結界の中へ
「ああ、そういう事か。いや、そうだな。当然になり過ぎてて失念していた。そういや、まだ話してなかったな」
「ん? どういう事なんだ?」
一人納得している父さんに先を促す。
「いや、結界についてお前にはちゃんと説明してなかったんだな、と。ここの結界というのは、単に中に入れなくなるってものじゃないんだ」
そうこう話している内にも、僕らはどんどん丘へと近づいて行く。
「ん? 入れなくなるだけじゃなくて、入ろうとした記憶を忘れるとか?」
僕の考えに、父さんは首を横に振る。
「はっ、そんなんだったら、友達同士確認し合ったらすぐにおかしいって気が付かれる。怪談の種になるどころか、調査する奴らも出て来るだろうよ」
確かに。僕の考えは穴だらけか。
「じゃあどういう事だ?」
すると、前を歩く父さんが足を止める。
気付くと、そこはもう丘のすぐ下と言っても良い所だ。
「ここはもう既に結界の中だ」
「は?」
結界の中って、阻まれる感覚も、何かを通り抜ける感覚も全く無かった。
「そうか、やっぱり気付いて無かったな。まぁ仕方ないな。お前はまだアルドについては知ったばかりだ。その感知も、意識を集中してなきゃほとんど分からんっていうのも当然か」
言われた通り、昨日修行はしたものの、常にアルドに注意を払うというのはまだまだ難しい。
慣れれば来夢の様に、アルドの感知だけで、周囲の様子を目に見るよりも良く分かるようになるらしいが、その域には程遠い。
すると、父さんは踵を返し今来た道を戻り始める。
「え、ちょっと?」
「良いから付いて来い。今度は、周囲のアルドにちゃんと注意を払っておけよ」
言われた通り、意識を集中しながら父さんの後に続く。
すると、
「え、今の?」
十メートル程進んだ所で、何か薄いカーテンの様な物を潜り抜けた様な感覚がする。
「流石に集中してれば分かる様だな。今、結界を抜けた所だ。お前自身実感しただろ。普通の人は、結界を抜けても全く何も感じないって事をな」
それは分かった。しかし、
「いや、結界抜けられたら駄目だろ? 入らせないための結界じゃないのか?」
「確かに、起点に近付かせないための結界だ。だが、この結界は中に入る事が出来る。つまり、この結界は、結界によって作られた別の空間へと入れるようになる結界だという事だ」
何故か自慢げに話す父さん。
張ったのは父さんでは無く月夜さんだろう、と突っ込みはしないが、
「って事は、今入ったのは結界によって作られた空間?」
と、問い掛ける。
「そういう事だな。結界によって作られた空間には、本来あるのと同じ、丘の上に杉の木が立っているという風景がある。つまり、常に元となる空間のコピーが再生されている空間だという事だな。だが、実際の空間とは違う。起点はそこでは無い」
何だか原理は凄く難しそうだが、簡単に言うと、結界がある限りは起点には辿り着けないが、それ以外はそのままあるという事で良いんだろう。たぶん。
「ってことは、俺達はこの結界の空間を抜けて、本来の空間に入らなくてはいけないって事なんだよな? どうやって入るんだ?」
そこで父さんは僕の事を指さす。
「簡単だ。クラウドルインズを使う。持っているそれに、アルドを注ぐ。ただそれだけだ」
正確には、僕の持っている円筒状のクラウドルインズを指していたらしい。
今は、父さんが専用のホルダーだと言って渡して来た革紐によって腰に結ばれている。
武士が刀を腰にさしている様が思い浮かぶが、それよりもずっと短いので刀だとは思われる事は無いだろう。
「これに、アルドを…」
僕は腰のそれを手に取ると、意識を集中し、アルドを込める。
すると、淡く円筒が光り出す。
「んじゃ、俺はつかまらせて貰うぞ」
父さんはそう言って僕の服の袖をつかむと、
「よし、そいつを前に出して進むんだ」
丘の方向へと視線を向けた。。




