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In The Mirror  作者: 市尾弘那
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第14話(2)

          ◆ ◇ ◆


「へえ〜。んじゃあ、動員、凄かったんですねえ」

「ええ。ちょっと自分らだけじゃお目にかかれない規模で、緊張しましたよ」

 数社が共同運営している小さなミニFMに出演させてもらえると言うことで、和希と一矢の2人は港区の片隅にある小さなスタジオに呼ばれていた。武人は無論のこと学校、啓一郎は司会をやらされるライブイベントの本番である。

 公開収録で細い通りに面したガラス張りのブースの前面には、活動本拠地である都内と言うこともあり、Grand Crossのファンと称してくれる人や、物見高い通行人などが小さな人だかりを作っていた。30分枠で、内3曲流す予定なので、しゃべる時間は実質15分あるかどうかである。

「今日はヴォーカルの啓一郎くんは、あれでしょ? 『バンドナイト』の方に行ってるって聞きましたけど」

 パーソナリティを務めている小坂も、ミュージシャンである。

 共同運営している内の1社に所属するアーティストで、アコースティックギターのソロらしい。ブースの周囲にいる人間の一部は、彼のファンもいるのだろう。

「いーんですか、他のメンバー、誰も行かなくて」

「とりあえずは啓一郎にどんなイベントか偵察してもらって」

「クロスもそのうち出演したり?」

「いーですねえ。したいですねー。随分、都内でライブやってないんですよ」

 トークのほとんどは和希に任せっ放しである。通常のライブでも、一矢と武人はステージ上でほぼ一言も口を開かない。Grand Crossのプロモーションが啓一郎と和希に集中してしまうわけである。

 ガラス窓の向こうには、Grand Crossのサポートレーベルであるロードランナーの藤野の姿が見えていた。

 マネージメントを行う人間はアーティストが所属する事務所の人間で、Grand Crossで言えばブレインの佐山が該当する。が、Grand Crossがソロではなくバンドである以上マネージャーがケアをする人間は1人ではなく、今日のようにばらばらに仕事をされた日にはどれをケアするのかと言う問題がある。

 そこをカバーする為に、Grand Crossに関しては、ロードランナーが人間を割いてくれていた。佐山の手が回らないところを、藤野がフォローしてくれることになっている。

 24歳の藤野とはメンバーも年齢が近いし、佐山とも年齢が近く、インディーズレーベルの中である程度の仕事を任されている彼は気が利くし頼りにもなる。

 デジカメを片手に収録の様子を写している藤野を眺めていると、ふとそこからやや離れた位置に、周囲の人だかりとは少々空気の違う女性がいることに気がついた。野次馬にしては目立つ雰囲気、見る側ではなく見られる側の匂い。

 通常、人前に立つ仕事をしている人間と言うのは、顔かたちだけではない華がある。

 美人でファッションセンスの良い一般人がサングラスをかけたところで、「芸能人だ」と認識する人間は恐らく余りいない。空気がどうしたって『一般人』だからだ。

 けれど人前に立つ仕事を本当にしている人間は、質素にしていてもわかる。放つ匂いが違うものだ。

(京子……)

 コットンニットの可愛らしいキャスケットを被り、マロンブラウンのサングラスをかけているけれど、こうして客観的に見ていると京子はやはり『芸能人』だった。

 Opheriaは確かに売れているバンドとは言えないが、以前からモデルの仕事をしていて、Opheriaとしても音楽ではなくヴィジュアルの仕事――ポスターやカタログのモデルのような仕事が増えているらしい今、一層、一般人とは空気感が異なる。

 そばにいて、言葉を交わしていればそれほど感じないものを、こうして人の中に置いてみると良くわかるものだと、妙な気持ちになった。

「……だよね。一矢」

 一矢が気がついたことに、向こうも気がついたらしい。小さく笑って、手を振る。まさかそれに振り返すわけにもいかないから黙殺しつつ動揺していると、唐突に話を振られた。

「は?」

「……ね? こう言う感じで。俺にお任せなわけですよ」

「あー、なるほど。上手いなあ、和希くん」

「凄いでしょ。収録最中にここまで徹底してトランス出来るあんたが俺は羨ましい」

「ごめん、まじ聞いてなかった」

「一緒に仕事しようよ」

「うん。追い追い」

 ほぼ素に近い一矢の回答に、ガラスを挟んだ向こう側でギャラリーが喜んでいるのが見える。

「じゃあ一緒にお仕事しましょうってことで、曲紹介は一矢くんにやってもらいましょーかー」

「あー、はいはい。じゃあ、今は亡きヴォーカル啓一郎の作詞作曲で」

「生きてるって」

「聴いて下さい。――『KICK BACK!』」


 京子は、次の1月でブレインとの契約が終了して、ソロやユニットを多く扱っている大手事務所へ移籍することが決まっている。

 その後の活動についてはまだ明確に決まっているわけではないが、どうやらそちらの事務所に所属している女の子とツインヴォーカルのユニットを結成することになりそうだ。

 挨拶がてら、広田と一緒に先方の事務所を訪れた帰り、一矢がラジオの公開収録があるスタジオがこの付近にあることに気がついて、足を向けてみることにした。時間的にも、ちょうど良さそうだ。

