〜世界は開かれた〜
ええと、何をしてたんだっけ?こんなこと考えてばっかりの毎日はいい加減飽きてきた。
最近入社したのに、失敗ばっかりで意欲が持たないなぁ。
そうだ、昨日杏仁豆腐買ったの食べ忘れてたよ。早速冷蔵庫に手を伸ばして杏仁豆腐を探す。コンビニで買った4個入りの真っ白い……あったあった。スプーンは、色々と面倒くさくなるからそのまま食べよ。
不意に上司からの電話がけたたましく鳴ったその時、杏仁豆腐が床へ目掛けてほっぺを伝い冷やしながらペチャッと落ちた。なんという事だ。大事な大事な杏仁豆腐を落とさせやがって上司め。
頭で文句を言いながら電話に出ると、一言目から上司の説教が耳に飛んできた。
「お前、何回言えば分かるんだ。頼んだ資料はまだ持ってきてないのか!あれほど大事な資料だと言っただろう!」
急いで持っていきますと伝え、お説教を乗り越えて電話を切る。怒られて思い出したよ。次の会議で使う書類、まだ出来てない。慌ててパソコンと向き合い、なんとか資料を作り上げてコピーする。時計を見ると24時、そろそろ眠気が襲ってくる。こんな怒られてばかりの日常はやはりつまらない。
睡魔が来たのか意識が遠のいていく。瞼が重くなり暗闇に引き込まれる時、うっすらと見えたものがあった。
「……世界をクローズしました??」
ーーーー頭が痛い。昨日はなにしてたっけ。
子鳥のさえずり。昨日の謎の何か。パソコンに表示されている資料。視界の隅にある黄色い謎の何か。時刻は、電子時計の表示が無い。気になる黄色い謎の何か。
なんか「はい」に触れちゃったけど、大丈夫かなぁ。データを取得しました?現在の世界を閉じました?新しい世界への転移許可?なんの事か分からないけどまぁいいか。
突然暗転する視界。目の前には謎の何かがまた浮かび上がる。
「世界へ移動します。数分後、目を開けて下さい。」
そうだ。この手の物語は色々読んだ。異世界転生ものだな?さては俺最強?それしか考えられない。きっとそうだろう、そうと信じよう。
そしてしばらく目を閉じ、いざ異世界へ。覚悟を決め目を開けると……
びっくりした。最初から魔物に囲まれてやがる。いまにも攻撃をしてきそうな魔物たちだ。俺は丸腰、地面の石を握ってみるも力は強くなっている気がしない。黄色い表示を見れば、言語データを新しく取得しますかと書かれている。
状況からして俺は負ける、そう悟った時には既に「はい」へ手が伸びていた。
「……か、大丈夫か。意識はあるか」
「こいつ変な格好をしているぞ」
「ひどい怪我だ、腹に深い傷がある。見るからに人間だが、一度回復をかけてみよう」
訳が分からなかった。普通魔物は人間を襲うだろうに。俺は最強なはずだろうに。頭が混乱していて全く理解が出来なかった。そして気を失った。
再び目を開くと、ここは何かの部屋のようだがやはりさっきの魔物がいた。しかしどうだろう、起きた起きたと騒ぐ魔物の隣に人間が現れる。
「おはよう。調子はどうだい?君の名前は?」
分からなかった。思い出せないのだ。なによりもこの異様な状況から理解が出来なかった。適当に名前を作り、サムと名乗ってみる。
「サム……聞いた事の無い名前だ……あ、すまん。言い忘れたがわたしはルルーノスという。気軽にルルと呼んでくれ」
さてと、ここからは俺のターンだ。いくつかの質問を投げる。
この世界はフォンス、アーリア、グロンラルフという3つの国に分けられ、俺がいるここはグロンラルフのアッタリーという都市から離れた小さな村らしい。見慣れないこの部屋はルルの医務室だそうだ。そしてこの気に食わない状況、なぜ人間と魔物が一緒にいるのか。昔はその争いはあったらしい。数百年ほど前、一人の勇者が魔物の王と終戦と共存の契約を結び、人知れず姿を消し去ったという話だった。元々はフォンスとアーリアは人の大地、グロンラルフだけが魔物の大地だったらしく、勇者の一件以来グロンラルフでは魔物と人間が一緒にいるらしい。
俺が勇者って訳では無いのか。そう考えているとルルは少し席を外すと言い、魔物と共に部屋を出ていった。
そういえばあの黄色い謎の表示、たぶん念じたりすれば出てくるはずだ。少し表示を思い浮かべると、やはり出てきた。これはルルに尋ねたところ変な目をされたので他の人には出ないのだろう。ベタだがメニューと呼ぶことにした。
早速このメニューを見てみると、能力表示やらなんやらとやはり思ったもの通りだ。まず能力表示を選ぶ。基礎ステータスっぽいものはなく、レベルと取得した能力だけ表示されるようだ。能力はいくつかあった。今の俺は、名前はサムになっている。レベルは3か…。詳しく能力を見ていこう。
一つ目はデータ解読。見た物を解読するとメニューの万物図鑑というものに記録されるらしい。これは楽しめそうな要素だな。
二つ目は…クローズ?なんだろうこれは。詳細がない。本当になんだろう。
三つ目に言語だ。さっき取得した。声を発する生き物の全ての言葉が理解出来るらしい。
おっと、ルルが戻ってきたようだ。これからの人生は流れに身を任せつつ考えるか。
忘れ物、無くなればいいのに。