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真っ暗な地下に明かりが一つ。覇王の剣に埋め込まれた宝石が微光を放ち、うっすらと辺りを照らす。
俺は剣を掲げ鞘に手をかける。ただその鞘はあまりに短く、持ち手のサイズとのアンバランスさが酷い。
ゲームでは覇王の剣の詳しい描写はなかったのでこんな不恰好な姿であるとは予想していなかった。
鞘から剣を抜くとやはり刃渡りは短く、前世でのサバイバルナイフ程度の長さだ。約20cmといったところか?刃も普通の両刃でさしあたり目立った特長もない。
「本当に覇王の剣か?お前?」
剣に問いかけるも返事はない。
「・・・当たり前か」
何の変化も見せない剣を見つめること数分。飽きた俺は廃屋を出ることにする。
宝石の光が周囲を照らしてくれているので道に迷うことはなかった。
石造りの階段を昇り、今にも朽ち果てそうな扉を慎重に潜り辺りを見回す。
誰も見ていないことを確認して微光がいつの間にか止んだ剣を抱えるようにして歩き出した。
覇王の剣が手に入ったならばやることは一つしかない。
いわゆるゲームではおなじみのレベル上げというやつだ。原作ではいくら魔物と戦ってもレベル1であったが、覇王の剣で戦うことによってレベルを上げることが可能になるのだ。
王族であろうと戦士であろうとも覇王の剣がない限りは一生レベル1のままである。この世界でもそれは変わらないはず。であるならばこの剣を手にした俺は無敵に近いアイテムを手にしたこととなる。
またこの剣の能力は本人のレベルアップを助けるというだけでなく、それ以外のスキルも豊富だ。まあ今はボッチなので使えるスキルは限られてくるが。
しばらくスラムの通りを無言で歩く。目指すのは城壁の出口だ。そもそもこのセラント帝国の王都フロイラインには南門一つしか外部に出る場所はない。そしてスラムは門とは正反対の北にある。
であるので城外に出るとするならば南門から出ないといけないわけだが、一般人はスラムの俺たちを人間と思っていない者ばかりだ。
南門にたどり着くまでが難関であるし、たどり着いたとしても門番に捕まって牢にぶち込まれるか、虫けらのように殺されるかの二択だ。
しかしスラムの人間も城外に出なければ生きていけない。森の周辺に生えている野草を採取したり、ウサギなどの小動物を狩って肉を得なければならないのだ。外に出れないのはスラムの人間にとっては死活問題と言える。
そしてスラムの人間は考えた。’門から出ることが出来ないのであれば、門を作ればいいじゃないか’と。
幸いスラムは北の城壁に面している。数年かけてこつこつと城壁を砕いて補強をし、馬車が通れるほどの出入り口を作り上げたのだ。
お世辞にも広いとも言えない通りを無粋な視線を無視して歩いていると、次第にそれは姿は現す。
カーテンと言えばいいのか?大きな窓を隠すように薄汚れた布が城壁の一部を覆っているその姿はあまりにも不自然だろう。そしてその両脇には腰に剣を差した男共の一人が凄んだ様子で俺を睨んでくる。
「なんだ?マコト。また出たいのか?野草は昨日採っただろうに」
穏やかそうな男が俺に話しかけてきた。俺が入っているスラムグループの若衆であるキリントという男だ。
「ああ、キリント兄貴。実はファングの奴等に囲まれちゃって・・・仕方なくね」
俺の発言に一瞬眉を寄せたキリントは右手で目頭を揉み解した後、肩を竦めた。
「またファングのコソ泥どもか。こいつはお仕置きが必要だな」
「おい!キリント!!言ってくれるじゃ~ね~か。あん?!誰が誰にお仕置きするだ~!!」
キリントの発言に突っかかってくる男。先ほど俺を睨んできた奴だ。
どうやら俺の嘘が騒動の切欠になってしまいそうだ。
男の威圧にキリントは何吹く風といった余裕の表情で答える。
「おいおい、コソ泥にコソ泥と言って何が悪いんだ、ペクス?気に食わないんだったら今ここでやってやってもいいんだぜ。コソ泥さんよ?」
思わず腰の剣に手をかけるペクスと呼ばれた男。その挙動に反応することなく余裕の表情を崩さないキリント。両者の背後では数人の男が剣に手を掛け今にも踊りかかりそうだ。
両者は違うスラムグループに属しており、抗争が絶えない間柄だ。俺の属するグループはフィニートと呼ばれ、目の前の頭に血を上らせてた男はファングというグループに属している。
フィニートは頭目を筆頭に質実剛健な男達が多く、ファングは利益のために盗み殺しを厭わない男共だ。