 一矢に対して、少し強引な真似に出過ぎているだろうか、と言う気がしていなくもない。

 一矢の本心がどこにあるのか読めていないから、場合によっては京子の想いは鬱陶しがられる可能性だってゼロではないのだ。それは、自分でもわかっている。もちろん、怖い。

 けれど、引っ込み思案なままでは駄目なのだ。自分が好きだと思うのだから、自分が動かなければ何ごとも進まないだろう。

 まだ、引き下がるには早過ぎる。

 彼の本心がわからないのだから、引き下がるのであれば少なくとも「嫌われている」「鬱陶しがられている」ことが読めてからだ。

 それまではまだ、動いてみる価値がある。そう思う。

 今までの自分の生き方は、常に受身だった。モデルの仕事を始めたのも、友達に強引に誘われて応募したものだ。音楽への転向も、ブレインへの移籍も、そして更なる移籍も、全て周囲に決められるままにやってきた。

 自身の意志で「こうしたい」と決めて動くのは、初めてだ。迷惑がられるのは怖い。けれど、どうしてももっと一矢がどういう人なのかを知りたい。

「……え? いやだって、ここに立派な宣伝塔がいらっしゃるので」

「宣伝塔って言うなよ。俺、別にトークが得意なわけじゃ全然ないんだけど」

「いよ。学級委員」

「へえ。和希くん、学級委員なんですか?」

「……今は学級がそもそもないんだけど」

 Grand Crossの活動予定は、先日まで調べるのが至難の業だった。

 まだ正式にはデビューを果たしていない彼らは、オフィシャルウェブサイトなどが立ち上がっておらず、本人たちの予定も変動的で、きちんとアナウンス出来る状態になかったのだろう。

 けれど、ようやく先日オフィシャルウェブサイトが立ち上がった。事務所でいちいち確認するよりは、やはりそちらを確認する方が手っ取り早い。そう考えて今は、京子も他のファンと同様にサイトでスケジュールをチェックするようにしている。チャンスがあれば掴みに行かなければいけないのである。

 公開収録と言うことで、ブース前にはささやかな人だかりが出来ていた。

 どれが彼らのファンで、どれがただの通行人なのか、京子には良く区別がつかない。

 ファンの女の子に睨まれても嫌なので、やや離れた後方の壁に背中を預けて、京子は収録の様子を眺めていた。ブースは少し高い位置に設置されているので、距離は出来るが見えない距離でもない。

 京子はまだ一矢がドラムを叩いている姿と言うのを見たことがないから、そのうちGrand Crossのライブにも足を運んでみたいとは思っている。だが、なかなか都内近郊でのライブをやってくれず、見に行くチャンスに恵まれないままだ。

 収録中の一矢は、京子の前で見せる姿と大差ないような気がした。それがどこか、寂しい気持ちにもさせる。

 オフィシャルな姿と自分の目の前の姿が同じ――それは、京子が一矢にとって、プライベートな人間と認識されていないことのような気がする。

 そして、オフィシャルにおいても砕けたその姿は、さりげなく人との間に垣根を作ることに慣れているかのようにも思えた。

「あの、すみません」

 ブースの外に向けてスピーカ越しに流れるトークにくすくす笑っていると、不意に横合いから声を掛けられた。先ほどからデジカメを片手にうろうろしているので、関係者だろうと思われるが、見知らぬ男性なので、京子は内心僅かに警戒した。

