巨木の根元で
父さんに押される様にして、僕は円筒を前に掲げながら再び丘の方向へと一歩踏み出す。
すると、さっきとは明らかに違う感覚が体を包み込む。
まるで、巨大なゼリーの中に踏み込んだ様な…体を包む空気が重くなった様な気がした。
だが、それも一時。
数歩進むとその感覚もなくなり、普段と変わらない感覚が戻って来る。
「よし、無事抜けられたな」
父さんのその言葉で、結界の本当の中に入る事が出来たのだという事を実感する。
「ここが、中か。昨日、修行した…」
辺りを見渡しながらそう呟く。
さっきまで見ていた景色と全く変わらない。
目の前には小高い丘があり、その上には大きな杉の木が一本立っている。
「結界の中に入るにはクラウドルインズが必要。簡単だが、確実な方法だろう? そして、昨日ここで修業した理由も、クラウドルインズをこの中に置いておくのが、最も安全だったからだ」
「なるほどね。クレセントムーンで結界を張り、その後の管理はクラウドルインズでやるって事か」
世代を超えて守られてきたもの。それをこれから僕らは壊し、新しい物を作るのだ。
やはり、緊張するなという方が無理というものだ。
と、足を止めていると、
「ほら行くぞ。そろそろ連絡が来てもおかしくない時間だ」
父さんが再び前に立って歩き出す。
確かに、八時を過ぎてもう十分程経っている。
予知夢の中で、どの位の時間、時雨が待たされていたのかは分からないが、三十分以上待たされていたらもっと違う反応だっただろう。少なくとも、僕はそう思っている。
だから、何時時雨からの連絡があって作戦が開始されても良い様に、僕らは準備しておかなければいけない。
丘の中心へと至る緩い坂道を黙々と登り続ける僕ら二人。
やはり、父さんの口数が段々と少なくなっているのは、同じ様に緊張しているためだろうか。
そんな事を考えている内に、僕らは頂上の、巨大な杉の木の根元へと到着していた。
相変わらずでかい木だ。
時雨から聞いた話だと、僕らの先祖がこの世界に来たのは大体百数十年前位だという事だ。その時に、結界を張るために用意した木なのだとしたら、樹齢も百数十年という事になる。
だが、この木はどう考えても百年位の樹齢には見えない。この木だけではない。夢の中で見た善恩寺の杉の木も、聖風家に残っていた切り株も同様だ。
幹の太さが尋常じゃ無い位太い。十メートル以上あるんじゃないだろうか。
高さとしては二、三十メートル位だろうか。
はっきり言って、樹齢千年でも足りないんじゃないかと思う。
そんな事を考えていたため、気を紛らわすためにも話題を振ってみる。
「この木って、結界を張る時に植えられた木なのか?」
その問いに、父さんは数秒の間を置いた後に口を開いた。
「実際見た訳じゃないから確証は無いが、伝承ではそう言い伝えられているな。結界を張る時に、小さな種を起点に使ったとな」
「百年やそこらでここまで大きくならないよな?」
その問いに、大きく頷く父さん。
「ああ。今回の石もそうだが、起点にはクレセントムーンの力が、アルドが込められている。そのアルドが種に何らかの影響を与えて、普通じゃ有り得ない成長をした…てのが考えられる一つの可能性だな」
なるほど。能力の影響で、通常以上の早さで成長を遂げたという事か。
だが、一つの可能性と言ったからにはまだ何かあるはずだ。
「他にもまだ考えられる事があるのか?」
「そうだな。もう一つは、この杉がこの世界の物では無いという事だ」
この世界の物では無い? それはつまり、
「シュトゥルーから持って来た種だったって事か?」
「そう。この杉は、シュトゥルー原産の杉の木なんだ。だから、この世界の植物とは育つスピードが違うという可能性も有り得る。まぁ、どっちも確認する術は無いがな」
「どっちも有り得そうな話だな。うーん、でも、シュトゥルーから持って来たってだけで、ここまで成長スピードが変わるとは思えないから、最初の方が可能性は高いか」
僕がそう言うと、父さんはチッチッチと指を振り、
「俺としては二つ目の可能性を押すな。これも聞いた話でしか無いんだが、この世界に最初に来た俺達の御先祖様達は、皆がとても短命だったって話だ。それこそ、子供の顔を見れなかった人も居る位に。それを考えると、こっちの生き物とシュトゥルー出身者とでは成長スピードが違うってのも考えられない訳でもないだろう?」
そんなトンデモ話を披露してくれた。




