勝つための道筋
距離が有り、尚且つ少ない街灯頼りの薄暗い中ではその姿をはっきりと確認する事は出来ない。
けれども、粘土の様な軟らかい姿に見えた泥人形は、身体が変形して凹んだり欠けたりはしていない様に此処からは見える。
『イーストステアーズ…それもまた、私が求める物――』
不思議な事に、これだけ距離が有るというのに、その泥人形の声は先程までと同じ音量で聞こえてくる。
まぁ最初から、頭の中に直接響いている様な不思議な声だったのだから、今更驚く様な事でも無いのかもしれないが。
泥人形は時雨が使った力も自らが求めるものだと察知した様で、今度は時雨に向かって動き出す。
だが、その動きは先程と同じ様な力任せの突進だ。同様に、時雨の炎の剣によっていなされる。
先程は僕達から引き離すのが目的で爆発させる紋章術を使ったのだろう。今度は、新たに紋章術を使う事無く、時雨は剣によって泥人形の攻撃に対処し続ける。
そのまま、二人の攻防が続く。
それを視界に収めながら、僕は思った事を口にする。
「コピーしたと言っても完全じゃないのか? あまりにも行動が単調過ぎる」
泥人形が行っているのは自らの拳や脚を使ったパンチやキックだけだ。そこに多少の動きの違いやフェイントなどが含まれてはいるが、どう見ても予知夢で見た攻防には程遠い。
「そうか? あの体術は一朝一夕で出来る様な物ではなさそうだが?」
と、僕の感想に対して父さんが反論を漏らす。
それはそうだろう。あの動きだけ見れば、それに付いていけている時雨に称賛の言葉を送らずにはいられない。
だが、明らかに違う。それは――
「アルドを使った能力をアレは使ってないという事か」
僕が口にするよりも早く、紫雲さんがそう言った。
体は大量のアルドで出来ているというのに、能力を全く使わないというのはおかしな話だ。
ザルードの姿や心の中までコピーしたのだとしたら、使える能力まで一緒になっていると考えた方が自然だ。
だが、今目の前で繰り広げられている攻防では全く能力が使われていない。
泥人形が何も使わないため、時雨もただ手に持つ剣だけで対応出来ているのだ。
「能力が使えないのかしらね。あの泥人形からしてみたら、アルドを使うという事は自らの身体をすり減らすという事になるのだから」
美来さんが紫雲さんの言葉を受けて、そう意見する。
「なるほどね。ところで、ザルード君…で良いんだよね?」
と、父さんがザルードへと呼び掛ける。その名を呼んだのは、泥人形が名乗っていた事の確認だろう。
ザルードは未だに星河からの治療を受けながらも苦しそうに顔を歪めていたが、父さんの呼び掛けにはすぐに答えた。
「何だ?」
「少し意見を聞きたいんだけれども…俺はあの泥人形を倒すためには、奴を構成するアルドを全て霧散させるしかないと思うのだがどう思う? 霧散させた黒いアルドはこの世界にまだ悪影響を与えると思うかい?」
その父さんの問いに、ザルードは時雨と戦っている黒い影をしばらく目で追った後に、ゆっくりと口を開いた。
「それで、奴はあんな無駄なちゃんばらを続けていた訳か」
それは、時雨が能力を使って一気に攻めずに、ただその場凌ぎの剣での対応しかしていない事へ納得した言葉。
能力を使って泥人形を倒す事が出来たとしても、それを構成する黒いアルドに依ってこの地が汚染されてしまっては元も子もない。
時雨は、どうすれば良いのか僕達が結論を出すまでの時間稼ぎをしているのだ。
「で、意見はして貰えるのかな?」
中々回答を口にしないザルードに対し、父さんは答えを促す。
僕達には情報が全く無い。
だから、少なからずアレに対して知識を持っているであろうザルードの意見は、出来る限り聞いておきたいのだろう。
「言った通り、シュトゥルーであんな物は見た事は無い。黒いアルドと戦うなどという経験は私も初めてだ。黒いアルドは意志など無い自然災害。出会ったらただ逃げるしかなかった。だから、その問いに対する答えを私は持ち合わせていない。だが――アルドの性質を考えれば、自ずとその答えは出よう」




