EP5:『スカルウォーカー』
目が覚めるとそこは布団の中ではなく、土の上だった。
体の上には小豆色のローブがかかっており、ぽかぽかと暖かかった。
木が覆っているので朝日は見えないが、木々の隙間からの光がヘキルの頭を覚醒させていく。
焚火は消化されており、ドラゴンの肉塊は昨日と同じく大量に残っていた。
「本当にこの世界に来ちゃったんだ」
「起きたか」
声の先をみると、ローブを脱いだラキが立っていた。
灰色のショートパンツに黒を基調とし赤い模様の入ったタンクトップに腰には刀やナイフの他に少し大きめのウエストポーチが括り付けられている。
ラキのローブは完全に身体を覆うものではないので、衣装は昨日も見ていたはずなのだが、中身はこうなっていたのだなと新鮮な気持ちで見つめる。
昨日いつの間にか寝落ちしたヘキルにラキはローブをかけてくれたらしい。
今のラキの衣装をみて風邪を引かせなかっただろうかと心配になる。
「おはよう」
「ああ、おはよう。朝食食うか?」
そういうとラキはヘキルにかけているローブの中に手を入れキュールの実を取り出した。
ただ、ヘキルが今、掛布団代わりにしているものから木の実が出てきたのだ。
それが手品のように何もない場所からものを取り出したように見えた。
試しにローブを叩いてみるが何も入っている感じはしない。
中身を覗いてみても普通の衣服と同じだった。
「どうかしたか?」
「いや、大したことじゃないんだけど、どこから出てきたんだろうかなっと思って」
ラキは、ウエストポーチの横に携帯していたナイフでキュールの実の皮を剥きながら聞いた。
昨日と同じく一瞬で剥き、ヘキルに渡すとヘキルの上にあるローブを手に取った。
「これはな特殊な魔力と一緒に編み込んだものでな。物理的許容範囲以上のものを収容できるんだ」
そういうとラキはローブを昨日のように羽織って、焚火の残りの横にある椅子を手に取った。
ラキはローブの中身を露出させるように片手でまくり上げて椅子を押し付けると椅子はローブの中に呑まれていく。
「こんなふうに普通持ち運び出来ないようなものも収納できる。無限に入るわけじゃないがな」
この機能はいわゆるアイテムボックスのようなものであろう。
ゲームではそのゲームの主人公が普通は持てないような量の道具を持っていたりする。
それはゲーマーなどの共通認識として道具はアイテムボックスの中に入り、持ち運んでいるというものという節がある。
これによりいろいろなことが可能になったりするだろう。
ラキは収納した椅子をローブの中から取り出し、ついでにキュールの実をもう一つ取り出しかじった。
そういえば5つある椅子を見て気づいたがゼノンたちの姿が見えない。
「ゼノンさんたちは?」
「ゼノンは少し前に発った。あいつ等の依頼内容は採集らしいから時間との勝負らしい。日が暮れると探せないからな」
昨日はゼノンとはかなり話した。
ゼノンはラキのことをよく知っており、オレストもランブロスも興味津々で聞いていた。
自分のすぐ横に置いてある弓矢を手に取り、昨日の会話の内容を思い出す。
ドラゴンとの鬼ごっこのせいで弓矢を作ってもらった後は眠気で記憶があいまいだ。
――――いい人だったな
「食ったら私たちも出るぞ」
そう言われて、ヘキルはキュールの実をほおばった。
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寝泊まった場所を後にして歩き出してから意外にもモンスターとの遭遇はあまりなかった。
元々しょっちゅう遭遇するようなものでもないのだろう。
この世界に来て程なく怪鳥やドラゴンを目撃したヘキルはかなり不運な方だったようだ。
これまで森の中を歩いていて遭遇したのは名称でいうならゴブリン数体とウルフ。
これらは全てラキが相手をし、追い払ったり場合によっては戦闘不能まで持ち込ませた。
ラキはヘキルに気を使ってか殺すことはなかった。
