第12話 掌握型のニセステラ
トカゲAが木工細工の民芸品みたいな剣を取り出して襲いかかってきた。
せっかく用意してもらったチュートリアルだが、踊らされているようでどうにも気に入らない。
そうでなくとも洗脳状態の相手と戦うのは遠慮したいところだった。
自由の対極にあるような状態だろう。洗脳なんて。
それにしても――奇妙な戦闘の構図だとショウトはのんきに考えていた。
「ほーらがんばれがんばれ♪ ちょっと人間ビビりすぎじゃなーい?」
上から横からハエみたいに飛び回って茶々を入れてくるニセステラ。
「グオオオ! グガ、ゴゴ、グゴガ!」
トカゲAによる我を忘れながらも技巧的な立ち回りを見せる猛攻。
あの木工細工の武器、木剣と黒曜石を組み合わせたマクアフティルだったか。
それ自体は怖くないが、トカゲA自身の身体能力が高めのようで、単純な切った張ったの動作に無駄がなく重みを感じる。
地に足のついた強敵だった。
少なくともボコスカバトルが通じる相手ではなさそうだ。
戦闘スタイルから察するにもともと生真面目な性格なのだろう。
洗脳されていなければ良い友になれたかもれない。
ショウトは青白く光る端末刀を用いての防戦に徹するつもりだ。
時に受け時にさばき、広場を周回するように後退しつつ機をうかがっている。
ちょっくら愚痴の一つ二つこぼしたい気分だったりもする。
「洗脳かあ。洗脳なあ。こういう戦いは好みじゃないんだよなあ」
「ゼータク言ってんじゃないわよバカ人間。あんたアレでしょ、格闘ゲームみたいなタイマンバトルで燃えるタイプじゃないのー?」
「べつに戦場は選ばないよ。でも操られた奴を切るのはさー、なんかこう、嫌じゃん」
「甘ちゃんねえ。これはしつけがいがありそうだわ」
ニセステラがくるくると気流のように上昇し、上空で指をパチン鳴らす。
すぐ真下の空間に亀裂が走り、その中からさらなるモンスターが出現した。
「な!」
ゆるい気分で戦っていたショウトの表情が強張る。
現れたのは人に近い形をした鳥のIEMだった。トカゲの亜人をリザードマンと呼ぶなら、こちらはバードマンとするのが適切ではあるのだろう。
カラフルな軽鎧と、全身の羽毛がピンク色をしたバードマン。
手にする武器は羽飾りのついた長槍、つまりはランスだった。
「ランスを装備した鳥のIEM……!」
「おっ? ちょっとやる気出てきた感じー? こいつもトカゲAの同胞みたいよん。ザコBってとこね」
雑な解説に異を唱えたのはバードマン本人だった。
「オイオイオイ掌握型サマよお! 『ハチドリ』たる俺をそこらの『クロヘビ』と一緒にされるのだきゃあ我慢できねえぜ」
「で?」
「……いえ、一緒でいいっす。みんな雑魚っす」
即落ちでシュンとするバードマン。
そのやり取りにショウトは違和感を覚えた。
「あっちの鳥野郎は洗脳されてないのか?」
「する必要がないって感じかしらねえ。そうよねクソザコB? 私のやってほしい事、ちゃんとわかってる?」
「クソはついてなかったような……」
「あ?」
「グッ……こいつらだ! そこの生意気そうな人間とォ! 『クロヘビ』の雑兵一匹! ぶち殺せばいいんだろォォォォ!」
ヤケクソに叫びつつ、ランスを構えて急降下するバードマン。
「――グッド。まあ本当に殺せたらクソザコナメクジBも終わりだけどね」
狙いは逃げ腰な戦いを続けていたショウトだった。
「へっぴり腰のヘタレ人間がよォ! 『クロヘビ』ごときにヘコヘコハメられてんじゃねぇェッ!」
風のエネルギーをまとって繰り出されるランスの強撃。
スピードとパワーの乗ったいい一撃だ。
このバードマン、性格は口調通りアレな感じだが、戦士としてはなかなか優秀な素質を持っているようだ。
否。
「か……ぺ……」
持っていたのかもしれない。
急降下してきたバードマンが地上に降りる頃には。
