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Magic Number  作者: 椿 英雄
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第3話:出会い

 次に目覚めたとき、そこは知らない部屋のベッドの上だった。

 どこだろう。木の枝が複雑に絡み合ってできた壁。継ぎ目がなく、一枚の板で作られたかのような床。椅子とテーブル、本棚とベッドが置かれているだけのシンプルな部屋だった。本棚の中は、二段目の棚にだけ大量の分厚い本が詰め込まれていた。あれがすべて教科書なんだとしたら今すぐ退学したいと思える量だ。

 本の内容を確かめるためにベッドから立ち上がる。本を読もうとページをめくったそのとき、ドアをノックする音が聞こえた。音がした方向へ振り返る。ちょうど俺がいる位置の反対側から女の顔が覗いている。

「起きた?」

 少しすねた顔が俺を見ていた。気まずい。とりあえずあいさつをしてみる。「おはよう」

「おはよう、だけどもうすぐ昼よ」

 俺が投げた会話の糸口は彼女のそっけない一言で見事に打ち返され、会話は終了してしまった。

 言葉を探して押し黙っていると、彼女はため息をついた。

「ごめん。あたし、こういうの慣れてないんだ。着替え持ってきたから、着替えたら出てきてね。じゃっ、部屋の外で待ってる」

 服をベッドに放って寄越すとドアを閉めてしまった。

 どうやら制服のようだった。深緑色のブレザーに茶色のズボン、赤いネクタイと部屋と同様自然を感じさせるデザインだった。ここの校長はよっぽど自然が好きか、変人なんだろう。

 校長は定年を迎えるまで同じ学校に勤め続ける。校長や社長、大統領といった人の上に立つ職業にはなかなか適合者がなく、人材不足だからだ。そのため、校長が変わるたびに制服から校舎まで全てをリニューアルする学校がほとんどで、それが校長の初仕事であり、一つの大きなセレモニーともなってきた。学校のすべてが校長の人柄を表していると言ってもよかった。だから部屋一つ見ただけでその人の人柄がよく分かった。

 ワイシャツのボタンを第二まで閉め、ネクタイはポケットにしまう。ブレザーの袖に腕を通して大急ぎで部屋を出た。 そこは吹き抜けのショッピングモールのようだった。上も下もたくさんの部屋が並んでいて、またさらに奥へと通路が繋がっているようだった。広間の中心には大きな水晶が浮かび、たくさんの顔がその日の予定や業務連絡をせわしなく繰り返していた。円盤型の無数の白い物体が旋回しながら上へ下へと人々を運ぶ。それぞれの距離は等間隔に保たれていて、スキー場のリフトを思わせた。だがその物体は太いロープで吊るされているわけではなかった。文字通り飛んでいるのだ。これが魔法なんだと改めて実感をする。すごい世界に足を踏み入れてしまったようだ。

「ネクタイ、ちゃんと締めてね」

 少女は廊下の淵に立っていた。

「辰川香。私の名前、覚えておいて」

 そう言った彼女の服装は異様だった。もうすぐ夏だというのに、ニット帽を頭にかぶり、マフラーをしていた。しかも首にではない。肩からひざにかけて数え切れないほどのマフラーが彼女を覆っていた。隙間から自分と同じ色の制服が見えたが、やはり全体の八割をマフラーが占めていた。すごく暑そうな格好をしているのに、汗一つ掻いていない。

「俺は戸田一樹だ。よろしく」

 気を取り直しズボンで右手を拭き、握手を求める。

「次のに乗るから来て」

「あっ、うん」

 無視かよ。そのままそっぽを向いてしまった。感じ悪いな。

 少女の隣まで歩く。そこから覗いてみると、この部屋はビルの十階ほどの高さにあることが分かった。普通なら目眩がする高さだ。ごくりと唾を飲む。

「落ちたら死ぬわよ」

 気持ちを見透かされたようで少し恥ずかしくなった。

「まぁ落ちるなんてあり得ないけど」

 彼女は髪を耳元まで掻き揚げ、探し物をするように視線をさまよわせている。

「せーので乗るわよ」

「えっ?」

「せぇの!!」

「うわぁぁぁ!?」

 腕を引っ張られ、手すりも壁もない三百六十度絶壁の上に立たされた。魔法とはいえ、こんな危なっかしい乗り物に乗るのは嫌だ。ひたすら上を向いて手を強く握りしめていなければ、がたがたと震えてしまいそうだった。 彼女は目を反らしていたが、笑いをこらえてることはひと目で分かった。

 俺たちを乗せたリフトはゆっくりと降下していく。さすがに4階ぐらいの高さになると気分が落ち着き、先ほど言われた通りにネクタイをきっちりと締める。

「行こう」

 一番下の階には人だかりが出てきた。辰川は先に人混みの中に飛び込むと、また俺の腕を掴んで引きずり降ろした。生徒の波を掻き分け進んだ先は体育館だった。もしかしたらグラウンドなのかもしれない。そこは丸いドーム型になっていて、12の扉と繋がっていた。そこから年齢も様々な子供たちが部屋になだれ込み、一つの列を作っていた。

 だけどここは室内なのに樹木が植えられていた。天井には青い空が広がり、遠くには富士山だって見える。それが写真じゃない証拠に、風が吹いては、木々が枝を揺らしダンスを踊っていた。

