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愛しい私、罪と☓

 落ち着きを取り戻した私は、ふと村の存在を思い出していた。昨晩ほどの混乱を持たない今ならば、悪魔ではない私の正体をちゃんと見てくれるだろう。

「ナーミちゃん、私あの村に戻ろうと思うんだけど一緒に行かない? 今度は歓迎してくるはずよ」

 ナーミは静かに目を伏せた。

「行かないわ。あの村に限らず、ね」

「どうして……、あなたが一人になったことに何か関係があるの」

 彼女の視線が、ギラつく。私を突き刺すようだ。

「それについては話すつもりはないっていったでしょ」

 せっかく心配してあげてるのに。私は苛立った。

「おせっかいかもしれないけどあなたこんな暮らしを続けてたらいつか倒れちゃうわよ。死んじゃうわ、きっと」

「だったらなんだって言うの。私に生きていてほしいなんて人、この世にはいないわ」

 諦めているようだった。生きることを。

「私が恩返しも出来ずにあなたが死ぬのは許せないわ」

「そんな勝手な……!」

「あなたが話さないのも勝手、私がそう思うのも勝手」

「それとこれとでは話が違うでしょ! 恩返しがしたいって言うなら二度とそんなこと言わないで。言うつもりなら……さよならだわ」

 怒りに任せて草を踏む音が小さくなっていき、私もしばらくして教会の席を立った。


 間違えた、とは思っていない。現状では、怪我や病気を負ったら彼女は衰弱するばかりだ。何があったのか知らないが、死んでいいわけないだろう。馬鹿なんじゃないのかあの子は。

 彼女は結局案内してくれないので私は森の中を右往左往する羽目になった。暗闇の中の道(しかも激走)など覚えているはずもない。歩いて、休んで、うろついて、気づくと夜になっていた。

「……何なのこれ。マヂイミフなんですけど。つかありえないでしょあのガリガリ。この私が心配してあげてるのにふいにするってどういう神経してるわけ? この私なんて本来仰ぎ見て頭を垂れてこそでしょ。ツンケンするのが趣味なのかも知んないけど命張るようなことなわけ? 助けてもらったのは嬉しいけど……。まぁぶっちゃけ地べたでも寝れたしね、ゆうて。はーなんかイライラしてきたわーマジ激おこなんですが。ほんと空気読めない。なんなん。なんなん……」

 お腹はどんどん減っていったが、口は加速の一途を辿っていた。湯水のように悪口が溢れていた。一分間に悪口を言えるグランプリがあったら三回戦くらいまでは圧勝できるハイペースだった自負がある。怒りに任せて真っ直ぐに進んでいくと、微かな明かりを眼中に捉えた。

 私は森を抜けた。針のような月が雲間から顔を覗かせている。昨日は驚かせやがって、いつか見てやがれ、とついに天体にまで悪態をついたが、そこで悪口の源泉は尽きた。

 また、夜。フラッシュバックする光景。あんなに強気になっていたのに怯える私を膝が笑った。

 私が車であったなら、オイルメーターはEの文字を指し示していただろう。もうあの教会に戻る気も起きなかった。でもたった一晩で村人たちからあの悪夢のような光景から来る恐怖を忘れられているだろうか。

 絶望してどうするんだ。深刻に考えてどうする。その思考は何も好転させてくれない。きっと忘れているだろう。きっと私を受け入れてくれるだろう。私は何も悪くないのだから。何を恐れる私。


 二度目の訪問が始まる。

 今度は狙いすましてできるだけなりのいい家を訪ねた。落ち着きのある冷静な判断のできる人間であれば受け入れてくれるだろうと考えたからだ。

 塀があり、そこには名札のようなものがかかっている。そしてノックするための取っ手のようなものがついている。持ち上げて、二度ほど打ち付けた。硬そうに見える石に反して、音というものがまるで立たなかった。まるで発生した音が全て、『吸い込まれている』ような。

「どなたかね、もう夜中だよ」

 取っ手の根元についた金具が喋った。落ち着き払った老年の男性の声だ。

「あ、あの、私……」

 私は事のあらましを話した。

「ふむ……にわかには信じがたいが、うら若いお嬢さんが困っているとあらば助けずにいられまい。今門を開けよう」

 声は消えて、代わりに門が動き始める。スライドするか、内か外に開くと思っていたのだが、それはある点を中心に上に持ち上がり、半回転するようにして全開した。

「やぁ」

 豊満な体つきではあったが、不快感はあまりなかった。優しい顔つきで微笑まれると、思わずこちらも微笑み返してしまった。

「こんなところを町の誰かに見られたら、私は嗤われてしまうね。成金風情ではあるが、矜持はあるし、それはちときつい。ささ、急いで家に上がってくれ」

 確かに、女の子を夜に家に連れ込むという様は、とてもじゃないがいかがわしい。私は言われるがままに領地内に踏み込んだ。

 背中に感じた視線は、多分気のせいだ。


 この世界に来て初めての、雨が降っていた。

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