EP3:『YOUR NAME』
操作を始めてすぐにラキの目の前にゲームのメニュー画面のようなものが出現した。
よく見るようなフォルムのそれはバーチャル空間で表示させるような、ライトノベルとかで出てきそうなそれだった。
「“ゴッドアイ”と呼ばれるツールだ。異世界では珍しいものだと聞いている。字は読めるか?」
「うん」
「おお、やるな」
ラキが見せてきた“ゴッドアイ”を見て、もう完全にゲームの世界だという思いが強くなる。
とりあえず、そのことは置いておいて、指さされた先をみると碧のことについて書かれていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
八道碧 Lv1
性別 ♀
職業 無職
状態 普通
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「仲間同士で情報交換をしていればさらに詳細が追加される。さっきの性別の判断はこれでしていた。ほら」
そういうとラキはローブの隠れた部分になっている内側から黒い三角錐の塊取り出し、碧に渡した。
何でできているかわからない硬質なもので、一応頂点にボタンが付いていることは分かる。
「そこ押してみろ」
いわれるままにボタンを押してみると、さっきまで手に持っていた三角錐の物体はホログラムのように消えた。
すると同時に碧の目の前にもラキのと同じようなメニュー画面が表示された。
ラキのと比較してみると、若干画面が小さい。
「以前私が使っていた中古になるが、十分使える。今使っているやつより安価だから少々性能は落ちるが、ないよりはましだろう」
ラキのはノゾキ防止が付いていたため、最初にラキが操作していた時にラキの“ゴッドアイ”を見ることができなかったらしい。
さっきの不可視下で行われていた操作はノゾキ防止の設定解除だったのだそうだ。
碧は自分の“ゴッドアイ”画面に目を落としてみるとドットフォントで“WHAT IS YOUR NAME?”と表示しているのに気付いた。
「名前聞かれてるんですけど」
「ああ、この世界で名乗りたい名前を入れるといい。さっき見せた碧のステータスの名前部分はその名前が適用されるんだ。いつでも変えられるから、偽名でもいいぞ」
とはいわれてもこの世界の名前事情を知らないで偽名を付けるというのは勇気がいる。
いくら世界がRPGとかに似ていても架空世界みたいにしょっちゅう名前を変えることは難しいだろう。
人付き合いとかも考えて無難にも本名にしておいて損はないと思う。
文字の下に表示されているキーボードを使って自分の名前を打ち込む。
“YOUR NAME ヘキル”
カタカナにしたときにルックスがダサくなるという理由で自分の名前は嫌いだ。
名前を打ち込んだことにより“ゴッドアイ”は本来のはたらきをし始める。
いくつかの文字列が並び右下には自分の体力ゲージであろう緑色のバーが表示されている。
表示されているものは紛れもなくゲームのメニュー画面そのものだ。
バーチャルリアリティみたいに首を動かしても常に目の前で表示してくれるところがおもしろい。
「ここを押してみろ」
ラキに指示されヘキルは“能力”と書かれた文字バーを選択した。
「“能力”っていうのは“技能”とは少し違う。まぁ個人特有の特殊能力みたいなものだ。強いて言うなら、“能力”は先天的、“技能”は後天的という具合だな」
一応ゲームなどは一通りやってきたヘキルにはラキの説明を聞いてなんとなく意図することが分かった。
たとえば、冒険者になってモンスターを索敵するという特殊技術を身に着けたとする。
その場合は、後天的に身に着けたものなので“技能”の分類に属することになるのだろう。
逆に生まれながらモンスターの来襲が予知で来たりした場合は“能力”という扱いになりそうだ。
スキルとアビリティ、技術と能力というものはこの世界に生きていく要になりそうである。
理解してもらおうと言葉を並べていたラキは画面に目を落とす。
「普通、この画面を開くと手にしてる“能力”の名前の一覧が表示されるのだが――――こんなのは初めてだな――――」
歯切れが悪くなったラキにつられ、碧も固くなる。
“能力”と書かれた画面には二つの単語が並んでいた。
一つは“神憑き”と書かれた単語、問題となるのはもう一つの方で“?????”と文字化けしている。
この世界のツールに対応していない、自分が得体の知れない存在であると思うと少し恐ろしくなる。
少し青ざめているヘキルを見てラキは励ましの言葉をかけた。
「大丈夫だ、だいたいこういうのは王立図書館とかで調べればなんとかなるんだ。それより、“神憑き”もっているのか、すごいじゃないか」
「かみつき?」
「説明するよりも読んだ方が早いだろう」
そういうとラキは“神憑き”の文字をタップし、説明文を表示させた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
《神憑き》
八百万の神を憑依、また具現化できる能力
ただし、憑りつかせることのできる神の数は限られており、また、誰も憑りついていない場合はこの能力は一時的に消失する