「コイツなら大丈夫そうじゃないか?」
「これなら」
ラキがコイツ呼ばわりしているのは目の前に現れた大型タランチュラだった。
人と同じぐらいの大きさの体は全身黒色をしており赤い単眼が複数ついている。
ラキはヘキルをある程度レベルアップさせようと索敵系“技能”の“探知”を使っていくつかのモンスターを見繕っていた。
ある範囲の動く物体の気配を一定時間感じ取ることができ、襲われているヘキルを助けるきっかけとなったものだ。
連続では使用できないが、スキルレベルを上げれば感知範囲と時間は成長させることができる。
最初にモンスターに遭遇した際に“ゴッドアイ”でヘキルは持っている“技能”確認した。
元々持っていたのは“探知”と相手の情報を読み取る“解析”、潜伏効果のある“隠密”だった。
「“解析”」
“技能”の名前の詠唱とともにヘキルは大型タランチュラの正体を明らかにする。
この辺りのモンスターはヘキルよりもレベルがかなり高く“技能”が通用しないことが多い。
レベルまでは確認できなかったがモンスターの名前は『スカルウォーカー』だということが分かった。
ドクロのよう頭部をしたスカルウォーカーはヘキルに向かって襲い掛かってくる。
しかし、その前にラキは黒い幾何学模様の入った刀を抜刀し対になっている8本の脚の半分を切り落とした。
「Kysharrrrr」
左右四本ずつで体重を支えていたスカルウォーカーだったが、片側すべての脚を切断されたことにより自慢の素早さが殺された。
体のバランスが保てず胴体が地面に接触しながら前進し、そのまま木に激突した。
今まで出会ってきたモンスターたちは感情移入しやすいところがあったが、クモならそこまで心配する必要がない。
木に激突してからも、がむしゃらに動いているスカルスパイダーに狙いを定めて1本矢を放った。
「Kyyyyy!!」
炎のまとった弓がスカルウォーカーの胴体へと突き刺さる。
炎が燃え移り、そのままスカルウォーカーは火だるまへとなった。
叫びながら燃えていく姿を見ていて気分がいいものではなかった。
刀を鞘に納めたラキは心配してヘキルのもとへ近づいた。
「しばらくしたら事切れる。辛抱だ」
スカルウォーカーは断末魔をあげ急に静かになる。
レベルアップをしたらしく、急に身体が軽くなるのを感じた。
“ゴッドアイ”開き自分のレベルを確認する。
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ヘキル Lv7
性別 ♀
職業 無職
状態 普通
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「6レベも上がったのか」
覗き込んでみるラキが感想の言葉を上げる。
この辺りのモンスターは中級者から上級者レベルであるらしい。
しかし、それはあのドラゴンのような高レベルモンスターを考慮した設定になっている。
この世界には効率のいいレベル上げというものは存在していないようだ。
「スカルウォーカーは素早さで苦戦するモンスターだ。それさえ封じれば素人の矢でも通るそんなにレベル上げには向いていないモンスターなんだが」
まだヘキルには1レベルというのがどのような重さなのかはわからなかったが、ラキの反応から普通より成長率が高いのは見て取れた。
「身体を動かしてみろ。実感わくだろ」
そういわれて軽くジャンプを試してみる。
木の枝まで軽く届き片手で自分の体重を楽に支えることが出来た。
まるで月面の上にいるような感じだった。
「“神憑き”の効果だろう、普通より成長と能力が高い。あとでステータス確認するといい」
「うん」
返事をするとヘキルは手を放して地面に音もなく着地した。
このぐらいの能力ならラキの同行は問題ないのかもしれない。
身体を慣らしつつラキのところへ向かった。
「ここからモンスターの割合が高くなるから気をつけろ」
そういわれて、気を引き締めなおし弓をホルスターへとしまった。