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クラウド・ルインズ  作者: 時野 京里
九章 結界
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最後の起点へ


 午後八時。

 僕と父さんは私立聖風学園中等部の校門の前に居た。

 何のためらいも無く校門を乗り越えて中に入った父さんに向けて、僕は問いかける。

「こんな正面から入っちゃって良いのか? 何か警備員とかそういうのは――」

「何言ってんだ。そんなの聖風家の方でちゃんと対応してくれてるぞ。今夜はここには誰も居ない。気にせずさっさと入ってこい」

 若干呆れ気味の父さんの言葉に、僕は意を決して鉄製の校門を乗り越える。

 地面に着地した所で、

「んじゃ行くぞ」

 父さんはさっさと歩き出す。

 元々、八時に時雨はアンビシュンを呼び出している。それにどの位遅れて来るのかははっきりしていないため、出来るだけ早く所定の位置に着いておきたいのだろう。

 とはいうものの、

「そういえば、さっきはここには誰も居ないと言ったが――泥棒とかなら入ってるかもしれないな。警備が完全に外れているから」

 そんな冗談は言っている余裕は有る様だ。

 歩きながら、後ろに続く僕にそう話し掛けてきた。

「おいおい、大丈夫なのかよ? 終わってみたら学校荒らされ放題だった何て事になってたら、洒落にならないぞ」

「ふっ、つまりお前は、自分の仕事は完遂して、いつも通りの日常が戻って来ることしか考えて無いってことか」

 すぐには父さんの言っている意味が分からなかったが、頭の中で言葉を反芻してから理解する。

 なるほど、これからやる事が失敗に終わったら、そんな事言ってられない状況になるって事か。

 確かに、僕はそんな事は考えて無かった。でも逆に、これが終わればいつも通りの日常が戻って来るという事も考えてはいない。

 僕はただ、目の前の自分のやらなきゃいけない事に一杯一杯で、その先の事など全く考えて無かった。

 などとそんな事を自分自身の中で再確認していると、おそらく、自らの言葉で思い浮かべなくても良い様な事を思い浮かべてしまって、僕が委縮してしまったとでも思ったのだろう。

 少し慌てた様な父さんの声が聞こえてきた。

「あ、ああ、でも、重要な書類とか金目の物とかはちゃんと運び出してるらしいぞ。流石にあいつらは代々続く経営者の家系だな。ちゃんと考えて行動してるよ」

 そんな僕に気を使う父さんの様子がおかしくて、自然と笑いが込み上げて来る。

 それだけ、父さんも緊張しているという事なのだろうか。

 その気遣いに応える様に、僕は軽口を返す。

「ははっ、何言ってんだよ。それなら、父さんだって代々続く如月酒店の経営者じゃないか」

「小さな商店とでかい法人を一緒にすんじゃねーよ!」

「まあ確かに。街中で名前を知らない人が居ない聖風学園と、商店街の周りでしか知られてない如月酒店じゃあね」

 そうやって軽口をたたき合っている間に、僕らは聖風学園中等部の校舎を回り込み、その裏庭へと到着していた。

 昨日は僕が意識の無いままに行き来したために、何処に居たのかはっきりと分からなかった。だから、ここに来たのは初めてと言って良いだろう。

 そして僕は、聞かずにはいられなかった。

「父さん、ここって、生徒なら簡単に入れるんじゃないのか?」

 僕は前方百メートル程先の、小高くなっている丘、その中央に立つ杉の巨木を視界に収めながらそう問い掛けた。

「ああ、そうだな。何てったって、学校の敷地内だからな」

 いやいや、それがおかしいから聞いてるんじゃないか。

 あの丘の周囲には月夜さんの張った強力な結界が張られていて、誰も中の起点には近づけない様になっているはず。

 けれども、今この場所から丘の上まではきれいな芝生が広がっているだけなので、生徒が何かの拍子に丘の上に行こうとする事は十分に考えられる。

 だとしたら、結界の前まで行った生徒はどうなるのか。

 何も無い空中の壁にぶつかって行く手を阻まれる――そんな事が一般に広まってしまったら大問題では無いのか?

 シュトゥルーやアルドを使った力については、世間から隠しているものだと思っていたが…一体どうなっているんだ?

「いや、だから、その、生徒があの丘の上まで行こうとしたらどうするんだと聞きたいんだけど…」

 僕が再び問い掛けると、父さんはやっと僕の言いたい事を理解したとばかりにポンッと手を一つ打つと口を開いた。


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