プロローグ『巻き戻る世界』
「自由っていったいなんですか?」
いつかの砂漠。どこかの砂漠。
それは世界のシステムによって忘れ去られた、二人の旅の思い出だった。
当時は生まれて間もなかったらしい真っ白な少女の問いに、少年は迷いながら答える。
「うーん……俺かな?」
「自由とはショウトなんですか? それとも、ショウトが自由なんですか?」
「改めて言葉にすると難しいね。でも、君だってそこまで不自由な感じはしないよ。そして何より」
愛用の端末を手慰みにしつつ、ショウトはどこまでも続く青空を見上げた。
「俺はきっと、この砂漠で、誰よりも自由だ」
◇◇◇
そこは宇宙空間のように星々がまたたくステージだった。
もちろん実際の宇宙にいるわけではない。
ありていに言えば、ゲーム世界のボス戦だ。
そんな星空のステージを背景に、慌ただしく飛び回る白い影があった。
それは空を飛ぶ白竜で、白竜の背には一組の男女が乗っていた。
「あと少しだ! フルパワーでもう一発ぶちこめば……あいつを倒せる!」
灰色の髪とぼろ切れのようなマントに身を包んだ少年、ショウトが吠える。
ショウトの右手には青白く輝く光の剣が握られていた。
SF映画に出てくるような、レーザーブレードを模したゲーム武器だ。
「そんな気はします……そんな気はするのですが……ですがー!」
もう一人は雲のように白くふわふわな髪とボロボロのドレスをまとった少女だった。
髪どころか肌も服も白一色。
色を忘れたかのような容姿の中で、一対の瞳だけが青く輝いている。
「ステラちゃん。もう一度だ、もう一度あの技を!」
「ぜーぜー、ひーひー、ふーふー!」
ステラと呼ばれた真っ白な少女はめっちゃ疲労困憊の様子。
だがその姿はなんか嘘くさいというか、演技的というか、露骨にわざとらしかった。
「も―ダメです……パワーが切れました。あきらめましょう。ばたんきゅー!」
「ええー! ちょ、待って! 君がそんなことを言ったら……」
「はい……お約束にあるティウンティウンというやつですー」
白竜の背にステラがきゅうんと倒れこむ。
次の瞬間、星空のステージはガラスが砕けるように粉々に爆散した。
二人の姿も、いびつに渦巻く光のエフェクトに包まれて消滅していった。
ショウトとステラは真っ白な空間に佇んでいた。
辺りには先ほどまでいた宇宙空間っぽいステージの破片がぱらぱらと降り注いでいる。
――ああ、また巻き戻るのか。もう少しで第二の砂漠を超えられそうだったのに。
これでまたリセットだ。記憶もほとんど失って、最初の砂漠からやり直し。
いや、それはいい。簡単にクリアできるゲームなんて面白くもなんともない。
ただし、ショウトには今回の戦いでどうしても許せないところがあった。
「コラーーーーー!」
「ひえーーーーー!?」
だから怒った。
おそらくだが、自分がこの少女に対してここまで腹を立てるのは本当に珍しい。
クリア条件すら不確かな砂漠の世界を、ずっと導いてくれていたのだから。
何よりも大切な、最愛の妹のような存在なのだから。
でもそれはそれ。これはこれ。
「どうしてあそこで諦めるんだ! あと一歩ってところだったじゃないかー!」
「だってだってー! わたしもショウトもパワー切れですもん! あの時点で勝てる可能性はゼロになってたんですよー!」
ふーっ、と大きくため息を吐くショウト。
「確率なんてアテにならないよ。いいかいステラちゃん。俺たち人間にはね、確率なんてぶった斬って突き進んでいける……なんかこう、すごいチカラがあるんだ!」
「そこ大事なセリフっぽいのに曖昧にするんですかー!」
「じゃあアレだよ。気合い、情熱、熱血、根性。そういう強い想いのチカラだ。それはきっと、不可能だって可能にできる。いや、してみせる!」
熱く燃えるショウトとは対照的に、ステラはしゅんとうなだれている。
「わたしは人間じゃないのでよくわかりませんが……でもでも、ショウトがそう言うのなら信じてみようと思います。気合い! 熱血! なんかこうすごいパワーを!」
「よーしその意気だ。じゃあ……そろそろかな」
「はい……たぶん」
これから二人は巻き戻り、また新たな再開を果たすのだろう。
どこまで記憶を失うのかは運ゲー、もとい、神――でもなく、この砂漠ゲームの支配者のみぞ知るところだ。
そう思っていたのだが、なかなか巻き戻る兆候が現れない。
二人そろって周囲を見回す。
「あれあれ、おかしいですね。もうとっくに巻き戻ってもいい頃合いなのですが」
「確かに妙なタイムラグがあるような……なんでだろう?」
ステラが神妙な顔をする。
「もしかしたら、もうあまり時間が残されていないのかもしれません」
「巻き戻る世界を構築してるエネルギーがなくなりつつあるってことかな」
「おそらくは……長い旅をしてきましたからね。これでもう何度目になるでしょうか」
遠い目をするステラを、ショウトは悔しさとともに見つめる。
――俺は前回の……これまでの旅をほとんど覚えていない。きっと次もそうなる。
それでも、確かにこの胸に刻まれた想いがあるんだ。
これ以上の失敗は許されないかもしれない。次がラストチャンスの可能性は高い。
「ステラちゃん。約束は必ず果たすよ。君が守りたかったこの小さな世界を……」
「……はい。信じています。と言いますか、色々と押し付けちゃってほんとすいません」
「いいんだよ。俺がそうしたかったんだ。ヒロインの願いをかなえて世界を救う。これに燃えない男はいないさ」
「ふふふふ。ショウトは何度巻き戻ってもショウトのままですね」
和やかな雰囲気が流れたところで、それぞれの体が渦巻く光に包まれ始めた。
「ショウト」
巻き戻りつつあるステラがたおやかな笑みを浮かべる。
「あなたが全部忘れても、わたしはだいたい覚えています。ですから……次も必ず、あなたを迎えにいきますので」
「うん、待ってるよ。そして俺は、必ず君を」
そこで二人は完全に巻き戻り――ショウトの視界は暗転した。
これからまた、新たな旅が始まるのだろう。
間の悪いことに、決めゼリフを最後まで言えなかった。
だからショウトは心の内で誓った。
――俺はこのヘンテコな砂漠だらけの『巻き戻る世界』を攻略する。してみせる。
そして必ず、君を人間の世界へ連れていく。