僕は彼女に会いたくない
僕は彼女に会いたくない。
ちなみに、ここでいう彼女とは同級生のとある女子を指す二人称表現であり、決して僕が付き合っているわけではない(絶賛彼女募集中である)。
とりあえず、僕が彼女と会いたくないと思っているその理由を話そうと思う。
「あ、おはよー!」
……会ってしまった。それと同時にテロンと軽快な音がする(脳内のみに)。
次いで目の前にある数字(周りの人には見えていない)が1つ大きくなる。
だいたい1年前。突如現れた症状だった。病院にも行ったが、全くの原因不明。というか、親も医者も若干「何言ってんのコイツ」みたいな感じだった。
まあ、そうだろう。だって「特定の女子と出会うと幻聴と幻覚がする」だなんて、まともな発言ではないだろう。
まあ、それだけであればまだ耐えられた。まだ、会うのを嫌だと思わなかったろう。
会いたくない理由は、これだ。
毎晩、日付が変わると同時に「ぱんぱかぱーん」という何者かの軽すぎる声がして(案の定幻聴)、そしてその日何回出会ったか、累計何回出会ったか、それが告げられる。
そしてそのリザルトに応じてボーナスが与えられる。何故かこれだけ幻じゃない。
お菓子だったり、文房具だったり、なんかよくわからない人形だったり。
エロ本が来たときは即行で窓から投げ捨てた。……ちょっと中身を覗いてからでもよかったなあと後悔している。
次の朝には消えていたので、多分誰かが拾ったことだろう。
まあ、会うだけでなにか貰えるのだからいいことだろうと、最初の頃は喜んでいた。が、このシステムが曲者だった。
深夜0時、この時刻に起きていようがいまいが、問答無用でこのシステムが作動する。寝ていた場合、いくらぐっすり眠っていようが強制的に叩き起こされる。
これがせめて朝の6時に起こるものであれば、まだ目覚まし代わりに使えたのだが。
まあ、そういうわけでこの症状を鬱陶しく思っているのである。
ところで、ここ1年間過ごしてきていくつか気づいたことがある。
1つは、1日のうちで会った回数が多ければ多いほどボーナスも豪華になるが、ナレーションの声もやたらめったらハイテンションになる。
寝ようとしている身からすれば、たまったものじゃない。
そして2つ目は、1日のうちに1回も会わなければこのシステムが作動しないのだ。まさに救済措置。
だから、僕は彼女に会いたくない。会ったとしても、極力回数を抑えたい。
そうだ。気づいたことが他にもある。
数字が大きくなる。すなわち会ったという判定が起こるのか否かには、ある程度の基準があるらしかった。
例えば学校に向かう途中で僕が彼女を追い越した、あるいはその逆が起こったとき。これは会ったことにはならないらしい。
では、彼女が僕を見つけ、意図的に僕に近づいてきた。少し意外だったがこの時点では会ったに入らない。僕が彼女に気づいていても。
ちなみに僕が彼女に近づくことはまずないので、逆パターンについては検証していない(する気も起きない)。
じゃあどこがあったのラインなのかというと、言葉を交わした時点だというのが今の見解だ。ちなみにこれについては一方的な挨拶でも可。
そのため「おはよう」のひとことでさえ僕は受け取ることが許されない。だから、毎日の登下校すらも高難易度に変わり果ててしまっている。特に登校。
僕が理想とする登校は、既にそれなりの人数がおり、かつ彼女がまだ来ていない教室まで、彼女と道で遭遇せずに辿り着くものだ。簡単そうに聞こえるが、なにぶん彼女の登校時刻は日々変わるため全く持って簡単ではない。むしろ運ゲーである。
まず、教室に既に人がいるかということがどういうことがというと、これは人数が多いほうがありがたい。7、8人ほどは欲しいところだ。
というのも、全体に向けた発言は会ったに含まれない。つまり、彼女が僕のことを意識せずにした発言(例えば朝に教室に入って一番目のおはよう)のんかは判定に入らない。
だから、下手に僕に意識へ向かないように、人は多いに越したことはない。
