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マゾサド

 “悪い男”に惹かれてしまうという困った性質の女性がこの世にはいる。

 自ら進んで悪い男に近寄って、そして辛い目に遭っているのに、何故か同じ過ちを何度も繰り返してしまう、というような。

 一見するとそういった女性達の性質は謎に思えるかもしれない。けれど、進化心理学という分野でならば実は説明は可能だ。

 どんな状況でも“優れた方略”という訳ではないのだけど、ある場合においては“狂暴”や“卑怯”といった方略は、生き残る上で有効な場合がある。

 例えば、戦乱の世の中を思い浮かべてもらえば分かり易いかもしれない。優しい人間や正直者は、そういった世の中では生き残り難い。

 もちろん、反対に協力し合う方が生き残り易い場合もある。

 皆が協力し合っている中で、一人だけ乱暴で嘘つきなら、その一人は皆の協力によって叩きのめされてしまうだろう。

 ただ、それでも“悪い男”が有効な場合もある訳で、だからある種の女性達が、そういった男に惹かれてしまうというのも納得ができない訳ではない。

 そういった男を選ぶ事で、より多く自分の遺伝子を残そうとする女性達。

 ただ、仮にそれで生き残りに有利になるのだとしても、彼女達の多くは仕合せにはなれないだろう。

 きっと、その“悪い男”に泣かされ続ける人生を歩むんだ。

 頭がどんなに良くても、そういった性質の女性は自ら不幸になる道を選んでしまう。本当に困った性質だ。

 多分、こういったタイプではなくても、他にも困った性質を持つ難儀な女性というのはいるのだろうと思う。

 実は私の知り合いにも、一人、そんな困った性質を持った女性がいる。

 

 彼女の名は木原友美という。

 木原さんは七尾君というちょっと不思議系が入った童顔の男の子と付き合っている。七尾君はとても優しいとクラスでも評判で、少なからず女生徒の間で人気があって、だから、木原さんは女生徒達から羨まれている。

 実際、彼女はとても仕合せそうに七尾君とよく一緒にいる。それで「学校にいる時くらい隠せってんだ!」と、陰口ならぬ表口を叩かれたりもしている。

 しかし私はある日見てしまったのだった。

 

 ――痣?

 

 彼女の制服のブラウスの下に、まるで何かムチのようなもので叩かれたような赤い痣が見えた。

 彼女の席は窓際にある。風がカーテンをふわりと持ち上げ、それで入って来た陽の光が彼女を照らしたその刹那、光によって透けたブラウスのその先に、私はその赤い痣を目にしたのだ。

 それは再びカーテンが降りて来ると、直ぐに見えなくなった。

 私はそれに驚き、少し固まってしまった。その私の様子には彼女は気が付かなかったようで、表情に変化はない。

 私は単なる見間違いか、或いはもし本当に痣ができていたのだとしても、偶然に何かで傷ついてしまったのだろうと考えた。

 もっとも、一瞬見えたその痣が私の印象通りであったのなら、偶然にできるような痣には思えなかったのだけど。

 巧妙に服の上からでは見えない位置にできていたような気もするし。

 児童虐待を行う親が、普段は見えない場所を殴ったりするという話を私は思い出した。

 そして、七尾君を連想したのだ。

 木原友美は七尾君と付き合っている。とても優しいと評判の彼だけど、その本性はとても残酷で虐めを楽しむような“悪い男”であったとしたらどうだろう?

 木原さんは本当は彼に支配されている。彼が怖くて逆らえず、そしてすっかり怯えた彼女は誰にも助けを求められないでいる……

 

 そんな想像をしたところで、不意に木原さんが席を立った。

 軽く駆けて行くように教室の外を目指す。その先には、七尾君の姿があった。彼は木原さんを見て笑っていた。優しそうな笑顔に見える。

 が、悪い想像をしてしまった私の目には、それはなんだか不気味に感じられた。

 それから木原さんと七尾君は、仲睦まじい様子で教室の外へ出て行った。恋人同士の営み。きっとうそうなのだろう。

 しかし私は先ほどの悪い想像を払拭できなかった。

 それで、いけない、いけないと思いつつも、つい彼女達をつけてしまったのだった。

 

 今は使っていない空き教室に彼女達は入っていった。

 私はこっそりと忍び寄る。二人の会話を聞こうと耳をそばだてた。誰もいない場所で残酷な本性を現した七尾君が、彼女を冷酷に支配しているシーンを思い浮かべて。

 ――ところが、教室の中からはこんな声が聞こえて来たのだった。

 

 「……友美ちゃん、もう止めようよ。僕は君の事を叩いたり縛ったりなんてしたくないんだ」

 

 え?

 と、驚いた私は、思わず教室の中を覗き込んだ。すると、七尾君が泣き出しそうな顔で木原さんをじっと見つめている。

 「だーめ。もっとわたしをいじめて」

 木原さんはそうそれに返した。

 とても、嬉しそうに。妖艶にすら思える微笑みをたたえて。

 

 つまり、こういう事だろう。

 優しくて誰かをいじめたりなんかしたくない七尾君に、木原さんは無理矢理自分をいじめさせているのだ。

 七尾君はそれを嫌がっているのに……

 泣きそうな顔を浮かべる七尾君を見て、木原さんは嬉しそうにしている。もしかしたら、優しさ故の七尾君のその反応が嬉しいのかもしれない、けど……

 

 これは果たしてマゾなのだろうか? それともサドなのだろうか?

 

 どちらにせよ、彼女がとても困った性質の厄介で難儀な女性である点は変わらないと私は思った。


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