第9話 お祭りと色彩と
ほんの一瞬だけ視界が暗転する。エリアチェンジの合図だろう。にぎやかな雰囲気は入る前から伝わっていたが、何よりもまずショウトたちを出迎えたのは、
「……音楽だ。音楽が聞こえる」
「聞こえますねー! こう、蒸し暑くもどこか爽やかな砂漠の町という感じの!」
ケルト風民謡といった趣向のBGMだった。イントロから徐々に激しさを増し、時に穏やかな調べへと転調する情熱的な音楽だ。ステラが言うように砂漠の土地にはぴったりだろう。
「そっか、お祭りやってるんだっけ。よっしゃ適当にぶらつくかー!」
「ぶらつきましょー! あっちの通りが出店ゾーンみたいですよ、ショウト!」
都を行き交う人々はやはり獣人っぽい見た目のIEMばかりだ。白と黒と灰――グレースケールのみで表現された彼らは背景に溶け込むようにワイワイガヤガヤしている。
旅人のような装備の者もいれば商人の恰好をしている者もいる。浮かれてはしゃぐ子供たちに、それをたしなめながらもどこか楽しげな両親の姿。
誰もが色彩を欠いていて、おまけにみんな獣耳だった。
「いい雰囲気だ。のどかさの中にも程よい緊張感がある。旅人の交易地にして休息地ってわけか」
「そんな感じのエリアを模倣しているんでしょうね。あ! 見てくださいよショウト、あっちのお店で面白そうなアイテムが。その向かいはまさか、人間の世界にあると言われる『お菓子』なるお店でしょうか!?」
どちらからという事もなく(どちらかと言えばステラが)、目につく露店をひやかしながら見慣れぬ土地を練り歩いていく二人。
「ステラちゃんは大丈夫? その、レベル三ってなんだか居心地が悪そうだけど」
今にして思えばヒポグリフも犬衛兵も、ステラを見た際に何かとんでもない怪物と遭遇したかのように驚いていた。恐れていた。本人に気にした様子はないが、元気いっぱいの少女が避けられている様は見ていて気分のいいものではない。
「そうですね。眷属以外の子はだいたいあんな感じなのでもう慣れちゃいました」
「と言いつつ雰囲気が暗くなってる気がするぞっと」
そっと手を繋ぐ。ステラの頭部から例のマークが表示された。『!?』
「はえ!? あのその、これはなんぞですことでして!?」
「お姫様のエスコートは戦士の役目だからね。戦士よりは騎士か? まあいいや」
行こうよ、と半ば強引に、音楽と喧騒が入り混じる都の大通りを駆けていく。
「あのあの! つかぬことを伺いますが、ショウトの視覚にはわたしの姿がどのように見えているのですか?」
「うーんそうだね。十二歳ぐらいの、放っておけない妹みたいな……?」
「…………なるほど。妹さんの扱いには慣れているというわけですね」
なぜかステラがしょんぼりしている。
「妹かー。ずっと昔にいたような、いなかったような、だなー」
ショウトはいま、些細な理由で上の空に近い状態だった。
ここが人間の町なら、その『些細な理由』はとっくに解決していただろう。
漫然と周囲に視線を向け、外灯や露店、ブロックじみた建造物などをじっと観察する。
――あれ? なんかおかしいな、この都。
はっきりとした根拠はないが、都の景観にショウトは不自然さを感じ取った。
――いや、そもそもさ。端末にしたってそうだったじゃん。俺はまだ、この世界で一度も……。
深く沈みかけた思考に真横からツッコミが入る。
「まさかのノーリアクション!? これけっこう恥ずかしかったんですけどー!」
「……ああ、ごめんごめん。マイ端末のこと考えてた」
「なんとォー! そいうえばショウトは自称端末オタクさんでしたね! くっ! それでしたら再攻撃です!」
ステラは繋いだ手を一瞬だけ離し、今度は腕と腕をぎゅうううと絡めてきた。つかず離れずだった距離感が一気に縮まり、さすがのショウトも少しばかり照れ臭い。
「ふへへへー! どうですか恥ずかしくて意識してしまうでしょう!」
「俺よりステラちゃんの方が真っ赤になってるみたいだけど……」
「ふんごー! これでも動じませんか! これはアレですか、鈍感系主人公のお約束というわけですね、わかります!」」
実はショウトにもわずかだが赤いエフェクトが生じている。
そう、自分もステラも、照れ臭さを感じると顔が赤くなる。
それが生理現象であれ模倣の結果であれ、見た目になんの違いもなく。
「はっはっはっは。それじゃあお祭りをもう少しばかり堪能しましょうかね、お姫様」
「よしなにー!」
やはりこの都は、この世界は、足りないものが多すぎる。
◇
『混沌の白ヤギ亭』――そんな名前の食事処でショウトたちは一休みしていた。
和洋中入り混じったカオスな内装はともかく、物静かな店主(ヤギの獣人)と落ち着いたBGMが心地よい空間である。
テーブル席の向かいに座ったステラが両手で顔を覆っている。
「そうでした……あのコイン、巻き戻りでなくなっちゃったんでしたー!」
「うーんダメだな、記憶にないや。そんな伝説のアクションゲームみたいなことやってたんだね俺たち」
「そりゃもうナントカ権やら大昔の大企業やら意識せざるを得ない危険なゲームをですね……!」
要するに、お店に入ったはいいが通貨っぽいコインがなくて困惑中なのだった。
と、その時テーブル横を一組の男女が通りかかった。どちらも裾の長いローブを装備しており、フードを目深にかぶっている。
シルエットや仕草から小柄な男女だろうとは思うが、わかる事はそれぐらいだった。
「ん……あれ。君たち」
「はい? どうかされましたか?」
血液を思わせる『赤いローブ』をまとった上品な口調の少女が反応する。
「構わなくていいよシャロン。相手はただの人間だ」
闇夜を思わせる『青いローブ』をまとった少年が横やりを入れてきた。
「気まぐれなゲーム感覚で誰彼構わず巻き込んで、嵐のように通り過ぎていくだけの……はた迷惑な人間だよ」
中性的な声だった。出会ったばかりなのになぜか苛立っている。
「でも、カロンお兄様。でしたら、この方たちこそが」
「そうなんだろうね。だからさ」
ハイ、と雑な手つきで青ローブの少年が革袋をテーブルに置く。
「まあ……! キラキラとした光が漏れていますよショウト……!」
あらためなくてもわかる。中身はコインがザックザク!
