シュトゥルー
「何なんだって、お前への増援なんじゃねーのかよ?」
そんな異常な声色のザルードに対して、事も無げにそう言ってのける時雨。
「増援? あれが…? 馬鹿を言うな。あんな物、誰が制御出来ると言うんだ!?」
ザルードの答えは、何故か最後には、怒りの込められた叫びへと変わっていた。
「君に関係が無いというのなら、あまり大声を出してアレを刺激する様な事は遠慮して貰えないかな」
そう言ったのは父さんだ。
すると、今度は抑えられた声で、ザルードは父さんへと向けて話し掛ける。
「お前は、あれが何か分かっているのか?」
「分からないから我々も困っているんだが…。アレはゲートを通り抜けてこちらに現れたモノだ。むしろ、アンビシュンの君の方が良く分かってるんじゃないのかな?」
状況は、思っていた以上に複雑な様だ。
アレはアンビシュン関係の何かだと僕達は思っていたが、ザルードが知らないという事は、別の違う何かなのだろうか。
「あんなものが…あんなものが……アンビシュンと関係有る訳が……」
父さんの問いに対し、ザルードは否定の言葉を言おうとしている様だが、言いきれない――そんな雰囲気を僕は読み取る。
「あんな禍々しいアルド、この世界じゃあ感じた事はないぜ。アンビシュンってのはあんなのを使役しているってのか?」
時雨の問いに、ザルードは即座に睨み付けて来る。
「ふざけるな! 我々を何だと思っている!」
抑えられていた声が、再び大きくなる。
やはり、戦い合っていた相手という事で、時雨に対しては特に厳しい反応になってしまうのだろう。
「何って、アンビシュンだろう? シュトゥルーの俺達の先祖が住んで居た国を侵略して…今またこの世界を侵略しようとしている」
その時雨の言葉に、今度は落ち着いた口調でザルードは話し出した。
「我々も貴様達も同じ人間だ。そして、人は奪い合わなければ生きていけない。生きるために必要なものを他者から奪い、勝ち取る。それが自然の摂理だ」
「ふん、自分達の侵略を正当化しているだけじゃねぇか。少なくとも、今俺達が生きているこの国では侵略なんてもんは行っちゃいねぇ。それでも、皆助け合って生きてるじゃねぇか」
時雨の反論に、ザルードは自嘲する様な笑みを浮かべる。
「そうだな。確かにここは……良い国だな。短い間だが、ここでの人々の暮らしを観察し、私はそれを理解したつもりだ。だが! だがシュトゥルーは違うのだよ!」
語気の荒くなった自分をいさめるためか、一度ザルードは言葉を切るが、元の口調に戻り改めて話し出す。
「此処程豊富な水がある訳ではない。此処の様な豊かな大地がある訳ではない。常に、我々は生きるために戦い続けなければならないのだ。人とだけではない。自然と。大地と」
「先祖が住んでた国ってのは豊かだったと伝え聞いてるぜ? それが今は荒れ果てているってのかよ?」
「その通りだ」
時雨の指摘に、ザルードがすぐさま肯定の返事をする。
「その原因が、アレだという事か」
そう口にしたのは、時雨では無く父さんだった。
アレというのはもちろん、あの禍々しいアルドの塊。
沈黙を肯定と受け取ったのか、父さんが言葉を続ける。
「ならば、やはり君はあれが何なのか知っているという事になるね。知っている事があるなら教えてくれないか? 君の言う事が本当だとしたら、アレを放っておいたら此処も不毛の大地になるという事なのだから」
しばらくの沈黙の後、ザルードはゆっくりと口を開いた。
「闇のアルド、黒いアルド、破滅の使者…言い方は様々だが、それによって我々の世界は蝕まれている。それはあのような人の姿を取る物では無く、ただの…そう、ただの自然災害だ。何時何処で、どのようにして発生するのか…誰もそれを知らない。だが、それが染み渡った大地は作物を作る事の叶わぬ死の大地と化し、人が浴びればその者は心を狂わす。死んだ大地も狂った人も、そこから回復させるのは並大抵の努力では不可能だ。数年、数十年かけてやっと少し力を取り戻すかどうか…そんな事に耐えられる人は少ない。諦め、新しい土地へと移る者の方が圧倒的に多い。そんな事を繰り返している内に国土は徐々に減って行き、人もまた減って来ている。それが今の…否、貴様達の先祖がシュトゥルーに居た時からの変わらぬ現実だ」




