挑戦
刃渡り二メートルにも満たない刀で、ただの一振りでこの巨木を切り倒す――この刀がどれだけ鋭い切れ味を有していても物理的に無理だろう。
だが、アルドで出来た刃は僕の意志に反応する。
この巨木を切り倒すという意志に応え、刃の長さは優に五メートルは超える。
けれども、アルドの刃には重さは無く、腕に感じるのは最初にただの円筒を握った時と変わらぬ重さだ。
後はこれを、右から左へと振り抜くのみ。
僕は今まで以上に意識を集中し、そして、未来を見る。
一刀の元に切り倒される巨木の未来を。結界が、何事も無く新たに張り直される未来を。
見なければいけないのは此処では無い。
巨木が切り倒されるという未来は、ここから僕が腕を振るえばほぼ確実に確定する未来だ。
選ばなければならないのはその先。結界が破られた後、新たに張られるまでに何も起こらないという未来――その未来を選び取らなければならない。
だから、見るのは街のほぼ中心に位置する大きな公園、星河の居る結界の中心地だ。
昨日の特訓では、目の前にある父さんの動きから未来を予知して選び取った。 だが、今日は、遠く離れた地の未来を予知して動かなければならない。
出来るのだろうかという不安も最初はあったが、そもそも遠く離れたものを予知してきたのが、今まで見てきた予知夢では無いか。
ならば、むしろこっちの方が慣れているはずだ。
僕は自分にそう言い聞かせ、クラウドルインズへと意識を込める。
――望む未来を!!――
「――っく!!」
僕は息を飲み、構えていた輝く刀を思わず落としそうになる。
「どうした一輝?」
僕の異変を察知し、父さんがすぐに声を掛けてきた。
「ご、ごめん。見えた未来が余りにも――」
未来は見えた。はっきりと。
だがそれは、僕の、いや、僕らの望むものとは全く違っていた。
運動をした訳でもないのに、僕の心臓は、激しい運動をした後の様に早鐘を鳴らすかのような鼓動を繰り返している。
僕は、大きく深呼吸を繰り返す。
何とか鼓動が落ち着いて来た所で、僕は続きの言葉を口にした。
「黒い、真っ黒い闇の様な物が、開いたゲートからあふれ出してくる…そんな未来がいくつも重なって見えた。どの未来も、全部。全部が…真っ暗な闇だ」
僕の言葉に、父さんはすぐには応えられなかったのだろう。しばしの沈黙の後に、やっとという感じで言葉を紡いだ。
「そうか。いや、そうだろうな。始めから分かっていた事だ。そんな簡単な事ではないと。だからこそ、クラウドルインズで未来を選び取るんだ。一輝、焦らなくて良い。時間はたっぷりある。だから、何度でもタイミングを合わせ、闇の現れない未来を…頼むぞ」
「ああ、分かっている」
僕は再び気合を入れると、改めて刀を構え直す。
そして、意識を集中させる――
星河が居る。その前で、空間に小さな墨を落とした跡の様な黒い点が現れたかと思うと、それがじわじわと広がって行く。
直径一メートル以上の円形へと広がったその黒い染みが、どろりとした汚泥があふれるかの様に形を成す。そして、べちゃりという音が聞こえて来るかのように地面へと落下し、飛び散って、その跡を広げ――
「ハァ…ハァ…ハァ…」
僕は乱れる心音を落ちつけようと、大きく呼吸を繰り返す。
どうやっても黒い未来しか見当たらない。
大体、何なんだ? あの黒い塊は。
泥があふれて来る? 下水道管の蓋を開く訳じゃないんだぞ。
黒い影というと、予知夢の中でザルードが引き連れていた化け物達の姿が思い出される。
だが、あの汚泥の様な物はそれとは違う、もっと邪悪な何かの様に感じられる。
危険だと、僕の中の何かが告げている。
「大丈夫か?」
肩で息をする僕を見かねて、父さんが再び声を掛けて来る。
最初の予知で、見えるものが大体予測出来ていたにもかかわらずこの様だ。
情けない――そう思い、歯を食いしばりながら僕は答える。
「大丈夫。父さんは、僕がやり終えるのを落ち付いて見ていてくれ。すぐに動けるようにな」
父さんの仕事は、僕が切り倒した後に新たな起点を作成する事だ。こちらに意識を取られていてはタイミングが遅れてしまって、成功する未来が尚更遠退くというものだ。
そうして、僕は再度、刀を構え直す。




