花咲く夜に狙う時、重なる音。
暑い黄昏の時、開け放たれた、ベランダからは、冷えた熱を持った風が入ってくる。それは重さを持っている。真夏の日、夏祭りの時。花火大会の執り行われる日。
「ゲリラ豪雨だといいけれど、中止にでもなったら困るわ、日を変えるのなら、場も変えなきゃならないのよ、こっちは完了の後、支払いなのよね、ったく………非合法は、ケチ!」
広めのワンルームマンション、フローリング、ベットに一人用のテーブルに椅子が一つ。床に麻のカバーリングのビーズクッションが、無造作に置かれている。
ため息をつきつつアイフォンを取り出すと、雲の動きを確認している女。花火大会の開催もどうなるのか。調べる。肩までの黒いストレートの髪を気だるそうに、かきあげながら、すとんとビーズクッションに腰をおろす。
「…………、あるのかしらん?用意があるし、無ければ今日はオフになるから、飲むのだけどなぁ、コンビニに行っておつまみ仕入れてさ」
しばらくそれを、眺めていたが状況を読むと、中止にはならないらしいとふむ。目を細める、クスクスと笑う。スクロールして、何処かに連絡を送る。
「ありそうね、ならば着替えないと………ふふ、浴衣でいいか」
一度深く背に体重をかけると、その勢いでふありと、身軽に立ち上がる女。出掛ける準備をする為にバスルームへと向かった。
ゴロゴロと空が鳴く、どぅ、と暗雲が空を覆う、分厚く重なる。ガ!カ!バリバリ!空気を切り裂き、重く響く音がする。
ドゥ!ザッン!バタバタバタ、ザッ!ゴウゴウ、激しい音を立てて、雨と風が空から降りてきた。予報通りのゲリラ豪雨が、訪れた午後の時。
最寄り駅前にある無料駐車場、そこから会場の河川敷迄はこの日はシャトルバスが出ている。入り組んだビルの谷間の道を進めば、歩いて行けない距離ではない。
市民グランドと近くの体育館の駐車場が、有料でスペースにはなっている。見物客は、皆それぞれの方法で会場に向かう。
ムッとした雨上がりの夜。幾分大粒の粒子が漂っている。河川敷には、お決まりの屋台が、ずらと並んでいる。飲み物、食べ物、風船、ゲーム、香ばしい、甘い、すい香りが漂う場所。にぎやかに行き交う人々、笑顔で店を覗き、声をかけ真夏のショーが始まるまでの、楽しい時を過ごす。
………乾杯、冷えたピンクシャンパンをカチリと合わせる。シュワシュワとした細かい泡が涼しい。白いクロスの上には、美しく盛られたオードブルの皿、赤の蕾の薔薇がたわわに、バカラの花瓶に活けられている。
「浴衣で着てくれるとはね、嬉しいよ」
質の良いシャツにスラックスの男が、浴衣姿の女に笑顔を向けている。フフ、笑う女はご存知ないのですか?と、グラスを煽りながら聞く。
「今日は花火大会に合わせて、浴衣姿だとここのトップラウンジのカクテルが、一杯無料なのですわ、普通の服だと目立つので」
「あはは、確かに何処もかしこも浴衣姿ばかりだったな、車からそれを見て、ああ、花火大会か、と思い出したのだから」
そう、花火大会ですわ。冷えたグラスを空にする。白く動く首元が艶かしく動く。コトリと、それ置くと女はしゃなりと、立ち上がる。
「流石に高いと閉めてても、離れているここでも音が響いて来るものなのかしら?少し遅れている様ですけれど、雨がふりましたものね」
「ああ、上の階になれば、河川敷は一望だ。よく見える。何も暑い場で見なくてもいい、わからないね、そもそもそんな場で見ると言うことが、そうは思わないか?」
男が深々と座り、二杯目を自ら注ぎながら女に、掌を差し出した。では、と女は笑う。
