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廃教会のナーミ

 思っていた以上に離れていた最初の村に、私はようやく辿り着く。時間帯で言えば夜であり、月のない夜は私の心を落ち着かせない。

 村人は早寝なのか、いやあんな異常事態があれば家に戻るのも無理はない。塔の上から見たときにはチラホラと散見していた人影もなくなっており、不気味なほどの静寂に包まれていた。

 石積みの家、ささくれだった年季のある戸板。私は泊めてもらえないか尋ねるためにノックした。

「ひいいいいいいいいいいい!」

 中からはしわがれた悲鳴が上がった。おじいさんか、おばあさんが住んでいるのだろう。

「済みません! 話を聞いて貰」

「あ、あ、悪魔じゃ! 人の言葉でわしらを騙して魂を食ろうてしまおうとしておる! おそろしや!」

 聞く耳を持たない、といった様子だ。念仏なのかお祈りなのかわからないが、大きな声で唱え始めてしまい再び声をかけるのは無駄なように思えた。にしても、こんなに可愛い女の子を悪魔だなんて失礼な事を言う。

 他の家にもノックしてみたが、同じように怯えて話が通じなかったり、明かりがついているにも関わらず居留守を決め込まれたり、いや、それだけならまだ良い方だった。

「来やがったな悪魔め! 殺されるくらいならぶっ殺してやる!」

 ノックをした途端、若い男の荒げた声が上がり、大きなフォークのようなものでドアを突き刺したのだ。

 眼前数ミリに迫ったそれは、私に死の一文字を思い浮かばせた。私は悲鳴を上げた。

 ドアから抜き取られたフォークと松明を構えた男がいた。

「へ、へへ! こんな弱そうな悪魔なら、オレでも殺せそうだな」

 ころす

 コロス?

 殺……


 逃げた。ころんだ。それでも逃げた。涙が溢れて、鼻水がたれて、息がしづらくて、それでも必死に走って逃げた。

 ひどい、ひどい。こんな可憐な私に、どうして皆優しくしてくれないの。私には行く宛もないのに。私だってあの黒い光が怖くてたまらないのに。この私がかわいそうじゃないの?

 疲れて地面にへたり込む。男は追ってきてはいないようだったが、今更あの村に戻って別の宿を探そうとは思えなくなった。

 ここは何処だろう。遮二無二走っていたものだから自分の場所を見失った。分かるのは最初に入った森とは違う、別の森のようだということだ。

 突然、後ろから声がした。すかさず振り向いた。

「誰!?」

 とっさに声を上げる。本物の悪魔だったら私はどうすることも出来ない。振り返った先を小動物のようにキョロキョロと見回してしまう。膝が笑っている。これ以上はもう、漏らしてしまいそうだった。止まっていた涙がまた滲み出す。嗚咽も。

「悪魔じゃ……なさそうね」

 茂みの中からすっと姿を表したのは、私と同じ、150㎝前後の髪の長い少女だった。夜の森の中、星明りの下でもとてもきれいとは言い難い着物を召していて、長い髪もボサボサと広がっていた。

「人……よね? 行くところがないならついていらっしゃい。せめて屋根の下で寝させてあげるわ」

 ぶっきらぼうな物言いではあるが、優しさがあった。それはガチガチになっていた私をほぐした。


 少女に着いていく。彼女はとても足が早く。急がないと見失いそうな勢いだった。それでも森のなかで無防備に寝ることはできなかったのでなんとか追いかけた。

 少女の勢いが収まる、やっとたどり着いたようだ。そこにあったのは荒みきった教会のような場所であった。建物は六角柱のようになっていて、中に入ると、真ん中にある逆三角のシンボルを取り囲むように座席が並んでいた。

「私は奥の端、あなたは手前の端。それ以上近づかないで。おやすみ」

 一番奥側から喋りかける少女。信用できない、ということだろう。当然だ。分かっている。でも理解も納得もできるということは、心もそれに従うということではない。悲しさと辛さが、寝そべった硬い座席に染みた。

 疲れからか、私は気を失うように眠りについた。


 聞きなれない鳥のさざめきを聞いて私は目を覚ました。身を起こそうとすると、やはり石の寝床は体に優しくなかったのか、背中や腰、諸関節に痛みが走った。

「あたたた……」

「あら、目覚めたようね。おはよう」

 声に気づいたようで、少女が話しかけてきた。冷たい突き放すような声だが、似合わないのはやはり挨拶だった。どこかずれているような気がして、少しおかしい。

「おは……よう」

 暗闇の中では見取れなかったが、少女の体は、昨日の森での挙動に違和感を覚えるほどやせ細っていて、押せば折れてしまいそうなほどだった。

「あなたの格好はココらへんの村のものじゃないわね。ブランシェからの密入国? 名前は何ていうの?」

「私は……信じられないかもしれないけど、ここじゃない別の世界から来たの。名前は桜上水 恵聖良、エセラでいいわ」

「別世界……ふーん。エセラ、ね。私はナーミよ。ナーミ・ノニ」

 名前を告げられると同時に、私のお腹はぐぅと鳴いた。

「……朝ご飯にしましょうか」

 顔が火を吹きそうだった。


 森のなかで焚き火を始めるナーミ、彼女の手には、どこから出したのか動物の肉と思わしきものや魚が何尾か、あとは食べられるのか不安になる野草を何房か持っていた。

「それなんて草? 何処で取ってきたお肉?」

「この草はテトンシェ。この辺では薬草としても使われるポピュラーな可食草よ。普通だと香り付けに使う程度だけど、食べようと思えば食べられなくもないわ。肉は秘密よ。心配しないで、美味しいから」

 あちらで言うミント的なものか。香りとしては柑橘類の匂いから酸っぱさを抜いたような感じだ。不快感のない腐ったみかんの匂いとでも言えばいいのか。

 香草の乗った得体の知れない動物の肉直火焼きは、歯ごたえというのがおこがましいほどの弾力をもち、渋さが舌の上で意外性無くアンマッチ。要はひどくまずかった。一口かじった後、食事は魚に終始した。

「あなたはどうして一人なの?」

 食事中の、なんてことはない会話を始めようかと、私は質問した。

「あなたが知る必要があるのかしら。少なくとも私にはそう思えないわ」

 突き放された。私は泣いた。

「え!? ちょっとやめてよ。あの……えぇ……」

 私は今まで人に好かれる経験はあっても、人から嫌われる経験は殆どなかった。先日のそれがほぼ初めてだったと言ってもいいだろう。あれはまだ自分の中で許容範囲だった。あの人達は錯乱していた。正気でないならば私を私と見ることが出来ない、悪魔だと思うのも仕方がない。しかし彼女は私を私とちゃんと分かっているのだ。この絶世の美少女を見ながらあしらわれるということ。これは私にとってはありえないことだった。

「どうすればいいわけ……?」

 ナーミは呆れるように、困っていた。

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