現在Lv.1
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
このわかりやすいレベル表示はきっと憑りつかせることのできる数に関係してくるだろう。
レベルによって強化できるのはかなりの強みになる。
人によって能力の有無が違うので強化できる要素は多い方がいいのは当たり前である。
しかし、気になるのは最後の一文の誰も憑りついていないときは能力は一時的に消失するということだ。
今ここでこの説明文が読めているということはヘキルには何かしらの神が憑りついていることになる。
「プレイヤーは異世界にいた段階でのその人特有の個性みたいなものがそのまま“能力”になることがおおいのだが、神に好かれていたんだな」
「あまり実感ないけど」
実際ヘキルは元の世界にいた時に霊感とかのことにはあまり意識したことがなかった。
今のところ取り憑かれている自覚など皆無だ。
普段家に引きこもってばかりの自分に興味があるなんて物好きな神様もいるものである。
「今、ヘキルに憑依していないようだが、近いうちに目の前に姿を現すだろう。知り合いにも“神憑き”もちがいるが、神様は気ままだと言っていたな」
目の前に姿を現してくれるまでどんな神様が憑いているのかはお楽しみというわけのようだ。
ヘキルはついでに文字化けした“?????”の方も念のためにタップしてみたが、説明文も同じくクエスチョンマークの羅列だった。
“神憑き”の説明を確認したことにより男になるという元凶はこっちの“能力”のはずなのだが、早くも手詰まりになる。
「最初にも言ったかもしれないが、そのアビリティは容姿変化系スキルに似ている。もしかしたら念じれば色々なものに化けることができるかもしれない」
「何かを念じる――――――――――」
そういわれて、咄嗟に思いついたのはドラゴンに追いかけられていた時にぶつかってきたウサギだった。
あの気絶していたウサギを抱いていたときに見た毛並みや容姿を目をつぶりイメージしてみる。
「おお」
無駄にはっきり聞こえたラキの感嘆の声で目を開けるとラキが大きくなっていたのに気づいた。
しかし本当はラキが大きくなったのではなく、ヘキルが小さくなったのだがそんなことはすぐに理解できた。
自分の手を見ると濃い白色の毛に覆われており、頭の上にびろびろと大きなものが付いている。
見た目や身体の感覚などから自分は今ウサギの姿になっている事が分かった。
「わ、できた」
「最大HPの値が下がっているところをみると幻影とかではなく完全にウサギに生まれ変わったみたいだな。しかし、喋れているところから元の姿の能力をある程度受け継いでる。かなり便利だな」
ラキの言葉が耳の目の前で話しているように大きく聞こえる。
ヘキルにはウサギの持つ能力がそのままヘキルに上書きされたというべき感覚が身体を支配されていた。
しかし、獣になったからとは言って火は別に怖くはない、ただ木の燃える強い匂いには少し不快感を覚える。
不便ではないが、なんだか身体が落ち着いてはいられなかった。
「この“能力”なら他種族にもなれそうだな」
「種族――――――」
RPGではお馴染みではあるが、ファンタジー世界には“人間”という種族以外にも人類がいることが多い。
ものによっては多種多様ではあるが有名なのは妖精や獣人などであろう。
そのような他種族になることが出来るとするならどんなにすばらしいことだということはファンタジー好きならわかってくれるはずだ。
「実物を見てみないとイメージしづらくて難しいと思う。とりあえず、その“能力”は『種族を超えて生まれ変わる』だから“転生”でも仮に名付けておくとしよう。名前を呼ぶことで発動の制御がしやすくなるだろう」
つまりは呪文の詠唱みたいなものになるということだろう。
呪文みたいに発動前に言うのを癖づけることによって最初みたいな誤発動を抑えられるという具合だと推測した。
異世界ものの作品などで詠唱は魔法などを使う時の補助となるということはよく使われている。
「ねぇ、ラキの種族って何?」
「ん?ああ、プレイヤーじゃないから気になるのか。だがなこの世界では種族はデリケートなものだから気安く聞かない方がいい」
ラキは若干目を泳がせながら返事をした。
種族のことはデリケート、元の世界でいうと何処の生まれの話とかに近いのかもしれない。
種族によって優劣が付けられるのだろうか、とりあえず触れてはいけないことだと知ってとてつもなく申し訳なくなる。
「その、ごめんなさい」
「いや、別にヘキルなら教えてもいいぞ。下手に言いふらしそうでもn――――――――」
「??どうしたの――――――」
ラキが言葉が詰まった瞬間、ヘキルは何となく言葉を投げてしまったが、その理由はすぐにわかった。
聴覚が敏感なウサギの耳は、遠くはなれた場所で話し声がこちらに近づいてくるのを感じたからだ。
「念のために後ろにいとけ」
ラキに指示され背後にまわり、一応元の姿へと戻っておく。
ラキは左手に鞘にしまわれている刀を持ち、話し声の聞こえた方向へと身体を向けた。
暗い木々の隙間から3つの黒い影が現れる。