時は来たれり
「ははっ、面白い考えで良いね。でも、本当にそうだったら、俺達にもその短命な遺伝子は残ってるんかな」
本気半分、冗談半分といった所だ。
シュトゥルーに行った事の無い僕からすれば、いくら昔話を聞いた所で本当かどうか分からないだろう。それは父さんも同じだ。
ただ、アルドを使ったこんな魔法の様な技術の発展している世界なのだから、この世界の常識からかけ離れている事があってもおかしくは無い。
「さーてな。じいさんは六十代で亡くなったが、純粋なこっちの世界の人間のはずのばあさんがじいさんよりも一歳早く亡くなったからな。平均寿命からしたらずっと若いが…変わらない様な気がするな」
父さんの言葉で、三年前に立て続けに亡くなった祖父母の事を思い出す。
二人共病気が原因ではあったが、老いというのも無関係では無かっただろう…。
と、そんな事を考えていたらしんみりしてしまう。
だから、気分を切り替える意味で、僕は口を開く。
「あっと、そうだ! 今回の件が落ち着いたら、この杉の木を調べてみるのも良いかもしれないな。見た目的にはこの世界の杉の木とそっくりだけど、全然違う種類だったりしてね。って、この木も切り倒さなきゃいけないだったっけ。せっかくの巨木が…残念だな」
「なーに、切り倒してしまっても、切り株から新しい芽が出て来るかも知れんしな。となれば尚更、成長速度が速いのかどうか、調べるにはもってこいじゃないか」
小さな芽が見る見る内に大きく育っていく所を想像し、自然と笑みがこぼれる。
「ああ、そうだな」
「ピルルルルルルッ」
僕がそう呟くのと、父さんのズボンのポケットから携帯の着信音が鳴るのはほぼ同時だった。
父さんはすぐに携帯を取り出すと、耳元へと持っていく。
「もしもし、礼也だ。ああ。了解した、修司」
それだけの応答で、すぐに携帯を切ると元のポケットへと戻す。
という事は、何事も無く順調に進んでいるという事だ。
僕は父さんへと視線を送り、その言葉を待つ。
すると、父さんは杉の木へと視線を送ると、一度下から上へとその全貌を見回すような仕草をした後に、僕へと向き直り、ゆっくりと口を開いた。
「他の三か所の起点の準備は無事整ったそうだ。後は、俺達が仕事を終えるのを待つのみだ」
僕は頷きで返す。
「タイミングは一輝、お前に任せる。それに合わせて、俺はこいつを設置する。頼んだぞ」
何時の間にか、父さんの手には小さな石が握られていた。それを手の平に乗せて僕へと見せる。
「ああ、やれるだけの事はやるさ」
僕はゆっくりと歩み出し、杉の木のすぐ前にまで移動する。
視界にはその巨大な木の幹だけがある。ここまで近付くと、枝葉が邪魔をして、見上げてもその天辺まで見通す事は出来ない。
目の前にして、この幹の太さを再確認し、やはり感動を覚える。
これだけ大きな木が良く育ったな、と。
だが、僕はこれからこの木を切り倒さなくてはいけない。
これを一瞬で切り倒す――普通に考えたら無理な話だ。けれども、僕にはクラウドルインズがある。
未来を見る能力の他に、この木を切り倒すための力を、ここに来るまでに僕は父さんから教えられていた。
僕は腰に下げているクラウドルインズの円筒を手に取る。そして、右手を上に、左手を下に。両手でしっかりと円筒を握る。
僕は目を閉じると、円筒を握っている両手へと意識を集中する。それだけで十分だ。
後は、クラウドルインズが僕のアルドと反応し、自動的に力を発動する。
目を開くと、そこには円筒から伸びた光の刃が現れていた。
そう、元からあった円筒が柄となり、輝く刀となっていたのだ。
「ふっ、そこまで簡単に出来る様になったなら、もう言う事は何も無いな」
後ろから、父さんの声が聞こえて来る。
「ああ。会議が終わった後に、まだ使えるようにならなきゃいけない能力があると言われた時は焦ったけども…昨日みたいな特訓じゃなくて良かったよ」
そう、会議の後に、あの地下室の中で父さんが軽く実演してくれたのを見た後に、数度試しただけだ。
「昨日の特訓でアルドの扱いは身に染みてるんだろ。すぐ出来ると思ったから、特に練習もしなかった訳だしな。まぁ、俺の経験上の話だが」
父さんも、じいちゃんから同じ様に教わって来たという事か。そうやって伝わってきたという事実が、プレッシャーとなると同時に、力にもなる。
僕は、皆の力を継いでここに立っている。皆が、僕ならやれると背中を支えてくれている。
意を決し、僕は大きく一つ深呼吸をすると、両手に握るその輝く刃を振り上げた。




