第2話:転入手続き
退学だと思っていた。それだけじゃない。研究材料として政府に引き渡されたり、精神病棟に入れられたりするかもしれない。指導室で待つ俺の前に現れたのは学校長と見知らぬ男が二人。
何かの施設にでも入れられるのだろうか。
もっと深刻な事態を予想していた俺は、三人から目を反らすことで気持ちを落ち着かせようとした。
校長の両脇に立つ二人は少なくともっここの教員ではなく、ぱっと見、大学生という感じだった。黒いジャケットと灰色がかったジーンズに身を包んでいた。格闘技でもやっていそうなほどがっちりした体付き。そうか、校長は僕がまた暴走したときのためにこの二人を連れてきたんだ。
そう思うと少し笑える。
校長の第一声はこうだった。
「高木先生に聞いたよ。君は教室で魔法を使った。そうだね?」
教室にいた誰もが信じられないという顔をしていたのに、校長はこの話を信じるのだろうか。俺は小さく頷く。
校長は俺が素直に答えたことに気をよくしたのだろう。校長は一気に用件を話し始めた。
「それでは君のために私ができることを教えよう。私はこの学校に君を置いておくことはできない。その代わり、君を魔法学校に編入させることにした」
声に出して驚いてしまった。魔法なんて言葉はおとぎ話の中でしか聞いたことがない。
「驚くのも無理はない」
黒ポロシャツの一人が口を開いた。いかにも体育会系といった感じで、日焼けした細面な顔につり上がった眉と鋭い目が印象的だった。
「魔法学校っていうのは表向きには一切公表されていない。知っているのは学校長のように身近な人間が魔法を使ったとき、それを管理し、俺たちに知らせる義務があるやつだけだ」
その上から見ているような態度が気に入らない。人を物みたいに言ってむかつく。
「この学校には本当に残れないんですか?」
転校するだけだ。そう思いつつも少し寂しくなってきた。ダメなことは分かっているが一応聞いてみる。
「それはできないよ」
黒ポロシャツの片割れがここにきて初めて口を開いた。その表情からは知性とやさしさが見え隠れしている。
「君をここに置いておけば周りを危険に晒すかもしれない。何よりもここはサラリーマンになるための学校であって、魔法使いになるための学校じゃないだろう?」
「・・・。」
理屈は通っていてもこんな中途半端な時期に転校などしたくなかった。高校まではどこも同じような授業をするはずだから、俺が気をつけてさえいればなんとかなるのではないか。もうここには居場所がないと知っていても、少なくとも高校卒業までは家族と過ごしたいと思った。吉春という親友だっているのだ。
俺らの未来は政府が管理している。だからたぶん俺の意思とは関係なく編入手続きは終わっているわけで、抵抗も無駄だと分かっていた。
気づけば校長はいなくなっていた。そうか、そんなに俺が怖いのか。目を閉じ、ため息をついた。
「別にいいんじゃねぇの」
校長がいなくなったからか、かったるそうに男が言った。
「どうせお前に関わった人間はみんな記憶を消されちまうんだ。悲しむのはお前だけ。何も問題ないじゃないか」
一瞬の沈黙。
「それってどういう意味だよ」
驚いた。俺の顔が恐怖と怒りで歪んでいく。
「どういう意味だって聞いてるんだよ!!」
身を乗り出して問いかける。挑戦的な瞳が見返してきた。
「お前と過ごした記憶ってやつをお前のお友達から消すって言ってんだよ」
意地悪な笑みを浮かべる。
「そんな!!そんなこと許されるわけないだろ!!」
俺は叫んでいた。知らず知らずのうちに握りしめていたテスト用紙を広げていた。さっきと同じことをすれば、逃げられるかもしれない。紙に手をかけ、思い切り破ろうとした。
「やめろぉ!!」
大きな衝撃と共に体が宙を浮いた。受身が取れず、壁に頭を強く打ち付けてしまった。大人しく聞いていた方の男が手をかざしていた。ちくしょう。やっぱこいつらも魔法使えたのかよ。
魔法を使った男が俺を挑発した男を怒鳴りつけていた。
「おい!なんであんなことを言ったんだ。この子を刺激するだけだろう」
男は悪びれもせず言った。
「ああ、だってよ。めちゃくちゃ退屈だったんだよ」
男がつかつかと歩み寄ってくる。
「とりあえずおやすみってことだな」
みぞおちに激痛が走る。遠のく意識の中で最後に聞いた言葉だった。