EP2:『ドラゴンの肉』
動かなくなったドラゴンを見て目から熱いものを感じる。
頬をつたって液体がこぼれ落ちるに気づいた。
―――――私、泣いてる
自分の今の気持ちとは裏腹に涙がとめどなく流れ落ちる。
自分のせいで死んだのだという罪悪感が碧を襲った。
「大丈夫、立てるか?」
泣いている碧を覗き込みながらローブの女性は暖かみのある声をかける。
さっきの戦闘で付いたはずの彼女の衣服の返り血は何故かキレイさっぱり無くなっていた。
圧倒的強さとは裏腹に、彼女から醸し出される安心感のある雰囲気に碧にはある衝動にかられた。
「うわっ、ちょっ―――――」
反射的に声をあげる若干の抵抗をみせたが碧はそれに構わず女性に抱きついた。
碧には同性愛のようなものはないが、相手がやさしく抱き返してきたのを感じてさらに強く抱きしめる。
「少しだけこうさせてください」
そう言いながら手で頬をつたう涙を拭うと手についていた土ぼこりが水分を吸って汚れた。
目は潤っているが嗚咽までとはいかない。
さっきまで抱えていたウサギとは違い抱擁力のある女性の腕の中はこの世界に来てからの恐怖も心配も何もかもを拭い去ってくれた。
小さく聞こえる拍動音は傷ついた心を元通りに修復していく。
女性の腕の中の温かみに浸り満足したあと碧は女性から離れた。
さっきまでの動揺状態とは打って変わり、気分が明るい。
抱き着いている間にウサギは気を取り戻したようでいつの間にか姿が見えなくなっていた。
ウサギには悪いことをしたなと思いつつ、これからの無事を祈った。
ローブの女性にお礼を言おうと顔を向けると彼女は今にも倒れそうなほど顔を真っ赤にしていた。
「あの、大丈夫ですか?」
オーバーヒートしてるような状態になっている女性にヘキルはそう尋ねた。
いくら抱き着いた碧に落ち度があるといったって、同性同士の抱擁でこんなにも顔を赤らめるのは少しオーバーな気がする。
さっきまでの、何事も動揺しなさそうな感じからのギャップが激しい。
「だっ大丈夫だ。男性に抱き着かれるのは初めてだったから、少し動揺しているだけだ」
「男性?」
男性と言われて反射的に周りを見渡してみるが、この場には碧と女性しかいなかった。
となると男性というのは碧のことを指すと思うが生きてきた中で見た目で男性だと間違えられたことは勿論ない。
見た目は普通の女性である。
とりあえず、性別は女ということを伝えるとローブの女性は信じられないというような感じに顔が引きつった。
「嘘だろ、中性的な男性じゃないのか。胸はないようなんだが」
「いや、ありますよ胸くらい。少しは」
そういいながら、Bカップはあるはずの自分の胸へと手を持って行った。
しかし、軽く触ってみて違和感を感じる。
「あれっ?」
少しはあったはずの膨らみは絶望的な断崖絶壁へと化していた。
ローブの女性の言った言葉が気にかかり、流れるように恐る恐る太ももの付け根の方へと手を伸ばす。
「っっあ――るっ――――――」
以前なら全くなかったはずの象徴的なものの膨らみがあった。
信じられない事実に顔が蒼白し、得体のしれない恐怖心が碧に降り注ぐ。
「落ち着け」
そういうと女性は碧の肩をがっちりつかみ、目を合わせてきた。
まだ若干赤い顔の女性は碧の落ち着きを取り戻そうと真剣な眼差しで見つめる。
「目を閉じて、ゆっくりイメージしろ。お前は元々どんな姿だった?」
女性に言われて自分が鏡の前にいた時のことを思い出す。
ミディアムにストレートの黒髪の毛に少しはあった胸。
体型はいいとはいえなかったが別段太っているわけでもない、もちろん、性別は女性。
藁にもすがる思いで鮮明にイメージする。
「もう大丈夫だろう」
イメージを続けていると女性は中断を促した。
ゆっくりと目を開けると女性は微笑みながらこちらを見ている。
恐怖心の中、確認のために手を胸に伸ばしてみた。
「あ、ある」
さっきまでのとは違う感激の涙が出てくる。
自分の身体が戻ってくるというものはこんなにも嬉しいものだとは思っていなかった。
「おそらく能力の一種だな。こんな能力は聞いたことなかったがどうやら普通の容姿変化系の技能と同じ仕様らしい」
女性はそう呟くと右手を差し出してきた。
「自己紹介が遅れたな。私はラキと名乗っている冒険者だ」
ラキと名乗った女性の手を碧は両手で握り返す。
さっきの戦闘を行った手なのに女性特有の柔らかい手だ。
「あっ、八道碧です。この度は助けていただき本当にあr―――――」
「いいよ、礼なんか。堅苦しいのは苦手なんだ、敬語も苦手だから気軽に接してくれ」
ラキは碧が感謝の意を伝えきる前に遮った。
本人の注文なので仕方ないが、命を救われたという感謝の気持ちをどこにやればいいかと悩む。
「とりあえず日も暮れてきたんだ、薪を集めて火をおこそう」
そういえば辺りがやけに暗い、目覚めたばかりなので朝かと思っていたが夕方近くだったようだ。