彼の姿はバラバラに分割され、砂塵の一部と化す寸前だった。
「聞くヒマなかったんだけどさ」
それを神がかり的な剣速により成しえたショウトはのんびりと、だが語気を強めて消えゆくバードマンに問いかける。
「野良にいた、ジャガーAっていうIEMを覚えてるか?」
「し、らねえ、けど……野良狩り、ぐらい……誰だっ、て…………」
そこでバードマンは完全に消滅した。
「そうか、ごめん人違いだった。……鳥違い? IEM違い?」
ニセステラがツッコミに回る。
「そんなんどうでもいいでしょ! んなことより、やたらと高かった今の殺意は何よ。あいつらそんなめちゃくちゃやってたわけ?」
「さあな。俺だって砂漠を隅々まで見て回ったわけじゃない。ただ」
風が吹き抜ける。ショウトは視線を巡らせて状況を観察した。
トカゲAが苦しそうに呻いている。
ニセステラが肩をすくめて微妙な顔でいる。
NPCみたいな都の住人は遠巻きにこの騒動を見守っている。
ステラたちはまだヤギ店主の所にいるのだろうか。
「……お姫様が泣いていた。俺が剣を振るうには十分すぎる理由だったよ」
◇
消えたちびトカゲを捜索する最中、ステラはなんか急に叫びたくなった。
「メタ発言失礼します! ジャガーAさんの時、わたし泣いてないんですけどー!」
◇
「ふーん。やる気になればレベル一の上位種ぐらいは軽く蹴散らせるようね」
ニセステラが再び指を鳴らす。洗脳に抗おうとしているのか、苦しむトカゲAの真下に謎の黒い穴が開き、そのままボッシュート。
「おい! トカゲAはどうなったんだ」
「あーはいはい。殺しちゃいないわよ。この体じゃ色々とめんどうなのよねー」
「くっ」
ショウトが弾かれたように黒い穴に駆け寄る。
「トカゲA! 俺の声が聞こえるか!? リジ―、アミット、ラスク、お前の身内っぽい連中を預かってる。それに俺はお前と話がしてみたい! 生きてろよ!」
その叫びをさえぎるように黒い穴が閉じ、ショウトはニセステラと対峙する。
しばしの沈黙の後、先に口を開いたのはニセステラだった。
「ねえ人間。『掌握型』と『眷属型』の違いって理解してる?」
「そもそもなんだよそれ。種族的なアレか?」
「どっちかってーと能力的なアレね。特性っていうんだけどさ、お約束にある強化系とかナントカ系みたいな?」
なんとなくわかったから本題に入れと無言で促す。
「そーね、眷属型ってのはモンスター使いに近いのかしら? べつのIEMと主従関係とか協力関係を結んで一緒に戦う感じ。おっけー?」
「ああ」
単なる世間話なのだろう。ショウトはそう決めつけ、次の一撃で可能な限り強力なパワーを解放できるよう意識を研ぎ澄ませていく。
旧時代の剣術、イアイヌキの構えである。
「んで掌握型ね。今の私はこれの特性を持ってるんだけどさ、見た感じだと眷属型にそっくりじゃない? モンスターを操って戦わせるとかさあ」
「どこがだよ。トカゲAにも鳥野郎にもお前との主従関係なんて感じなかったぞ。一方的な洗脳、恐喝、これが眷属型のあるべき姿だってなら軽蔑するね」
ニセステラが大爆笑で応える。
「わかってるじゃないの! だからこそよ。掌握型はモンスター使いなんて生温いもんじゃないって話なわけ。あえて言うなら」
ニセステラのまとう空気が変わった。
悪ガキっぽいおバカな雰囲気から一転して、支配者のごときオーラを放つ存在へと。
「カードゲームのプレイヤー♪ さあおいでなさい、ちょっとだけ遊んであげるわ、人間種!」
◇設定資料のような何か
レベル一上位種
IEMのランク付けです。この辺から人間が武器を持ったぐらいじゃ太刀打ちできなくなります。達人級の腕前か戦い慣れたゲームプレイヤーなら普通に倒せる感じですね。
作中ではあんまり出てこないかもしれませんが、このランクからスキルが使えるようになります。




