第7話:入口
学校を出てからかれこれ3時間が経とうとしていた。
これからどこに向かうのだろうか。まだ校門のようなものは確認できていないし、かと言ってこれが学校の敷地内だなんて考えたくもなかった。
辰川は窓を開けて外の景色を眺めていた。後ろに流れていく景色を追うのではなく、ただ一点を見つめ続けていた。
清水はというと、先ほどからミイラ男と楽しそうに話しこんでいた。学校での噂だったり、最近あった出来事だったり、話題は尽きることを知らないようだ。
二人の話を盗み聞きして分かったことがある。
まずはこのミイラ男のこと。名前は大森通。彼は学校の先生などではなく、学校専属の案内人なのだそうだ。魔法学校は他校と比べてもかなり特殊な教育機関であるから、情報交換や視察を兼ねて、政府関連の要人や他国の魔法学校の教師がよく足を運んでくる。だから大森さんはそうしてやってきた人たちを案内するのが仕事なのだという。
それからあの恐ろしい白衣の女。名前は田原真紀。彼女はこの学校の副校長で、外見からすると、白人と日本人のハーフのような出で立ちをしていたが、そうでもないらしい。
そういえば、登校初日の全校集会でも校長の右隣にいた気もするが、あの時はもっとポーカーフェイスで、この前とは違う意味で近づき難いオーラを放っていた。
いろいろと思惑を巡らせていると、二人の会話が止んだ。全員が前方を見つめる。と、両サイドのドアが開いた。
「着いたけど」
辰川に促され、車から一歩足を踏み出した。
車の前には森が広がっていた。それも、不気味で、薄暗くて、近づくことすら拒絶したくなる闇の森。
俺は目を見開いた。言い知れぬ恐怖に両腕が震える。これからここに入るのだろうか。入る前から体が固まって動かない。やっぱり、無理にでも部屋にいればよかった。
「大丈夫だよ。ちゃんと帰ってこれるから」
そう言った清水も、どこか不安げで声が上ずっているように聞こえる。
雰囲気に呑まれ、今にも逃げ出したい俺たちとは対照的に、大森さんはテンションが上がっているようだった。明るい調子で今回の課題について説明している。
「・・・だからぁ、君たちには森の奥まで行ってぇ、長老様が怒ってる理由を調べてきてほしいんだぁよ。できればぁ、怒りを鎮めてくれると助かるねぇ」
・・・ちっ
辰川が舌打ちした。近くにいた俺でも聞きとるのがやっとだったのに、大森さんにはしっかりと気付いていた。辰川を見据え、弁解口調になる。
「僕だって、この処罰に納得はしてなぁいよ。でも、君たちなら安全だぁって思ったからこの課題になったのは間違いなぁいね。君たち帰るまで待ってる。約束するぅよ」
それから一言付け足した。
「もし二日経って帰ってこなかったぁら、先生たち呼びに行くよぉ。それも嘘じゃないってぇ」
その言葉を聞いて決心したのか、辰川は身をひるがえし、俺と清水の腕をつかんだ。
「行こう。早く終わらせて早く帰ってくる。結局、それしかないんじゃない」
怒ってる。というより何か我慢しているように思う。
強がっちゃって。俺は心の中で笑った。どいつもこいつも子供ばっかりだ。
進みかけた矢先、清水が辰川の手を離した。
「おい。啓は行かないのか?」
慌てて俺は清水を呼び戻そうとする。
「ううん、違うよ。僕はちょっと森の声を聞いてから二人を追いかけるから、先に行っててよ」
清水がウィンクする。言ってる意味が分からなかったが、辰川が足を止めないのだから大丈夫なんだろう。
大森さんと清水の二人に見送られ、俺たちは森の奥へと入っていった。