また、彼女よりも先に登校する理由もこれで、僕が教室に入って「おはよう」と言うのは問題ないのだが、それに彼女が「おはよう」と返答してしまうとあったことになってしまう。
また、僕と彼女が遭遇しないことも大切だ。万が一登校途中なんかで彼女と遭遇してしまうと、会ってしまう確率が一気に上がる。
僕が彼女よりも前にいた場合、こればっかりはもう回避のしようがない。知らぬ間に近づかれてしまい、声をかけられる。
僕が彼女よりも後ろにいた場合、僕は彼女に気づかれないように距離をとって後ろを歩き続けていればよい……と、そう上手い具合に問屋はおろさない。そうできない理由がある。
そう、僕は彼女よりも先に学校に到着しなければならない。
だから、僕は彼女を追い越さないといけない。
しかしこれは容易なことではない。なぜならほぼ確実に彼女に気づかれる。
だから、追い越す際は極力彼女から離れて追い越すのだが、まあ気づかれる。多少不自然なルート歩いてるわけでもあるし。
気づかれるのは百も承知。見つけた彼女は僕についてくるので、その前にあらかじめイヤホンを装備しておく。無論音楽なんかは流していない。話しかけるなと言いたいだけのフェイクである。
しかしまあ、ここまでやっても何故かついてくるのが彼女である。歩みを早めてみたり、敢えて遅めてみても、彼女はピッタリ横にくっついて動き、まるで僕がイヤホンを外して会話ができるようになるのを待っているかのように。
こうなってしまえばもう手はつけられない。どうあがいてもイヤホンを外したとたんに話しかけられる。
ちなみに、しゃべるな、みたいなジェスチャーで意思疎通を図るのも会ったの判定になる。強引に口を塞ぐのも。
また、再度会ったと判定されるためにもいくつかの条件があるようだった。ただ、これに関しては意識的に検証したりはしていないので、基準が未だ曖昧である。
というか「これで再度会ったことになるのか!?」あるいは「これは判定外なんだ」ということが曖昧なので、もしかしたら基準自体曖昧なのかもしれない。
ともかく、とにかくわかりにくいのが実際のところである。
とりあえずわかりきっているのが、一旦離れたりしない限り再度カウントされることはないということだ。偶然隣同士の席になったとき、朝一緒に登校して、授業中もしょっちゅう雑談して(先生に何度か怒られた)、そして2人別れるところまで一緒に帰る。昼食と共に摂って、と。とにかく一緒に動いたことがあった。その日のカウントは一回だった。
ただまあ、次の日には変な噂が立っていたので、1回に抑えられるからといって使うことは二度とないだろう(というかもう席が遠いから実践したくてもできない)。
また、授業に集中していた場合、その後の休み時間に話した場合カウントされる(隣の席同士でも)。
では、意識を彼女に向けておけばいいのかと、そう思って授業中彼女のことばかり考えてみたが、これはダメだった。
しかしこれでは会話のしなさすぎが原因なのか、互いの意識が互いに向き続けていないといけない(授業中に彼女が僕に意識を向けていなかったのが原因)なのかがわからない。会ったの判定に会話があることを考えれば前者とも考えられるが、ジェスチャーなどでも可のことを考えると、後者も考えられなくはない。
まあ、どちらにせよ、どれくらいの間その状態が続けば再カウント対象となるのかについてはわからない。
また、最近思い始めたことがある。女子怖い、と。
なんめも彼女が友人に対して相談をしていたようで、その内容こそ僕に避けられている気がするというもので、それを聞いた彼女の友人たちによってしばしば取り囲まれることがある。
2人や3人ならいいのだけれども、5人や6人、10人来たこともある。さすがに威圧感が凄い。
まあその上、意識的に避けていたのは事実だし、負い目はあるのでそのまま女子たちに連れていかれる。
このイベントが起こると確実にカウントが増える。できれば避けたいのだが、正直いつ起こるとか予測もできないため避けようがない。
「ちょっと、いいかな?」
自分の席で座りながら小説を読んでいると、ぞろぞろと何人もの女子が。
こんなふうに、ね?
