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黒爵の衒学と感興

  大きな建物で、他の家々とは違う格式張った風貌から、豪邸のイメージで中へと入った私だった。だが底にあったのは古城というか、物置というか……。そこかしこに蜘蛛の巣(果たして蜘蛛なのかどうかはさておき)や握りこぶしサイズのホコリ、挙句ネズミらしき小動物がしきりに物音を立てて走り回っている始末。

 幾つかドアのある廊下。ドアにはそれぞれ何やらマークが書かれている。突き当りには旅館の○○の間、みたいなものだろうか。暖炉のある部屋に来た。ホコリの被ったソファのようなものがある。

「かけてく……ああ、コイツを使ってくれ」

 おそらく私の顔には大きく、こんなものに座らせるつもりか? と書いてあったのであろう。実際そう思っていた。男は私にローブのようなものを渡してくれた。これを敷いてもいいと言うことだろうか。

「まぁかけてくれ。挨拶といこうか。私はダフ=ノーマン・シーダザッハ/グレイグだ。一応華族の黒爵こっしゃくだ。まぁ呼ぶときはグレイグと呼んでくれればいい」

 私はローブの上に腰掛けつつ、答えた。どうやら偉い人のようだ。

「私は桜上水 恵聖良です。家に入れてもらってありがとうございます」

「いや、頼ってもらえて何よりだよ。ここの村の人間は私を腫れ物のように扱うものだから、久しく自分の役割を思い出させてくれた。私こそ感謝を述べたいくらいだ」

 グレイグは笑みを浮かべる。

「実は、最近不思議な出来事が続発していてね。あの黒い光の事件の前から、小さな事件はいくつも起きている。言わば世界の歪みというのかな、異世界からこの世界につながる事が常習的に起きているんだ。我々の所業を考えれば仕方のないことだがね」

 まるで身内であるかのように話を始めるグレイグに、私は困惑を覚える。

「どうしてそんな話を私に?」

「意地悪な言葉を使えば、君が完全なる部外者だからだよ。君の存在は今この世界において私以外に認識されてはいない。その……ナーミとかいう少女を除けば。つまりそれは君が口にする言葉のそれはあまり強い意味を持たないということだ」

「異世界から来た、なんてまるででたらめなことを言う小娘の話なんか誰も信じやしないって?」

「機嫌を損ねたなら謝るよ。でも君にしか出来ないこともある。例えばそうだな……君の世界に、魔術はあるかね」

 こんな質問をしたら私は爵號しゃくごうを剥奪されかねんな、と頭をかきつつもまっすぐにこちらを見つめている。

 魔術、魔術だと? 異世界に来ておいて、それが意味するものが到底手品のたぐいだとは思えない。私は答えた。

「ないですね」

「そうか。じゃあ説明しようか」

 グレイグはまた笑った。何がそんなに面白いのか、私にはわからない。


「ではまず魔力について説明しよう。魔力は魔術に必要不可欠な力だ」

「魔力で火を起こしたり空を飛んだりできるんですか?」

「あー……それは違うな。魔力というのは、この世界に歪みを作る力だ」

「!?」

「大仰な言い方になるが他に表現のしようがない。世界を歪め、この世界を隣接する異世界とのゲートを作り上げる。我々には見ることはかなわんがね」

「隣接する世界と……それって私がここに来たことやあの黒い光の原因も魔力に関係するってことですか」

「おそらくね。この世界の人間は常に魔力を使っているといってもいい。それ故に歪みが絶えず生まれ、不安定な状態が続いている。この世界の総人口も大戦の時代を終えた今、爆発的に増加しているからな。使用する割合も増える。歪みの発生が増えれば、安定性を更に欠くことになる」

 あくまでも、これは私の持論だがね、と付け足すグレイグ。話は続く。

「魔力を使い、世界を歪めることで、この世界に異世界の現象を呼び出す。これが魔術だ。だが、魔術に必要なのは魔力だけではない。呪文詠唱、魔法陣、術者。これらがあって初めて一つの魔術となり得る。試しに一つ見せてみようか」