「後払いの報酬です。この都に滞在する分には苦労しない額だと思いますよ」
「は? いや意味わからん。急に何言ってんの君」
「説明が必要ですか?」
「うーんどうだろう。もらえるモンはもらっとくけどさ」
「では失礼します。人間の戦士よ、また会うこともあるでしょう」
何かの仕事を依頼したかったのだろうか。それにしては言葉足らずってレベルじゃないほどに短いやり取りだった。
話は本当に終わったらしく、青ローブと赤ローブの二人組は優雅に席を離れていく。
「あーその、カロン君だっけ」
「なんでしょうか」
思考をフル回転させた直後のような渋面でショウトが問いかける。
「ややこしい説明はいいからシンプルに聞かせてくれ。君は、俺の敵か?」
「はい。そういう設定のようです」
「隣のシャロンちゃんも?」
そこでカロンは静かに笑った。堪えきれなくなったおかしさが思わず漏れた感じだ。
「くく、ある意味誰よりも苦戦するでしょうね」
「へ? あ! まさか……もう、お兄様ったらー!」
赤ローブのシャロンが恥ずかしそうにカロンの背をポカポカしている。兄妹の仲は良いのだろう。
それからすぐにカロンとシャロンは店から出ようとしたのだが、
「あのあの、赤い方ー! よろしければガールズトークなどいかがですかー!」
ステラが妙な引き止め方をしている。
シャロンはわずかに振り返り、
「ええ、もちろん。いずれゆっくりお話ししたいですわ。遠い異国の……うふふふ」
目元を隠しながらも妖しく微笑えんだ。
色素の薄さゆえの白い肌と、極めて白に近い金髪がフードの内からのぞいていた。
◇
オシャレなデスクトップ背景のような空間である。
その中心では光の帯がぐるんぐるんと激しくのたうち回っていた。
『ンゴー! 青と赤に突破されたわ! そりゃ他の頭悪そうな連中よりはマシだけどさー! あいつらの部下まできたら収集つかなくなるわよコレ!』
暴風のように幾何学的なエフェクトの光をいくつも生み出していく。
『グアー! 緑のガキどもー! ってレべル一の下位種か、これは捨てるわ! レベル二だけはもう一匹も入れらんないのよォォ!』
何やら非常事態のようだ。
『動かない連中もいるようね。おりこうさんでマジ助かるわー……あーもーーーーー! なんで私がこんなめんどくさいことをォォォオオオ!』
その時、ヤケクソっぽい光の存在に語りかけてくる音声があった。
『苦戦しておるようじゃな三人目よ』
『は? 何よアンタ。誰に断って人の世界に入り込んでんの?』
『みんなの女王さまじゃよ』
『へあ…………マジで!?』
『マジよ大マジ。こたびの一件、生まれたばかりのそなたには荷が重かろうと思うての』
『いやまあそのー、手段を選ばなきゃどうにでもなるんですけどー? ここはやっぱりまっとうなルールを構築してズドンと地獄に突き落としたいじゃない? みたいなー?』
『ふふ、よいよい。そなたのそういう遊び心をわらわは気に入っておる。三人目よ、名を聞こう』
『ないでーす☆』
『ではつけて来るのじゃな。なんでもよい、好きにせい。こちらの処理は代わってやろう』
『うっわ女王さまったらめっちゃ太っ腹じゃーん! そんじゃ遠慮なくー♪』
その光は自身のすぐそばに一つのウィンドウを出現させた。
ウィンドウにはふわふわな白い髪とボロボロのドレスを着た少女が映っている。
『でーもー。名前の前に、まずはやっぱりアバター作りからよねー♪』
ステラちゃんがあんな感じなので忘れがちですが、ショウトくんは敵陣の真っただ中にいますね。