「はい」

「あ、ごめんなさい。別に怪しい者じゃないんですけど。収録中のGrand Crossのスタッフです」

「はい……お疲れ様です」

 やはり、とほっとしながら挨拶をすると、男性はにこっと人懐こい笑みを浮かべて、手の中のデジカメを弄びながら首を傾げた。

「Opheriaの人、じゃないですか? 違ったら俺、めちゃめちゃ変な奴ですけど」

 そのおどけた言い方におかしくなって、京子は白い歯を覗かせながら頷いた。

「はい」

「ああ、良かった。確か同じ事務所ですよね? って言っても、俺自身はブレインの人間じゃあないんですが」

「そうなんですか」

「ええ、まあ。お手伝いさんだと思って下さい。申し遅れましたが、ロードランナーの藤野です」

「あ、Opheriaの大橋です」

 名刺を渡されてつい受け取りながら頭を下げる。収録の方では2曲目が流れ出していた。

「メンバーと友達だったりするのかなと思って。後で、良かったら顔合わせて行きますか?」

 それで声を掛けてくれたのだろう。そう判断して、京子は顔を横に振った。

「いえ。余り、面識があるわけじゃないんです。ただ、この近辺で打ち合わせがあって、その……通りがかったって言うか。同じ事務所なのは、知ってましたし、つい」

 オフィシャルな場で押し付けがましくそばに行くのは、迷惑度数がかなり高いだろう。そのくらいはわかっている。

 そう曖昧に笑うと、藤野はデジカメをかしゃかしゃと弄びながら、「そうですか?」とにこやかに頭を下げてその場を離れていった。間もなく楽曲が終わり、トークが再開される。

「……と、言うわけでえッ。今日のゲストは、Grand Crossの和希くん、一矢くんのお2人でしたあー」

 再び黙ってそれに目を向けていると、やがて最後の曲が流れ始めた。和希と一矢がブースの内側から、外で見守るファンに向かってひらひらと手を振っているのが見える。

 通行人はこのタイミングで三々五々帰って行くから、残っているのはGrand Crossのファンなのだろう。そんなことを思っていると、意外と残る人間が少なくないことに気がついた。

 京子は、Opheriaと言うバンドでプロとして一応活動しているとは言え、元々音楽をずっとやって来ているわけではない。ゆえに、アマチュアからプロへ伸し上がると言う世界がどういうものなのかを良く知らないので、素直に驚いた。

(凄〜い……)

 ざっと見る限り、30人くらいはいるのではないだろうか。デビューする前で、これだけの人が頼みもしないのに自動的に集まるものなのか。それとも、こういうものなのだろうか。

 ついつい感心していると、ポケットで携帯が鳴った。取り出してみると、メールを受信しているところだ。完了するのを待っている間に、ブースの中から和希とそしてメールの送信主が姿を現した。

「お疲れさまー」

「凄いね、何しに来てんの?」

「見に来たんだよおー」

 ファンのコたちと言葉を交わす声が聞こえる。

「一矢、仕事しなよー」

「みんなで写真撮ろーよー」

 やや離れた位置にいる京子は、どきどきしながらメールの文面に視線を落として、一矢たちのいる場所に背中を向けた。――『その辺で待ってて』。

(待ってて、良いのかな……)

 そう言うということは、この後仕事があるわけではないのだろう。

 携帯を片手に握り締めたままで、その場を離れる。どこで待っていようか逡巡して、収録のあったスタジオから一本入った路地裏の喫茶店に足を向けた。

 中に入って席に着き、オーダーを済ませたところで再び携帯が京子を呼ぶ。

「は、はい」

「京子? お疲れ」

 思ったより早いことに驚きながら、耳元で聞こえる一矢の声に、京子は笑みを覗かせた。

 うざったいと思われるかもしれない、と言うのは、杞憂だと思っても良いだろうか。

「お疲れさま」

「驚いた。どしたの?」

「ううん。たまたまこの近くに仕事で来たから」

 とりあえずそこに嘘はない。京子の回答に、一矢は小さく「ふうん」と呟くと、改めて尋ねた。

「で、今どこ?」

「ええと、スタジオ出て、左手の路地入ったところに『フェリオ』って言う喫茶店があって」

「んじゃ、向かいます。待っててねん」

 あっさりと電話が切れると、携帯をしまいながら京子はテーブルに頬杖をついた。運ばれて来たティスカッシュにストローを差し込みながら、携帯を見下ろす。

 未だに、どきどきする鼓動が収まらない。どころか、速くなる。

 一矢の負担にならずにそばにいたいから、「別に彼女にして欲しいわけじゃないわ」と言う姿勢でいようとは思っている。

 ライトな関係。遊びの関係。嫉妬したり、悩んだり、そういうことのない間柄。

 けれど、果たして自分にそれが演じきれるだろうか。

 付き合ったことさえない京子は、当然の如く男遊びなどしたことがない。『男女の要素を含んだ友達』と自分で言いはしたものの、本当に一矢を好きでいる以上、こうしたつまらないことに意味が欲しくなる。

(駄目、駄目。そういうんじゃないんだから)

 一矢は誰でも良いと言った。京子でなくても、恐らく全く同じ態度に出るのだろう。

 そう言い聞かせておかないと、油断すると期待する自分が怖い。

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