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闇に叫ぶは、人か魔か  作者: 輪島仁
1/2

姑獲鳥(うぶめ)  母性の呼び声

間違って長編に入れてしまいました。


せっかくなのでこのまま連載します。


いずこかも分からぬ廃坑の、白骨広がる闇のなか。

――二足歩行の巨大なモグラが、人間二人を襲っていた。

一人は男子、一人は女子。年のころは高校か。

少女を背にして、少年は一歩踏み込んだ。同時に手のひらから眩い力の結晶が、光の剣となって現れる。それを怪物へと振りかざせば、脅威を感じたのか、後ずさる妖魔。

「悪いな。これも術者の務めってやつさ」

次の瞬間、少年が地面を蹴った。ざっ、と音がして少年のスニーカが着地したとき、モグラの巨体が真っ二つになって崩れ落ちる。

「お前が妖魔じゃなければ、退治する必要もなかったけどな」

妖魔の背中越しに、少年はぽつりとつぶやいた。


「さあさあ、次の仕事ですよ、先輩」

「えー、だるいー」

後ろ手に襟首を掴まれて引きずられながら、少年はぼやく。

あー、かったるい。最近、息を吸って吐くだけでも面倒くさいんだけど、呼吸するって重労働じゃないか?」

「その人間離れした怠惰を一般論にしないでくれませんか、先輩」

少年が心底面倒そうにこぼした愚痴に、一つ年下の少女が呆れ顔で応じる。

「というかさー、君って俺と同じで仕事しないことで有名じゃなかった?」

「先輩みたいな腐った人間と一緒にしないでください。私は仕事よりも趣味に時間を使いたいだけで、呼吸するのも面倒な怠けの王者ではないのです」

「その趣味って?」

「ネットサーフィンとオンラインゲームと、趣味のホモゲーです」

「別の意味で腐っとるな」

ほっといてください、と少女が答える。ホモ好きな女子を腐女子、と呼ぶ。

「今度仕事は、連続殺人事件の解決。犯人は人間」

「警察か名探偵にでも任させろよ」

「襲われてるのは術者ばかりなのですよ」

つまり妖魔がらみで、表ざたにできないわけだ。妖魔関係の仕事は世間の常識から離れたところで行われる。

そのため、だろうか。二人が赴いた現場も、人里離れた山奥だった。薬品の臭気、怪しげな機械の群れ、散乱するガラスと乾いた血だまりの跡。マッドサイエンティストが怪物に追われて出てきそうな廃屋に二人は踏みこむ。

「容疑者は元・術者。それも名門退魔師分家の女性らしいですね」

「身元はっきりしてるんだ」

「そうですね、私たちよりずっと」

少年と少女は、もともと孤児だ。いまどき術者になりたい若者などいない。だから素質ある孤児を集めて術者に育てるのが、最近の風潮になっている。下等兵の扱いであり、待遇は悪い。言ってみれば正式血統の術者たちは王侯、その分家は貴族、孤児上がりは雑兵扱いだ。

「でもなんで殺人なんか?」

「どうも本家との間に確執があって、冷遇されていたみたいですね」

腐ってるなー、と少年が呟く。

「で、その確執ってのが犯罪の動機?」

「……だけじゃないですね。襲ってる相手のリストから、ここで行われていた実験が浮かび上がりました。彼女はその被害者みたいです」

「それって?」

「妖魔と人間の異種交配です」

思わず黙った。妖魔は基本、人外の生き物。それと人間を〝混ぜる〟など獣と人間を配合するのに等しい。無論、禁忌にふれる外法である。

「作られたものたちは基本、妖魔側の血が強くなるみたいですね。姿も人外ばかりです。しかし霊気と瘴気をどちらも使えるものの、欠点がありました」

「その欠点って?」

「知能が低すぎて使えないそうです。まるで先輩みたいですね」

「ちょっと待て」

「プラスとマイナスがぶつかってゼロになったのでは、というのが研究者の見解です。それと知能が低いせいかやる気もなくて、日がな一日テレビ見たり縁側でぼーっとしたりしてるみたいです。ますます先輩みたいですね」

「お前、実は俺が嫌いだろう」

「嫌いじゃないです。蔑んでるだけで」

ひでーなー、と少年が呟く。しかし本当に酷いのは、ここで行われていた実験だろう。妖魔と交合されたというその被害者には同情する。

しかし、殺人に手を出した以上、放っては置けない。たとえ非道な行いをしていたのがこちら側であろうとも。

「その女性は、〝坊や! 坊や! と叫んで襲ってくるらしいです」

その光景を思い浮かべ、二人して黙った。

「………術者の世界って腐ってるなー」

少女も頷く。

「で、次に襲われそうなところは?」

「もうないですね。あとは本家ぐらいしか……」

言いかけた少女が顔を上げる。少年も耳を澄ませている。

どこからか声が聞こえる。

どこからか女性の声が聞こえる。

坊やー、坊やー!

「おいまさか……」

次の瞬間、岩壁が派手に吹きとんだ。

「ボオヤアアアア!!」



女は髪を振り乱し、ぼろ布同然の白装束を着ていた。破れ目から傷がのぞき、生々しく血を流している。

「気を付けて、この人、気が狂ってます!」

「見りゃわかる、もっとましなアドヴァイスはないのかよ!」

叫びながら、少年が霊気の剣を振りかざす。女性の両手が霊気を帯びて輝き、その爪が頬をかすめる。

「正気に戻す方法は!?」

「ありません!」

つまり、殺すしかないわけだ。

少年は覚悟を決めると、女性へと大きく踏み込んだ。女性の膂力は狂気による暴走で明らかに常人離れしている。直撃すれば並の人間どころか、熊でも倒せるだろう。

しかし少年はあえてその一撃を受けた。

女性の腕が少年の胸板に突き刺さ……らなかった。少年の胸元にわだかまった瘴気の壁が、女性の腕を防いでいた。

「俺の身体は特殊でね。瘴気の攻撃を一切、受け付けないんだ」

女の腕から力が抜ける。

「あんたは悪くないよ」

それだけ呟き、少年の剣が女性を貫いた。

女はずるり、と崩れ落ちながら、最後に一言だけ呟いた。

「坊や……私の、ぼうや……」

絶命する女性に背を向け、少年はその場に背を向けた。

後ろでどう、っと、倒れる音がした。



「……帰ろう」

言葉少なに立ち去ろうとする少年。しかし少女は、倒れた女性の方に目を向けたままだった。そして幇助は黙考する。気のせいだろうか? 女性が絶命するあの一瞬、その瞳に正気がもどったように見えた。

この女性がかつて受けたのは、妖魔と人が交合する実験。混血たちは一様に気力というものを持たない。少年は瘴気に耐性がある特異体質。そしてあの一瞬、女性はつぶやいた。

坊や……と。

「……」

「どうした?」

振り返る少年に顔をむけた少女が答えるまでに、少しだけ間があった。

「……いえ、別に」

ふーん、とまた前を向いて歩いてゆく少年。その背を眺めながら少女は思った。

――この推測は、墓場の中まで持ってゆこう、と。



二人の名前は次回に。

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