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アレクサンダーと思われる男が商店の看板娘を熱心に口説いている。
彼は平民に似つかわしくない容姿をしており、皆が羨むほどの美男だ。
その美男子に口説かれているのだから彼女も悪い気はしていないようで、気のない返事をしながらも意識は彼に向いている。彼女が股を開くのもそう遠くない未来に違いない。
俺は糞にまみれた路地裏からその様子を眺めていた。なぜ路地裏か?
視線を下に向け自分の姿を見る。ボロ切れのような薄汚れた服だ。足元は何も履いていない。
腕を見ると、こじんまりとした子供の手だった。
それと気づいたときにはスラムの路地裏で震えながら横たわっていた。いつの間にかスラムの孤児として存在していたのだ。
確かに死ぬ寸前の記憶はしっかりとある。だけど痛みとか苦しみとかは感じなかったので本当に自分が死んだのか定かではない。
ただ一つ言えることは死んだにせよなんにせよ、新しい人生をスタートしたということだ。
薄暗いスラムの路地から見える煌びやかな光、夢遊病のようにフラフラと路地から抜け出し大通りに出れば、スラムが嘘のような世界が広がっていた。身奇麗な服を着た人々が多く行き交い、王侯貴族が乗るような馬車が引っ切り無しに駆けている。
そして呆然と立ち尽くす俺に無遠慮に投げかけられる視線。彼らは俺を避けるようにして歩き、ある者は罵詈雑言を掛けて来る。
「おい餓鬼!さっさと失せろ!!」
「汚いわ~。匂うわね~~」
しばらく呆然と立ち尽くす俺に衝撃が駆け抜ける。背中からの足蹴りに抵抗出来ず面白いように転がる俺。自分の体が自分のものでないような不思議な感覚。足蹴りした男に視線を向けると。
「けっ!這いつくばって生きるこったな」
捨て台詞を投げて背を向ける男。周囲の人たちの視線もそう語っているに違いない。そう確信することが出来た。
(何なんだこの世界は!?)
混乱する俺はわけもわからずスラムに逃げ出した。そして逃げ出した先も生き難い場所だった。弱肉強食の世界。まさしくその言葉通りの世界がそこにある。
その日の糧を得るために盗みを働き、暴力に怯えながら夜を過ごす。身寄りも知り合いもいない子供の俺にはあまりにも厳しい世界。
そして荒れすさむスラム生活も1年が過ぎた頃には、住めば都とばかりに生きる自分がいた。
今日も食べ物を盗まないと、と大通りにこっそりと出た時だった。
「あいつ、アレクサンダーちゃいまっか?!」
正直俺はどこかの貧しい東欧かそこらの国のストリートチルドレンに転生したと思っていたのだ。まあよく考えれば馬車なんて貧しい国でもそうそう使ってないのだがそれはさておき、この時昔よく遊んだ’キングダムストーリー’の世界に異世界転生したことに気づく。
(この世界がキングダムストーリーだとすれば、目の前のあれは…)
まさしく原作開始である食堂の看板娘ストーリーに違いない。平民の中でも最下級のアレクサンダーが看板娘のメアリーを誑かしてひもとなり、新たなターゲットを落とす資金源にするという序盤のストーリーだったはずだ。
そうこうする内にメアリーの肩に手を回して食堂の奥に消えていくアレクサンダー。
ゲームの世界だとしても急展開だ。彼が凄腕なのかそれともメアリーが尻軽なのか。
なんにしてもこの世界が’キングダムストーリー’の世界であるならば、この糞みたいな生活から抜け出す最強の手が存在するのだ。
それはこのゲーム最大の魅力である’傭兵ストーリー’だ。ゲームを10回攻略することで得ることが出来る’覇王の剣’がそのストーリーの醍醐味であり、女を誑かすことがゲームのテーマだったはずが、それを得ることで傭兵物語へと早代わりする。
主人公の糞みたいな性格も嘘かのような早代わりをみせ、質実剛健なキャラへと変わるのだ。
俺はそうと気づいた時から自分の興奮を抑えることが出来なかった。
子供の時から憧れた’キングダムストーリー’アナザーの主人公になることが出来るのはたった一人、アレクサンダーでもない。
「…俺だ!!」
その日を生きることに精一杯だった俺は大通りから背を向け、スラムへと消えて行くのだった。