まあ、そんなこんなが積み重なって、今日も今日とてカウントが入り、深夜0時が近づいていた。
幻覚が示している数字は4回。最近にしては割とあっている方だった。まあ、ひっくり返して言えば、最近は上手いこと避けられていたから彼女が友人に相談したのだろうが。
しかし4回か……。これはそれなりにけたたましい声(幻聴)が来そうだな。
さて、あともう少しで、
「ぱんぱかぱーん! 今日は4回ですね! これはボーナスになります!」
キラキラとしたエフェクトと共に何かが現れる。これがいつものパターン。
今日は箱っぽいものなんだな。キラキラが消えて、中の箱。なになに、コンドー……。
ガラガラ、窓を開けると、風が涼しくて気持ちいい。
「テメエ非リアに何の恨みがあるんだよ、使う相手いねえよクソがああああああ!」
箱を握り潰すくらいのつもりで持ち、大きく振りかぶって、窓の外をめがけて、
わかってる。ポイ捨てがダメなのはわかってる。でも、でもこんな気持ち、こんな状況、捨てずにやってやれ――。
「ぱんぱかぱかぱかぱかぱかぱーん!」
……今日はなんかナレーションしつこいな。2回目かよ。
おかげさまで捨て損ねたじゃないか。
「そして本日は累計1000回記念としまして、追加のプレゼントです!」
なんだなんだ? まだ何かあるのか?
間もなく相変わらずのキラキラしたエフェクトが現れる。なんか、今度のはやたらデカイな。
「……っと待って、何? けほっ、けほっ、何が起きてるの? けほっ」
おかしい、ナレーションじゃない、けれども聞き覚えのある声の幻聴が。あと、キラキラの中に見覚えのある幻覚が。
いや、まさかそんなわけないだろ。彼女がこんなところにいるはずが。
「ここどこなの……って、ええええええ!?」
「はああああああ!?」
幻聴でも、幻覚でもなかった。そこにはたしかに彼女が。
「てか、それ何持ってるの? それってもしかしてコン」
「だああああああっ! あ、えっとな、これにはちょっとした事情があってだな。うん」
どこからともなく聞こえてくるトン、トン、トン、という規則的なリズムを聞きながら心を落ち着かせ……られない。
いや、タイミングだろ。タイミング悪すぎだろ。なんていうタイミングで俺はコンドームなんてものを、
「ちょっと、こんな時間になんで大声出してるのよ。入るわよ」
一瞬思考回路が停止した。文字どおり頭の中が真っ白になったような感覚に襲われた。
ノブが回り、ドアが少し開きかけたときになって、やっと理解できた。母親だ。母親が入ってくる。
さて、今の状況、パジャマの彼女と僕、ついでにその手の中にはコンドームの箱。
なるほど、見られてはダメだ。
「ちょっと待ってええええええ!」
その後、僕の制止などまあ意味もなく、入ってきた母親に彼女を見られてしまった。「女の子を勝手に泊めるんじゃありません! 間違いが起こったらどうするの!」などとこっぴどく叱られた。ある意味間違いは起こっているのだが。
ちなみにコンドームは間一髪で捨てることに成功した。コンドームまで見つかっていたらどうなっていたことやら。
ちなみに彼女には事情を説明した後に家まで送り届けた。意外なことに幻覚や幻聴のことに納得してくれて、それどころかどこか安心しているようだった。
彼女を家まで送り届けると、彼女からは「次は声あげないから」などという意味深長な言葉を告げられた。
何やら軽く一悶着こそあったものの、彼女が無事に家の中に入ったことを見届けると、僕は家路を辿った。
家の鍵は閉まっていた。自室の窓は開いていたが2階にあるので入れなかった。インターホンも反応無し。
寒かった。
余談ではあるが、翌日以降、僕は更に彼女に会いたくなかった。気まずかったから。
なのに、どうしてか彼女は例のことがまるでなかったかのように、むしろ例のことがなにかのきっかけになったかのようにして、今までよりもアプローチが強引になった、頻度も多くなった。おかげさまで、1日で10回とか20回とか30回とかザラである。
なんか怖い。
「おはよう!」
彼女の声と、理由不明に繰り出されたハグと、それと同時に数字が1つ大きくなる。
さて、今日も安眠妨害されそうだ。