進水式!
いよいよ進水式まで駆け抜けてきました!
僕が、ナポレオンの造船所のドックで魔術式エンジンの搭載をしてから数ヶ月、いよいよ進水式を開催する日がやってきたのだ!僕は命名式であの魔術式潜水艦につける名前をあれこれ考えて既に決めていた。
ワクワク感は半端ない!
バランタインが進水式の為の燕尾服を用意してくれた。それはそれは子供にはもったいないくらいの立派な仕立てで僕は今までの人生では味わった事のない感動を覚えて涙がこみ上げて来た。そんな僕を母であるバランタインはそっと抱き締める。
『愛しの我が息子ジャック・ジュニア、父さんの遺志を引き継ぎ深海へと旅立つ冒険者ジャック、私は貴方のその強い探究心と類い希なき洞察力、発想力、実行力。そして何より人を惹き付けて止まないそのバランスの取れた人柄が大好きよ。心から親として誇りに思い貴方を送りだせるわ。しっかりやってくるのよ!』
僕の涙腺は決壊しバランタインの胸の中で止めどなく涙を流していた。
赤子の頃、バランタインの胸を見て欲情していたことを懺悔しながら。
『さあ、ジャック!進水式の時間よ!顔を洗ってらっしゃい!』
『ぐすん!母さんありがとう!顔洗ってくるね』
僕は幸せだった。
このような気持ちと言うものが人には沸いてくる。その事実に僕は動揺と感動が入り交じって行くのをただ感受していた。
戦国時代は騙し合い、裏切り、下克上なんでもありのありありの時代だったのだ!利家さまが現れて全てが塗り替えられたが、そもそもはあんなに殺伐と野望が渦巻く社会は問題だらけだろう。良く足利氏と織田氏の間で上手く立ち回ったものだと今だから自分に感心してしまうし、2度とあの様な体験、人生は御免被りたいと心底感じる、いや!母さんに気が付かされたのだ!
僕は顔を良く冷やしながら洗いタオルで拭くとスッキリサッパリ爽快な気分になった!
『よし!急ごう!』
僕は母さんのところへ向かう。今日はもちろん母さんも進水式に参加してくれるからだ。母さんはとても素敵なよそ行きの赤いドレスに身を包んで僕を待っていてくれた。
僕はニマニマが止まらない。
進水式が終われば本格的な艤装が開始されて竣工し船舶として完成体となるのだ。
母さんが優しく訪ねてくる。
『ジャック?もうちゃんと名前は考えたのかしら?』
『それは秘密だよ!ふふふ!』
こうして僕達はナポレオンとメーカーズの待つ造船ドックへとたどり着いた。
漁村の村民たちには、あまりにも珍しい式典なので村中の人達が寄ってたかって見物に来ていた。
ある村人は言う!
『なんだこりゃ!鉄のクジラじゃねえか!?』
ある村人は言う!
『樽じゃないけれど鉄ってことは沈んだら浮かんでこれないんじゃないの?』
ある村人はそれを止める様に言う。
『バカ野郎!ジャックの嫁さんに聞こえたらどうするんだ!?口に気を付けろ!』
ざわざわとざわめき立っていた。
僕達はナポレオンとメーカーズに挨拶をする。
『よくぞここまで見事に仕上げてくださり心から感謝致しております。メーカーズさん!ナポレオンさん!ありがとうございます!』
僕はブンブンと頭を下げて回った。二人とも照れ屋なのかちょっと顔が赤い。
『ナポレオンの親方、メーカーズの親方、本当にお力添え頂き心より御礼申し上げます。ありがとう、ふたりとも。良くやってくださいました。』
母さんは美人である!もう親方二人は真っ赤になっていた!面白い光景だ!
ナポレオンとメーカーズ二人は目を合わせて口を開く。
『さあ!進水式を始めようか!』
僕は意気揚々と『はい!お願いいたします!』
その時である!『ちょっと待ったー!』とちょっこり現れたのは神殿長のロゼワインさんだった!僕の専属魔術教師である!
『はぁ、はぁ、聖別の儀を執り行わせてくださいませんか?時間は取りませんから!』
魔術の教え子の僕にせめてもの餞別のつもりなのであろう。優しい女性だ。
『僕は構わないよ?皆はどうかな?』
ナポレオンが顔をしわくちゃにさせて言い返してくる。
『坊主!って言うにはもうデカイか?オーナーさんよ!オーナーが良いよね?って言ってるのに俺たちに断る理由なんてえ、あるわけねえじゃねえか?なあ?メーカーズ。』
『はぁ、やってくれ!先代のジャックも安心することだろうよ』
こうしてロゼワインによる魔術式潜水艦の聖別の儀が始まった。
『この星のすべての水を統べる女神アクアウエイタよ!この新しき生まれ出でた水の中を泳ぐ黒船に祝福を与えたまえ!海の神カティー・サークよ!この黒船の航海を見守りたまえ!』
するとすると!僕の魔術式潜水艦が虹色に輝く光に覆われて、なんとも言えない神聖な空間がそこにあった!漁村の村民たちも目が飛び出んばかりに驚いている!
ロゼワインは僕達に向かって合図を送って来た。
『お待たせしました。進水式を続けてくださいませ。』
ナポレオンが大きな声で叫ぶ!!
『注水を始めろー!!』
ドックで働く100名ばかりの職人たちが、『おーーー!』とかけ声を返すとみるみるうちに注水口から海水が大量に流れ込んでくる!!
漁村の村民たちは『おおおー!!!』と叫び、僕は静かに異常が無いかな?大丈夫かな?と注意深く注水の様子を見守っている。
長さ25パーセント(メートルとほぼ一緒)
幅が9パーセントと1人乗り用としては結構大きめに作らせてもらった僕の魔術式潜水艦は半分ほど海水に浸り見事な姿を衆目に誇るようにさらしていた。威風堂々とした船体であった。
『注水止めーー!』とナポレオンの親方。
『おおおー!!!』と職人衆。
こうして注水が終わりいよいよ僕の出番である。
『命名しよう!この魔術式潜水艦はヤマトだ!』
海底を舐めるように静かに進み海上でも速力は時速100パーセントを越える超最新鋭の発明の集合体!その名もヤマト!
僕はあと10 日もすればこの漁村とも別れなければならないと思うと嬉しいような、なんか寂しいような不思議な気分を味わっていたのであった。
バランタインの母親としての愛情をたっぷり注がれて育ったジャック・ジュニアは主君である織田信長のもとへ気持ちの整理をして行けるのであろうか?