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カフェモカぐらい知っています

 毎度毎度のことだが、大須おおすに来るといつでも、アニメから出てきたような格好の人間がうろついている。そんな彼らを、物珍しそうにキティは見ている。

 コスプレイヤーがいる上、ここは、外国からの観光客も多いから、純然じゅんぜんたる北アイルランド人であるキティもそんなには目立たなかった。


 カフェでしばらく休憩した後、鈴木と綿貫が先導になって、珍妙な服ばかりが売ってある店に行ったのだが、キティはそこで俺に話しかけてきて、

「先ほどのカフェでのことなんですが、変な人がいたんです」

 と言った。

「ここじゃ珍しくない」

 コスプレイヤーたちを変な人と言うには気が引けるが。

「えっと、そうかもしれませんが、そういう『変』とはまた違った異質さなんです」

 キティ曰く、そのカフェにいた御仁というのは、中学生くらいの男子で、コーヒーを注文していたらしいのだが、そのコーヒーに砂糖を入れた上に、板チョコを一枚入れたらしい。

 話を聞いて特別変だと思うところはない。

「何かおかしなところがあったか?強いて言えばこのくそ暑いのに、ホットコーヒーを頼んでいるのが変といえば変だが」

「私、ホットっていいましたっけ?」

「じゃなきゃチョコレートは溶けないだろう」

「そうですね。……ではなくて、おかしいのはそこじゃありません。板チョコ一枚ですよ!なんでそんなことを」

「そういう飲み物もあるじゃないか」

「カフェモカを作りたかったって言いたいんでしょう。そのくらいは知っていますよ。ならばどうして最初から注文しなかったのでしょうか。メニューにはちゃんと載っていました」

 俺はようやくその男子の行動の不可解な点に気づいた。

 キティが疑問に思ったのは、要はなんでそんな面倒なことをする必要があったのか、ということだ。

「可能性を考えてみるか。

 一つ、コーヒーの味を整えたかったから。だがカフェモカを最初に注文しなかったのはなぜかという疑問が残る」

「それに、それなら、添えられていたミルクも入れることもできたと思いますよ」

「なるほどな。じゃあ二つ、早急にチョコレートを消費する必要があったから」

「それは、もったいないかもしれませんけど、捨てればよかったのでは。一枚丸ごとコーヒーに入れるなんておいしくないと思うんですが」

「うーん、そうなんだろうか。……じゃあ、三つ、店のカフェモカが好きで、味の再現がしたかったから」

「でしたら、飲み比べするために、カフェモカを横に置くと思います。彼は一杯しか飲んでいなかったですよ。パフェはテーブルに置いてありましたけど。それに、いきなり一枚を入れるのは変です。普通少しずつ入れると思います」

 理由なんてすぐに思いつくと思ったんだが、意外に手ごわい。その中学生が単に変わっていたというのでもいい気がするが、多分キティは納得しないだろうな。

 俺たちがそんな話をしているのに気付いた、雄大、鈴木、綿貫がこちらに来た。どういう話か彼らに話してみたのだが、誰も納得のいく答えをだせない。

 その中学生が少しおかしかったのではという結論になりかかったときに、キティが小さく声を上げた。

「あっ、彼ですよ」

 見ると、確かに中学生らしき、男子がいて、そのとなりには同じ年頃の女子がいた。一緒になって服を見ている。ませたやつらだ。

「美山、今、リア充爆発しろ、とか思ったでしょ」

 鈴木にあたらずといえどとおからずであることを言われてしまう。

「誰が、中学生に嫉妬しっとするかよ」

「ふーん」

 それはそれとして。

 その男子が女子と一緒であったのならば何となく理由も分かる気がした。

「キティ、多分一つ目の可能性だ」

「えっと、コーヒーの味を整えたかったから、ですか?カフェモカを頼まなかった理由は?」

「あの男子はデート中だろ。それも多分一回目か、二回目くらいの」

「どうしてわかるんですか?」

「あんなぎこちないカップルがいるかよ」

 その男子は、女子と少し手がぶつかっただけで顔が真っ赤っかになっている。

「うーん。そうとして、それでもよく理由がわかりません」

「言うなれば、格好つけだよ。女子がいる手前、甘いものしか飲めないと思われるのは恥ずかしいから、ブラックコーヒーを頼んでみた。でも予想外に苦くて飲めないから、砂糖を入れてみたんだが、それでも口に合わなくて、チョコを入れたって感じじゃないか。ミルクを入れなかったのは、味を整えたのがばれないようにするためだ」

 そういうと、キティも納得してくれたようだ。

「ふふっ、何となくわかりました。そういうの中二病っていうんですよね」

 よくご存じで。北アイルランドにもそういう概念はあるのだろうか?

 すると、鈴木がいやに、にやにやしているのに気が付いた。

「お前は何笑っているんだよ」

「だって、あんたがそれにすぐ気が付いたってことは、あんたにもそういう気持ちがあったってことでしょ。元中二病患者さん」

「まさか」

 馬鹿め、俺はそんな子供じみたことはしない。

 今でもコーヒーはミルクと砂糖をたっぷりと入れたものしか飲まないのだから。

 意中の女子が目の前にいようといなかろうと。


 ぷらりぷらりと商店街を歩き、大須観音おおすかんのんをお参りして(極めて形式的ではあったが)、帰途に就いた。


「ところで、日本にいる間はどこに泊まるの?」

 帰りの電車の中で、鈴木がキティに尋ねた。

「二か月だけですけど、アパートを借りることにしたんです」

「ジェームズも一緒なのか?」

 俺は上高地でキティの守護霊のごとく立ちまわっていた、ジェームズの姿を思い出しながら、尋ねる。

「ええ」

 ジェームズを知らないほかの三人はぽかんとしている。

 あれが一緒ならば、強盗も怖くて近づけんだろうな。そんなことを、ジェームズが誰なのかを三人に適当に説明しながら、ぼんやりと考えていると、

「せっかくですので、良かったら、うちに来ませんか」

 ということなので、部員全員お言葉に甘えて、キティの家にお邪魔することになった。

 

 キティは驚いたことに、鈴木と同じマンションの一室を日本での滞在先としていた。

 キティの家の玄関を入ると、さっそくジェームズが俺達を迎えた。かなりの威圧感いあつかんを放ちながら。キティと俺を除く、部員がひるんでいたのは言うまでもない。

 それから、三十分ほど、お茶を飲みながら、他愛もない話をして、解散した。


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