。
あるいは、現在の自分はIEMと呼ばれる種族のようだが、こいつらが地球をゲーム化してしまったのか。
それならば随分とおいしいポジションを得てしまったようで申し訳ないと思う。
思うが……
というかあれだ。
コールドスリープから目覚め、砂漠化した大地を見た時にも思ったものだが。
変わり果てた星の姿に心が躍る。
何も知らぬ赤子のように好奇心がたかぶり震える。
新しい時代に疑問が尽きぬ!
全力で貧乏ゆすりをしつつレオナルドは質問を重ねる。
「では聞こう! そのお約束とやらに抗うすべはないのかね!?」
「何を興奮している貴様。鬱陶しい動きをするな」
「止まらん! 止まらん! 教えてくれないと勝手に試すぞ! まだ表立って動くわけにはいかんのだろう!? さあ情報を開示したまえ魔軍司令どの!」
魔城全体に舌打ちが響く。
「……いたずらに抗えばペナルティを受けるだろうな。例えば貴様が挙げた無敵モンスターだ。この『無敵』状態を雑に発動しようものなら、大幅な弱体は免れまい」
「断定はできんのかね!? ちょっくら試してみたいのだが!?」
「前例がないからな。だが徒労に終わりそうだという事ぐらいは理解できよう」
「わからなくはないが……ううむ、妙な話だとは思わないのかね!? 前例がないのになぜ弱体化すると察しているのか!?」
わざとらしい溜息がこぼれる。
「それがお約束というものなんだよ。誰もがなんとなく理解してしまうのだ。常識のように、幼い頃の記憶のようにな。わかっていないのは貴様のような古代人か、知能の低いカスぐらいだ」
「ふむ……」
魔軍司令からすさまじいプレッシャーがほとばしる。
殺気にも似た波動が魔の王城を震撼させる。
「魔王軍将ともなればなおさらだ。口を慎むがいい、魔王軍最後の将よ。貴様はまず、そこらの砂漠から現代の在りようを学ぶべきだな」
「…………承知した。私なりにこの新世界を紐解いてみるとしよう」
とりあえず無敵状態とは禁じ手に近いものらしい。
様々な制約と引き換えにすれば不可能ではないようだが、実用性は低そうだ。
こっそり試してみるのも一興か。
ともあれ、どんなモンスターにも弱点は必須という事。
お約束を逸脱する行為にはペナルティが課せられるという事。
この二点を踏まえて配下のモンスター軍団でも作ってみるとしよう。
新世界の秩序とは、どこまでいってもゲーム的であるらしかった。
◇◇◇
ステラと再び別行動を取り、ショウトはコロシアムへ向かった。
「この一件、わたしはお役に立てないと思いますが、ひょっとしたらコロシアムにはわたしの眷属がいるかもしれません。目印的なものとしては……」
「うん、わかるよ。名前にAがついてるやつ!」
「ですです! 必ず味方になってくれますので……ご武運を!」
そんな会話をかわし、緊張と期待で高揚しつつドーム状の建物に忍び込んだのだが。
「おかしいな、誰もいない? おーい誰か―?」
コロシアムの内部は静かなものだった。
もっとこう、熱狂渦巻くバトルステージ的なものをイメージしていたのに。
何十メートルもの円柱が立ち並ぶ回廊を進み、段々畑の観客席上部に到着。
視界が開け、まずショウトは空を見た。
「――!?」
なんの変哲もない夕焼け空だった。
そのはずなのに、思わず目を逸らしたくなる『何か』があるような気がして。
観客席の中心に配置された戦闘エリア――円形の闘技場に視線を向けた。
「む。あいつは」
そこには腕組して空中に浮かんでいるニセステラの姿があった。
向こうもこっちに気づいたのか、指を立ててクイクイとジェスチャーしている。
遠目だが、どことなく覇気がないというか、憂鬱そうな雰囲気を感じる。
ひとまず話を聞いてみようと思い、客席横の通路をくだる。
近づくにつれ、ニセステラの容姿というかサイズに違和感を覚えていった。
「ん? お前なんか縮んでない?」
噴水広場で会ったとき、ニセステラは十歳か十一歳ぐらいの背丈だった。
パッと見で十二から十三歳ぐらいのステラよりちょっとだけ小さかったはずだ。
それが今では十分の一ほどになっている。
目算で十五センチぐらいだろうか。
「来るのも気づくのも遅いのよ! なんかで済ますな! 見りゃわかるでしょーが!」
「知らねーよ。遊びすぎて夢の主から大目玉でももらったのか?」
「くっ……当たらずとも遠からずー!」
溜息、舌打ち、愚痴をぶつぶつと垂れ流すニセステラ。
システムのペナルティがどうとかそんなん先に教えといてよとか聞こえた。
「まあいいわ。んじゃさっさと行くわよ、準備オッケー?」
「どこに行くんだ?」
「そんなん決まってるでしょ。つーかあんた何しにきたの?」
「イベント攻略」
もちろん冗談半分なのだが、ニセステラは『こいつマジか』みたいな反応をした。巨大な汗マークとともに。
「あんたさ、今この世界で何が起きてるかわかってる!?」
「なんもわかってねえけど!?」
「ステラから何も聞いてないわけ!?」
「外側の事情はよくわからないってよ」
「そう……そっか」
少しだけ神妙な顔になるニセステラ。
かと思えば意味不明な事をほざく。
「それじゃあ、移動する前にちょいと跪きなさい?」
「どういう流れで!?」
「どうって、そりゃあんた」
下等生物を哀れむような目つきのまま何もないはずの空を指さし、告げた。
「女王様の御前だもの」
無敵状態はマナー違反です。せめて制限時間を設けるか、攻撃行動を取らないぐらいの制約は加えてください。




