選び取った未来
斜めに断たれた巨木が、ゆっくりと滑り落ちる様にしてそのバランスを崩していく。
ずずずずず――ずどーん!!
重々しい音と共に、地面へと横たわる百年以上の時を過ごして来た巨木。
そうして巨木が倒れた事によって舞い上がる土埃が収まらぬ内に、父さんが残った切り株へと歩み寄る。
そして、切り株の中心へと持っていた小石を置き、気合を込める様に、
「はぁああ!!」
叫んだ。と、同時に、小石が眩く輝き出し、切り株の周囲が淡い緑色の光に包まれる。
父さんが振り向き、
「お疲れ様。これで、俺達の仕事は終わりだ」
そう言って僕へと腕を伸ばすのと、全身から力が抜け、僕が前方へと倒れ込むのはほぼ同時だった。
「はは、なんだこれ。体に、力が入らないや…ははは」
僕は父さんに支えられながら、そう言って笑う。
本当に、全身から力が抜け落ちてしまって、全く身体が動かせない。けれども、自然と笑いだけは込み上げてきて、自然と口から笑い声が漏れていた。
「ああ、一輝はゆっくり休んでくれ。後は俺達で――」
そんな父さんの言葉を聞きながら、僕は眠りへと落ちて行った。
「やった! やったよ、お父さん!」
星河が喜び、すぐ近くに立っていた父親、修司さんの元へと駆け寄る。そしてそのまま、胸の中へと飛び込んだ。
「ああ、良くやった。本当に良かったよ」
そう言った修司さんの声は、若干、涙声の様に聞こえる。
修司さんはそのまま、愛娘の頭を優しくなでる。その視線は、星河の背後の上空へと向けられていた。
天高くそびえる輝く塔。その先端は、雲の上まで伸びているのか見通す事は出来ない。
この光の塔が、シュトゥルーとこの世界とを繋ぐゲートを封じる結界なのだ。
この地点を囲む四つの起点、それらとこことを結び付け、強力な結界を生み出している。
光の塔は、段々とその輝きを失っていき、最後には何も見えなくなってしまう。それはそうだ。今まで有った結界だって目に見えるものでは無かったのだから。
けれども、そこにははっきりと結界が存在している。それは、アルドを感知する力を持つ物ならばすぐに分かるだろう。
「これで、後は皆が集まってきて、時雨君の方の相手を何とか出来れば…」
修司さんが呟く。
会議で決まった内容では、結界が完成した後に時雨がザルードをここへと誘導して来て、集まった皆の力でザルードを拘束するという事になっている。
拘束するというのは人道的な理由もあるが、何より向こう側の情報が欲しいからだ。
ともあれ、後は待つだけ…そう思っていたであろう二人の元に、奇妙な音が聞こえて来る。
「ググ…グ…グガガ……グ」
二人は咄嗟に音の方向を振り向く。
そこは、今さっきまで光の塔が立っていた場所。つまりは、ゲートの中心点。
ぱっと見では何も見つからなかった。
だがしかし、
「お父さん! あれ!」
その指さしながらの星河の叫びで僕も気が付く。
結界の中心部分に、つまり空中に、黒い点の様な物が浮いている事に。
それは、僕が予知の中で何度も見た光景。それとそっくりだった。
黒い点が、段々と大きく広がって行き、空中に真っ黒な円が広がって行く。
おかしい。僕は予知したはずだ。こんな事の起こらない未来を。
だが、そこで気が付く。
僕が予知したのは結界が張られるまでの未来で、その先――結界が張られた後の事など何も見ていなかったのだという事に。
それもそのはず。結界が張られれば、もう闇が――黒い汚泥の様な物がこちらにやって来るとは全く考えてもみなかったのだから。
「な、何だあれは…?」
修司さんは大きく広がって行く黒い輪を、怯えの含まれた目で見つめていた。
「グググ…グガガガガ!」
円が広がって行くに従って、聞こえて来る音も段々と大きくなっていく。
「な、何なの? あの音…」
星河が呟きを漏らすのと、「べちゃり」という音が鳴るのが重なった。
予知で見た通り、地面に真っ黒な泥を落とした様な跡が広がる。
ただ、見えた未来と異なる点もあった。
僕が予知した中には、汚泥が地面に落下しても、その黒い円が残ったままの未来しか無かった。
けれども目の前では、汚泥が地面に広がると同時に、空中に浮かぶ黒い円が消え去っていた。