「花火大会の夜は、それが見える部屋のホテルは数年後迄は予約取れない、値段も何もかも高値の花………勝ち組の象徴ですわね。コレを」
浴衣の袂から、可愛らしい縮緬の端切れに、包んだ物を手渡す。それを受け取ると、おい、と声を上げる男。L字型、三間続きのロイヤルスィート、入り口のドアの部屋から若い男が、ノートパソコンを手に入ってくる。
「では、確認させて頂きます」
主から手渡されたそれのデーターを確認する男。出てきたモノを見せる。目にドロリとした欲の色を出し目で読み込む主の男。やがて満足そうに頷くと、バルコニーに面する窓ガラスの前に少し離れて立ち、花火を眺めている女に声をかける
「よく持ってきくれたね。いつもの様にお見事、また頼むよ、これで相手を出し抜ける」
「金払いの良いクライアントの要件なら、何時でもどうぞ、お引き受け致しますわ、やはり少し遅れている様ですわね、まだ始まりません」
女はにこやかに話す。それに対して男は、君もそうか、女性は花火が好きなんだな、と笑いながら、配下の男に下がる様に声をかける。
「ええ、夏の風物詩ですもの、見るにこしたことはありませんわ、では、終わりましたので、失礼させて頂きます」
「約束でも?シャンパンはまだ残っている。ラウンジにでも行くの?」
「いえ、今日は混んでますし、それに、この後お客様が来られるのでしょうから、失礼致します。せっかくなのでタクシーでも拾って、子供に戻ろうかと、どうせ何処も混んでるのなら、花火大会の屋台でも覗いて帰りますわ」
どうしてわかった?と苦笑を浮かべて聞く男。無駄な時間の使い方はなさらないと、お聞きしてますから、とさらりと答えて、女は部屋を出た。
「ね、後で上で飲まない?終わった頃来るから」
「ん、いいね、こっちも終わったら行くよ」
入り口の部屋で、パソコンの作業をしている男とは顔見知りなのか、お互い気さくに話をすると廊下へと出る。そして、ムッとした熱気がこもっているような外へと出た。
………カリッと、スペアミントのキャンディをかじる。スゥと鼻に抜ける爽快感、口の中の甘さをまとった冷涼感を味わいながら、バルコニーに用意されていたテーブルセッティングを思い浮かべる女。
「何が暑い、よ、愛人とバルコニーで、飲む段取り完璧に整えてたじゃない、それにしても結婚って、夫婦って、何なのかしら?まっ、私はお金が貰えれば、それでいいけれど、ノープロブレム」
遮るものが無いビルの屋上、老舗ホテルより少しばかり高い建物の暗い屋上。行き交うヘッドライト、人の流れ、ざわめく喧騒が地上よりゾワゾワと上がってくる。青葉を色濃く繁らしている街路樹は、眠らない街に沿うて大きくなったのか、その一枚いちまいは、見下ろすに固くまとまり、何処か作り物の様な空気を放っている。
ドドーン、ドンドン、どーん!フィナーレに近づき音が重なり、光の華が重なるのを、自身の左手の目の端に、とらえる女。
空を見上げる、雲はない、仕方ないわね、と無造作に置かれた黒のバッグから、シガレットケースを取り出すと、一本取り出し火をつける。
ふう、と風を読むために、一息二息、紫煙を空に昇らせる。ふふ、遅れてくれてラッキー、準備万端ね、と行方を追うと、携帯灰皿にそれを片付ける。小さなミントのキャンディの入ったそれを袂から取り出し、もう一つ口に入れる。
スルリと、片方の浴衣の袖を肩までたくしあげる。足元が動きやすい様に、浴衣の裾を左右に開き、帯に、端を挟み込む。塗りの下駄をぬぎ素足になる。深紅のペディキュアがつややかに光る。