しかも森の中なので、暗さが一層増している。
ラキに言われるままに薪を集めに動き出した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
森の中なので薪は滞りなく集まった。
ラキはその薪に火をつけ、さっき倒したドラゴンの肉を切り出す。
ただ、その火のつけ方が独特で、マッチのように人差し指で肩を擦ることで火種が出来たという具合だった。
この世界には魔法の存在もあると推測する。
適当な枝に肉を刺し、焚火で火を通す。
肉汁が滴っていておいしそうではあるが、ドラゴンの肉というのが頭について回って食べれる気がしない。
爬虫類の肉は食べたいとは思わない。
ドラゴンがなぎ倒した木をラキが刀で輪切りにしていき椅子が出来た。
それを焚火の横に二つ並べラキに促されるまま碧は座った。
「ドラゴンの肉は食べられそうか?顔に出てるが」
「いや、ちょっと」
「無理強いはしない。毒もあるし食べたくないという気持ちもわかる」
毒あるのかっとツッコミたくなったが恩人なのでやめておく。
加熱すれば毒抜きできるようではあるがますます食べる気はしなくなった。
「じゃあこっちはどうだ」
ラキがローブの中から出したのはピンク色をした洋ナシのような形の木の実だった。
見たことないものではあったがドラゴンのよりかはましだった。
「それなら」
碧の返事を聞くとラキは懐からナイフを取り出して皮をむいてくれた。
むいてくれたと言っても、プロの料理人顔負けの高速のナイフ裁きで、一瞬の作業だったが。
木の実は皮がむけたことによって見た目は普通の洋ナシに近くなる。
食前のあいさつをし、試しに一口かじった。
「あ、リンゴの味――――――」
「キュールの実っていうんだ。道端の木になってることも多いし、麻痺や毒の回復薬にも使われる便利な木の実だ」
相槌を打つ碧を見てラキは焼きあがったドラゴンの肉へと手を伸ばす。
ミディアムに焼けた肉は肉汁が滴ってる
「ところで碧。お前がこんなところにいるまでの流れを教えてくれないか?」
ラキに質問され碧はこの世界にきてからのことを話した。
ラキなら信用できると思い現実世界のことまで若干触れたのだが、ラキは別段驚きもせずに話を聞いていた。
「やはりプレイヤーだったか」
「プレイヤー?」
いきなり、この世界に似合わなそうな単語が出てきて思わず聞き返してしまう。
いや、逆にこの世界に似合っているのかもしれないが。
「この世界とは違う異世界からきた人々のことはそう呼ばれている。何故だかはよく知らないが」
碧の中ではプレイヤーはゲームをプレイする人のことを指す言葉だ。
このような言葉が浸透していることに加え異世界人がいるということは、この世界には現実世界からの転生者が他にもいる可能性があると考えられる。
もし、そのような人たちを探し出すことが出来たなら並一通りのことは苦労せずに済みそうだ。
「しかし妙だな。普通プレイヤーは決まった場所しか転生されないはずなんだが何故こんな辺地に」
ラキ曰く、プレイヤーは普通決まった村にしか召喚されないらしい。
低レベルなモンスターとかが出現する場所といっているあたり、いわゆる始まりの村みたいなものだろう。
ラキ自身はプレイヤーではないので、その村には行ったことなく、あまり詳しくは知らないようだ。
「連れて行ったほうがいいんだろうが、ここからかなり遠いんだよな。依頼もまだ未達成なんだが」
「依頼?」
「職業は冒険者なんだ。錬金術の方も少々嗜んでいる」
この世界のことが段々わかってきた気がする。
冒険者とかプレイヤーなどと聞いているかぎりこの世界はファンタジー世界のなかでもゲームの世界に近いようだ。
元の世界ではゲームの内容はフィクションだったが数ある経験の中でどう生きていけばいいかぐらいかはわかる。
それなら―――――――――
「ついてく」
「へ?いやいや、ついてくとしても危ないだろ。さっきの両断の瞬間を見て泣いていただろ」
「でも―――――――――」
確かに碧は何かの命が失われるという瞬間を見て身体が何かを拒絶したのを覚えた。
しかし、恩人の仕事を中断させるということは碧の中ではあってはならないことだった。
頑張れ私―――――――コミュ力を振り絞って伝えるんだ――――――
「さっき言ってた能力っていうのも役に立つかもしれないし、我慢もする。何より私の為にラキの仕事の信頼を失わせるわけにはいかない」
碧の目は真剣そのものだった。
とにかくラキが碧の都合に合わせるっということだけはどうしても避けたいという気持ちを全面的に表現したつもりだ。
結果ついていくとしてもラキの足手まといになることは碧の頭の中に入っていなかったのだが。
「じゃあ、その能力ってのを一度明らかにしてみるか」
そういうとラキは空中で手を下から上へスライドさせる動きをし、何やら操作をするような手つきで碧には見えないものを操作し始めた。