 でも近くで見るとやっぱり風景は壁でしかないのだ。どこまでも不思議な学校だった。

 彼女に引っ張られて、いくつかでき始めていた列の一つに近づき、最後尾に回った。人にしわくちゃにされながらようやくのことで列に並ぶと、辰川は、

「私たちはここだから」

と言って前を向いてしまった。

 やがて生徒がすべて収容され、それぞれの位置に収まったころ、全ての扉が一斉に閉じられ、前方から20代そこそこの男が現れた。しかも、何もない空中から突然にだ。

 それをきっかけに、その男を中心にして数十人の男女が同じようにして現れ、空中で佇んでいた。大勢に囲まれているようで落ち着かなかった。

「やぁ、生徒諸君、おはよう」

 最初に出てきた若い男が話していた。すごく遠いのに、マイクを使うよりも近くに声が聞こえた。

「やっと出張から帰ってこれたよ。二ヶ月ちょっとかな?僕の顔は忘れてないよね?みんな元気そうで何よりだ。ところで今日みんなを呼んだのは・・・」

 先生にしては親しげで、口元もとてつもなくゆるい。なんていうか・・・軽い。

 男が笑うと邪気がなく、つられて笑ってしまいそうになる不思議な魔力があった。

「あれが校長だよ」

 隣の列の一番後ろに並んでいた男の子が俺に向かって話しかけていた。黒髪の短髪で、めがね。口を閉じて笑う独特の表情がかわいい。目がたれ目なのと、身長が俺の肩ほどしかないことも相まって、女子なら抱きしめること間違いなしの風貌をしていた。

「へぇ」

 唐突だったので気のない返事をしてしまう。

「どうしたの。そんなに緊張しなくてもいいよ。僕は清水啓太。君と同じ学年になるはずだよ。よろしくね」

 話し方まで子供だ。というかこれで同い年なのか。

「えっと、名前は?」

 黙っている俺に少し戸惑い気味に聞く。

「戸田一樹よ」

 辰川が話に割り込んできた。

「啓。朝礼中ぐらい静かにしなさいよ」

「なんだよ。同じ落ちこぼれのくせに。俺たちがいくら騒ごうが先生たちの評価は変わらないだぞ」

「違うわよ。こんな面倒押し付けられていらいらしてるの。ただでさえ私のリリィがいなくなったていうのに、これ以上私にトラブルを持ってくるのやめてほしいの」

 リリィのくだりのあたりから辰川は不安げに髪を指でとかしていた。

「そう言わないでさ。せっかく仲間が増えたんだから歓迎しようよ」

 せがむような調子で清水が答える。遠くから見ると、家族で出かけるのを嫌がる姉を必死で説得する弟のようだ。そんな清水に辰川がきつい言葉を浴びせた。

「いくら落ちこぼれが増えたってそれこそ評価されやしないわよ。あたしは、こんなやつ私はごめんよ」

 そう吐き捨てるとふんっとそっぽを向き、それきり黙ってしまった。

「おい、お前!!」

 辰川に言い返そうとしたが、清水が必死に俺の肩を掴んで制止する。

「本当にごめん。悪気はないんだ。辰っちゃんはいつもあんな感じで、いらいらしてるだけだから、別に戸田君とのことが嫌いってわけじゃないんだよ」

 あんまり必死だったから言い返すのはやめにした。清水の頭を撫でてもう怒っていないことを伝える。

「それにしても、なんで転入してきたばっかりの俺が辰川に落ちこぼれ呼ばわりされなきゃならないんだ」

「えっとそれは・・・」

 また申し訳なさそうに清水はうつむく。何か理由があるのだろうか。

「俺なら全然気にしないからさ、教えてくれよ」

 笑顔で答えを促す。清水は今度は悪いことをしたのがばれた子供のような目で俺を見つめてくる。俺の真意を図っているようだった。やがてゆっくりと話し始めた。

「僕たちの並びはね、成績順になってるんだ。一番前の子が一番頭がよくて、一番後ろの子が一番頭が悪い。それは分かるよね」

 当たり前だった。どこの学校も並びは成績順だ。元俺の学校でもそうだった。

「でもそれじゃ」

 反論しようとした俺の話を遮って清水が話を進める。

「それじゃ、戸田君が落ちこぼれって言われる理由にはならない。だって戸田くんは転入したばっかだもんね。この話には続きがあるんだ」

 一瞬、話の間が空く。

「実はね、今一番後ろに並んでいる人たちはみんな何年も前に転入してきた人たちなんだ。僕たちはどんなに頑張っても結局前に行くことはできなかったんだ。だから辰ちゃんは君のこと落ちこぼれって言ったの」

 最後の方はあまり耳に入らなかった。顔が引きつる。ここに来れば、新しい人生が開けると思っていたのに、ここでもやはり自分はすべての底辺から抜け出せずにいるのだ。スポーツ選手や芸能人になりたいわけじゃない。ただ、自分は特別だという何かがほしかっただけなのに。「でもめちゃくちゃ努力したら」

 俺は食い下がった。

「努力の量云々の話じゃないわ」

 辰川が振り返らずに答える。

「私たちには足りないものがあるのよ」

 すごく悲しい響きだった。

「校長の話終わったわよ。次、職員室行くから」

 辰川は何事もなかったように話しかける。

「足りないものってなんだよ」

 どうしても知りたかった。辰川が、今度はしっかりと振り返り言った。

「それは、すぐに分かるわ」

 そう言うと扉の向こうに行ってしまった。

 くそっ。足りないものってなんだよ。焦りで体から汗が噴き出していた。こぶしに力が入る。

「ねぇ。ねぇ」

 清水が俺の袖を引っ張っていた。

「ついて行かなくていいの?」

「ああ!!待てよ、及川!!」

 声を張り上げ、辰川が消えた方へ走って追いかける。

「清水、ありがとうな!!」

「僕のことは啓って呼んで!!またね!!」

 清水が俺に手を振っていた。俺も笑顔で振り返す。

「おう!!それじゃまたな!!」

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