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クラウド・ルインズ  作者: 時野 京里
二章 前兆
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物知り雅人

 何事もなく本日の授業も終了し、放課後となる。

 ぼけっと席に座ったままでいると、後ろから声を掛けられる。

「どうした、一輝。帰らないのか?」

 振り向くと、すぐ傍に雅人が立っていた。

「ん、あ、ああ」

 僕は慌てて鞄を手に取り、帰り支度を始める。


 結局、結論は出なかった。一日中考えていたけれども、青木時雨に接触するかどうか、決めることは出来ていない。

 とは言うものの、考え続けているということは、接触しないという結論と同じことで……。


 授業という退屈な時間から解放され、部活へと向かう生徒や帰宅する生徒達が行き交い騒然とする校内を抜け、雅人と連れ立って玄関まで来る。

 と、今日一日中僕を悩ませていた人物の姿が目に飛び込んでくる。

「あ…」

 思わず声が出た。

 初めて話した時と全く同じ場所。けれども、今はその時と逆で、内履きから登校靴へと履き替えている最中。

「ん? どうかしたのか?」

 気が付かなくても良いのに、しっかりと僕の声を見逃さない雅人。

「あ、いや、何でも――」

 と答えたが、雅人は既に僕の目が捕らえていた人物へと視線を向けていた。

「ああ、青木時雨ね」

「え、知ってるのか?」

 意外なことに、雅人は彼のことを知っている様子。

 驚き聞き返すと、さも当然といった顔で雅人はこちらを振り向く。

「そりゃあね。A組の転校生だろ。ま、学年が上がるのと同時に来た転校生だから、それ程話題になることはなかったけど、女子の間じゃあ結構有名なんだぜ。あの風貌じゃあねぇ~」

 靴を履き替え終え、外へと出て行く彼の背中を見送りながら雅人はそう説明してくれる。

 夢の中での印象が強すぎて、そんな一般的な感想を思い浮かべている暇は無かったが、言われてみると、確かに青木時雨は十人中十人が認めるであろう美男子だ。

 けれども、今朝見たときもそうだったが、彼の周りには女子の姿は全く見当たらない。

 彼はただ独りで悠然と校門へと向かっている。

「女子の間でって…お前は違うだろ。それに、別に女に囲まれてるって風でもなかったし」

 僕達も靴を履き替え終え、歩き出しながら話を続ける。

「まあ、俺の情報網を舐めるなってことさ。あいつ、確かに女受けする顔なんだけどさ、なんか人と関わるのが嫌いらしくてさー、転入当初こそ女子に囲まれてたが、全くの受け答え無しで無視を続けてた結果、誰も近付かなくなっちまったらしいぜ。ま、その孤高な感じがまた良いって、密かに女子共の間じゃあ人気は続いてるらしいけどな」

 なるほどね。モテるってのにわざわざそれを邪険にするやつの気持ちは分からないが……。

 それにしても、

「雅人良く知ってるなー」

 素直な感想が漏れる。

 僕なんて、A組に転校生がいたことさえ今日まで知らなかったってのに。

 それを、雅人は良くもここまで知っているものだ。

「まあ、普段だったら俺もわざわざそんなこと覚えてたりしないんだけどさ。あいつはちょっとね」

「ちょっと? まだ何かあるのか?」

 奥歯に何か挟まったような言い方に、雅人へと顔を向けて問い詰める。

 まさか、雅人は青木時雨があんな化け物達と関係があることを知っていると…?

「いやー、大した事じゃないんだけどね。あいつの引越し先ってのがうちの近所……ってか同じアパートだったってだけさ。話したこともない。俺が出掛けてる時に、引越しの挨拶には来たらしいんだけどな」

「え、あのボ――」

 言いかけた言葉を、すんでの所で飲み込んで止める。

 流石にそれは雅人に悪いだろうと思ったのだが、僕の言おうとしたことはしっかりと伝わってしまったようで、

「ははっ、別に気にするなよ。うちがボロアパートなのは、誰が見ても一目瞭然なんだからさ」

 と気楽に笑っている。

 本人が良いと言ってはいるが、気が引けるので笑って誤魔化す。

「あはは、そか。まぁでも意外だな」

 何が意外かって、あの夢に出てきた、聖風家と関係があるような人物が、安アパートで暮らしているのだということがだ。

 けれども、雅人はそんな僕の心中を知る由もなく、

「そうか? まぁ、気取ってる風ではあるから金持ちそうなイメージはあるかもな。でも、あいつ一人暮らしみたいだし、結構きつい生活なのかもよ。毎日、夜遅くに出掛けて行ってるみたいだしな。隠れてバイトでもしてるのか…?」

 なるほど、それでか。

 雅人があの化け物たちのことを知ってるなんて考えは、どうやら僕の杞憂だったようだ。

 雅人がやけに青木時雨について詳しいのは、同じアパートに住んでるというのはきっかけに過ぎないようだ。

 詰まるところ、同じ苦学生仲間として気に掛けているということが理由なのだろう。

 けれども、この小沢雅人という男は同情されたりとかしたりとかを良しとしない奴だということは良く分かっているので、僕は特に気にせずに話を続ける。

「夜遅くにバイトねぇ。働いている所でも見かけたのか?」

「いや、それはないんだけど、俺がバイトから帰ってくる時に、出て行くのを何度か見かけたことがあるからさ。決まって十時頃だったし、それに――」

 言葉を止め、にやりと怪しげな笑みを浮かべる雅人。

「それに?」

「あいつなら、歳を誤魔化してホストとかやってそうじゃねぇ?」

 冗談めかして答える雅人。

「って、それ冗談に聞こえねぇ! 本当にありそうで恐いな」

 あっはっはっ、と僕達は腹の底から声を出して笑い、そして、その話はそれで終わり。

 今までの話も、雅人にとってはいつもと変わらない雑談の一部で、そのまま昨日見たテレビの話題へと話はスライドして行く。

 だが、今の話は僕にとっては別の意味を持つ。

 青木時雨……やはり彼には何かあるのではないか、と。


 そして、いつもの喫茶店の前で雅人と別れるまで、たわいもない雑談をしながらも、僕の心の片隅にはやはり彼の事が引っかかっていた。



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