スラムの利権は両者が独占しており、門の利権もお互いが譲らない為に両グループの若衆を門番として派遣しているのだ。
勿論、通行料は両者に払う必要があり、下っ端の俺からしたら馬鹿らしい話だが門先での諍いが絶えることはない。
俺はにらみ合った男共を避けるようにして門を潜る。通行料は門に入るときに必要であるので、俺を止めるものはいない。ただ騒動の切欠は俺なので多少の後ろめたさはある。後でキリントには謝っておこう。
城壁から出て暫く歩けば森はすぐそこだ。平民であろうと森の糧を得る必要があるので城壁は森に接して造られている。魔物の攻撃を受ける危険性はあるが、生きるためには仕方のないことなのだろう。
俺はすぐには森には入らず、外周に沿いながらゆっくりと歩く。なんにしても俺はまだレベル1だ。
外周の魔物が弱いと言っても俺はまだ14歳になったばかりの餓鬼なので、そいつらの攻撃を受けても致命傷になりかねない。
慎重になるのは致し方ないと思うことにした。
「・・・・!」
慎重に森を窺っていると、一匹のスライムが木の下でじっとしている。どうやら捕食したウサギを体内で溶かしているようだ。スライムは酸を吐き出して攻撃する魔物でなかなか厄介な奴だが、食事中は動かないため今が攻撃のチャンスだろう。
俺は周りにそいつ一匹だけであることを確認しながら歩み寄る。気づかれないようにすり足で一歩一歩足元を確認しながらだ。奴の背後はどちらなのかわからないが、あと5mという所に近づいても食事に夢中なのでどうやらこっちが背後で間違いなかったらしい。側の茂みに身を隠す。
透明な奴の体の中でウサギが徐々に溶かされながら暴れまわっている。皮膚がただれ自分の体が失われていく苦痛は如何程のものか?
自分も下手したらあのウサギのように…
皮膚が零れ落ちる自分を思わず想像してしまう。吐き気が喉元まで込み上げ、思わず吐き出してしまった。
「げっ!げ〜〜〜!?」
敵はすぐそこだ。気付かれたらまずいと言うに生理現象を耐えることは出来ない。
その匂いに気づいたのか?スライムが一瞬動きを止め辺りを窺う様子を見せる。中心がぷくっと盛り上がりその突起がクルクルと回るのだ。そこが奴の目だろう。
俺はとっさに茂みに身を屈める、土下座する様にだ。
「・・・・・」
「・・・・ごくっ」
俺の唾を飲む音がやけに大きく感じられた。気付かれただろうか?全身から汗が滴り落ちる。
どれだけ時間が経っただろうか?実際は一瞬だったかもしれないが、自分には何時間も経ったように感じられた。
再びスライムが獲物を咀嚼し始めたのだ。
「・・・・・・ふっ!!」
無意識に茂みから勢いよく飛び出し剣を抜き放つ。そして着地と同時に両手で剣を突き立てた。
ぴぎ~~~~~~!?
突然の衝撃に暴れ回るスライム。
「くっ!大人しくしろや!」
剣から逃れようとするスライムを更に柄への力を込めることで押さえ込む。すごい力だ。突き立った刃を中心に上下左右に逃げようとするが、逃がすわけには行かない。腰を落とし全身の体重を剣に掛けることで何とか耐える。
スライムが俺にまとわりついてくる。全身に鳥肌が立つ!
覇者の剣は刃渡り20cmと非常に短い。剣を押し付けた状態では自然と奴に身を寄せた格好となってしまうのだ。
顔と手足に生暖かいそれが包み込むようにして俺を溶かす。
「!?んんん〜〜!!!!」
あまりの苦痛に悲鳴とも雄叫びともわからない声が思わず漏れてしまった。
顔を覆われてしまっているので声が出ないんだ。
離れようと試みるも奴は俺を掴んで離さない。俺は観念し心を決める。どっちが先にくたばるか勝負だ!
更に体重をかける。
「ぴっ!ぴぎ〜〜〜〜〜!?」
俺も苦しいが奴だって!!
格闘すること数十秒。俺の手が疲労で痺れ、肌の感覚が無くなってきた頃、ようやくスライムの勢いが弱まってくる。暫くすると俺を包んでいた腕?が離れ、どろっと溶け出すように地面へと染み込んでいく。
地面へと完全に染み込んだ後も、俺は力を緩めることはしない。
こいつが死んだかなんて俺にはわからないのだから、念には念をだ。
「・・・死んだか?」
俺は剣から手を離しその場で尻餅をつく。もう一滴とも力は出てこないだろう。そんな疲労感と痛みだった。
そしてそれは一瞬のこと。
突然の異変に再び緊張感が駆け抜ける。
’レベルアップしました’
’レベルアップしました’
脳内に聴いたことのない女性の声が何度も響くのだった。