 グレイグは暖炉から炭を一つを取り出した。焚き木に炭でカリカリと何かを描いていく。

「使う魔術の関係上、簡易なものになるが、これが魔法陣だ」

 そこに描かれていたのは昔ファンタジー映画や漫画でみたような複雑な紋様ではなく、丸や四角などを組み合わせただけの単純なものだった。

「次に呪文を唱える」

“ターチルナミス スルナミス ガンルドマキウル トリエッラ サグェ マレ ジェーリノンマルサリス”

 それは不思議な響きだった。今まで同じ男が話していたとは思えないようなソプラノボイスが放たれる。唱え終わると共に、蜃気楼のようなモヤが現れ、魔法陣の部分にガスバーナーほどの勢いを持った炎が『最初からそこにあった』かのように現れる。熱が広がるのではなく、閉じ込められていたものがいきなりその封を解かれたように熱くなる。

 グレイグは焚き木を振って、火を消した。

「で、呪文を唱えたり、魔法陣を描いたりした私が術者だ」

 数学の公式を聞いているような気分だ。そういうものなんだ、と思うしか出来ない。

「これらの要素は省く事ができるんだ。呪文を唱えずに発動する呪文の詠唱破棄エイシズム、脳内で空間把握をし、魔法陣を強く思い浮かべることで描陣する想構陣ディリュージョン、そして物体に魔術の属性付与エンチャントをすることで本人が魔力を使わずとも魔術を発動させることができる。かなり高位な、それこそ魔術師、魔道士、魔法騎士などしか使えん。しかも正式な魔術に比べて魔力ごとの威力はかなり低くなる」

 グレイグはひけらかすような語りを終えて一息つく。私のうんざりした顔が見えて少し気まずげにしているが、何を今更、と言った気持ちを堪えられない。

「……まぁ魔術についてはぼんやりわかりましたけど、それが『私にしか出来ないこと』ってのに何か関係あるんですか?」

「異世界とのつながりにおいて一つ不明瞭な点を私は知っている」

「あの……」

 話を聞いてほしい。

「矯正力だよ。魔術の継続力の低さ、これがこの世界がおそらく歪みを治そうとする力に由来していると考えている」

「え? 継続? でもさっき属性付与がなんちゃらって」

「それは魔力がこもった物体に、毎度魔術を発動しているに過ぎんのだよ。どんなに巨大な魔力をしてでも大きな穴で大きな現象を引き出せても、長く穴を開け続けることはできんのだ。水にどれだけ大きな石を投げても投げ込んだ部分の水がへこんだままにならないようにね」

 だが、とグレイグ。

「君や、あの黒い光から現れた群は違う。現象のように引き出しているなら矯正力の影響を受けてもおかしくはないはずだ。だが君はここにいる。おそらくは矯正力は言語や生命維持にあてがわれているのだろう。我々の言葉を解し、息を吸い、物を食べ消化できる。当たり前のように過ごせることが、実は何よりも不思議な事だ」

 火のない暖炉を見つめながら、グレイグの声が続く。

「……?」

「私は医術も心得ていてね。君が我々とどう違っているのか、確かめてみたいんだよ。なに、魔術で痛みは伴わないし元通りにすると約束する。だから


解剖させてくれないかね?」


 しばらくは沈黙が支配していた。でもそれは長い時間ではなかっただろう。腕をつかもうとするグレイグの手がスローモーションで目に入り

「いやっ!」

 私はぞっとしない気分になった。冷や汗が止まらない。冗談でも言っていいたぐいのものじゃないだろう? 元通りになるから、痛みがないから、自分の体をいじらせろというのか? バカげた話だ。いっそいやらしいことされる方がまだましだ。そっちも絶対に嫌だけど。

「わ、私やっぱり泊めていただかなくて結構です!」

 終始薄ら笑いを浮かべていたグレイグの表情が陰っていた。私は走り出す。

「待ってくれよ。誤解しないでほしい! ちょっと!」

 グレイグの声が聞こえる。それが怖くてたまらない。

 玄関に着いたが鍵がかかっているのか、開かない。嘘でしょ。

「夜は危ないよ。黒の群が来るかもしれんぞ」

 声が近づいてくる。扉を揺さぶる音に反応したのだろう。私は廊下を反対の方向に進んでいく。

 人気ない廊下のとっぷりとした暗闇は、明けの気配を見せてはいなかった。

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