ペタペタと場所に向かい歩く。ゲリラ豪雨によって焼けこむコンクリートの熱は無い。そして指定の位置に、セッティングしてあるスコープを覗き照準を合わす。
カリカリっと口の中のを細かくし、ゴクン、その欠片を飲み込む。薄く嗤う女。夜目にも白い肩に、一度力を込める、フッそれを抜く。対して艶めかしく顕になっている足に力を込める。。
バンバンバン、ドンドン、ドドーン、ドンドン………クライマックスの連続打ち上げが始まった。太い音が重なりここまで届いている。丸い中心には、それを見上げて乾杯をしている男と女。
「調べたらわかる事ですよ。色々と違うのですから………、他に方法もあるのですから、別の方法にしません?」
「いいの、オーダー通りに、アレを。撃ち殺してしてちょうだい、女は自殺に見せかけて、痴情のもつれで花火大会の夜に、朝のワイドショーのネタになる様な、破廉恥な死に方をすればいいの。わたくしと別れる、何を、惚けたのか、遊びは良いと、許しているのに、名に泥を塗るのでしたら、中途半端はいけません事よ。ああ、、心配しなくても良いわ、わたくしのツテを使えば、どうとでもなりますのよ」
ク、くく、フフン、夫婦して金持ちは何を考えているのやら、奥様の怨みを買うとは、と今のクライアントとの会話を思い出し、女は少し愉快になりつつ息を止め、刹那、時を、音を重ねた。
ぱ、ん!サイレンサーで低音が消された音が、一人の屋上に響く。空に響く低音が、それを飲み込んでいる。視線を外しつつ身を沈めながら、確認をとる。悲鳴を上げる様子の若い女、『彼』が慌てて駆けつけた様子を。
「…………後は、彼の仕事。ああ、花火が綺麗ね、夏の風物詩」
低い体制のままで上を見上げる、袂からキャンディを入れているケースを弄り取り出す、一つ取り出し口に放り込む。甘さと、爽快感を味わう。そして女は仕事道具を手早く片付け、光に送られその場を去った。
誰もいない屋上の空、広がるは、ドンドン、ドドーン、ブルー、レッド、ホワイトの音と光のショー、それは華やかに、熱気を含んだ夜空を強く彩っていた。
「浴衣姿で着てくれるとはね、ありがと」
「着換えようとしたけれど、やっぱ目立つし、今日はね。それでお仕事は?上手くいったの?終わっんだ」
花火大会も終わっているのだが、幾分まだ人が多いホテルのラウンジで、無料のカクテルを注文した女。ラフな白いシャツ姿の男もそれに習う。
「心配ない。きれいに終わらして、ついでに辞めてきた。人使いあらいしね、夜勤当直ばかりだし。非正規雇用だったからね、別口から声がかかった。島に行くんだ」
「島?まさかの海外勤務?」
「とりあえず、国内、島勤務、短期だけどね。どこの島かは、連絡入れるよ」
カリッと、出されたナッツをかじる男。そろそろここ、閉店になるな、と携帯を取り出し時間を確認する。それに対して軽く頷くバーテン。どうぞと、二人にグラスを差し出す、冷えたそれを手に取る。
「じゃ、とりあえず乾杯」
「ええ、乾杯」
カチリと、グラスを合わせる。くっと飲む二人。
「君は?そろそろ変わらないの?思えば腐れ縁だよなぁ、一緒の教室で、隣になったのが運のつき、何やかんやで絡んでるよなぁ、俺たち」
「わたし?とりあえずしばらくはここかしら、ほんとにねぇ、あなた血を目にしたらひっくり返る、実習では貧血起こすし、大変な野郎だと思ったわよ」
しみじみと昔話をする二人にバーテンが、医学部か何処かなのですか?、と会話に興味を持ち話しかけてきた。他者に聞かれても心配の無いように、話を繰り広げている二人。
「うん、まあ、そんなところ」
「ええ、解剖とか、人体と命について、懸命に、学んだのよね、フフフ」
クスクスと笑いながら、他愛のない話をその後もしていたが、やがて時間も遅いしそろそろここも閉店だし帰ろうか、と、男は言った。
「来年は、お互いオフにして花火大会見よう」
「えー?そんなできない約束は、しないほうがいいわよ、お互いそれこそ、何処にいるのかわからないし、じゃ帰りましょう、またね」
と女は、笑顔で話してくる男に、あっけらからんと応えた。そして席を立ち、店を後にした。
地球環境の変化なのか、早朝にも関わらず強い日差しが、ベランダの窓から差込んで来ている。蝉しぐれがシャンシャンと流れている。
「暑!都会って砂漠化してるんじゃないかしら、もう、朝から厳しいわよ!」
素肌の上にメンズのシャツを、旅部屋着代わりに、ラフに着ている女。ペタペタと素足で冷蔵庫とシンクを行き来し、朝食の用意をしている。スクランブルエッグにベーコン、トマトにレタス、それにオレンジジュース。
ワンプレートにそれをよそうと、野菜にドレッシングをさっとかけ、トレーにグラスと共に載せて、ビーズクッションの側の床に置く。
とす、とそこに腰を下ろす、クッションの近くに置いていたアイフォンを手にする。今朝の主なニュースをググる。
オレンジジュースを一口、果汁100%、微かに苦味が混じっている。添えたフォークで卵をすくうと、一口食む。
「あ、あいつきれいに片付けちゃって、ふーん、上手くいったか………コレって、別料金、絶対に取ってるわよね!こうも上手くいかないでしょ!もう!社長!ボスちん!私らに、ボーナス出してくれって言いたい!」
目当てのニュースを見つけた女。文句を言いつつ、少し焦げたベーコンを、口に運ぶ。表示されたそれを目で読んでいく。
………不動産会社社長が、自身の持ち物である、有名老舗ホテルにて、若い女性に撃たれて死亡、犯人と見られる女性は、バスルームで手首を切って死亡。花火大会の夜、高級ホテルの、ロイヤルスィートでの事件、連絡の取れない夫を、心配した妻が社員と共に、探してここにたどり着き、そして変わり果てた姿を発見。
「ふーん、しばらくは、ワイドショーのネタになりそう、奥様、ふふ、悲劇の未亡人演じきるのかしら?外見は、善良が形取ったらこんなご婦人、てなお姿したらしたけど」
まっ、私には関係無いか、とそれを閉じる。食事をそそくさと終える女。食器を片付け、出勤の為の準備を整える。
髪をシニョンに軽くまとめる、ナチュラルメイク、眼鏡をかける。白の半袖カッター、膝丈の紺地のスカート、ありふれたバッグに、アイフォンを拾い入れる。玄関に向かう。ベージュのストッキング、黒のローヒールの靴を履く。
ガチャリとマンションの扉を開け、外に出る。ちりん、ポケットから、鈴のキーホルダーがついた鍵をとりだすと、ガチャリとかける。
「さて、合法的なお仕事に行きますか。それにしても、世の中金次第なのかしらねえ、あくせく働くのが、バカらしくなっちゃう」
シャンシャンとないている蝉、抜けるような青の空には、白い光が混ざり夏本番を表している。それを目にすると、ふと昨日の来年の話をおもいだした。
何処に行ったのやら、もう出発しているのか、まだこの街にいるのかは知らないけれど、と思いつつ、別れた時の笑顔が浮かぶ。
「そのうち連絡あるからいっか、無いのは元気でやっている証拠だしね、何かあったら、骨は拾いあう約束してるし」
一人つぶやく。そして、コツコツとねずみ色のコンクリートに、足音を立てながら進む。女の、普通の一日が始まる。
完
カタユデタマゴですよ。なんちゃってですけどね。お読み頂きありがとうございました。