窓際の転校生
一時間目の授業が終わると、僕はすぐさまA組へと向かった。短い休み時間とはいっても、二つ隣の教室に人を見に行くには十分な時間だ。
A組の前まで来ると、待っていましたと言わんばかりに目を輝かせながら星河が教室から出てくる。
「星河、青木時雨ってのはどこ?」
周りには聞こえないように、声を抑えて問いかける。
「あそこよ。窓際の一番後ろの席。今もまだ座ってるわ」
星河も同じ様に小さな声で返してくる。その視線の先を追うと、確かに一人の男子生徒が席に座っているのが目に入る。
窓外を見ているためその顔は見ることが出来ないが、その首の後ろで束ねられた長髪が、開け放たれた窓から入ってくる風に揺れているのが見えた。
「あの髪型、たぶんそうだ」
呟く。
すると星河は、
「でも顔も見ないと、確証とまではいかないでしょう? ちょっと行ってくるから見ていて」
と、僕の返事も待たずに教室の中へと入って行ってしまう。
何をするのかと少し焦りながら見ていると、星河はそのまま真っ直ぐ窓側まで進むと、何やらその青木時雨に一言二言、話しかける。
すると、窓外を見たままだった青木時雨は星河の方を一瞬振り向く。
すぐに元の体勢に青木時雨は戻ったが、それで十分だ。
彼は昨日玄関であった人物。そして、夢の中で怪物達をなぎ払っていた人物。間違いないだろう。
僕の方はもう確認が出来たので構わないのだが、あの一瞬だけじゃ確認できなかったと思っているのか、星河はまだ会話を続けている。
けれども、それは星河が一方的に話しているといった感じで、彼の方はまったく相手にしていないといった様子だ。
しばらくその状態が続いたが、いい加減諦めたのか星河は眉間にしわを寄せて、不機嫌そうにして戻ってくる。
「全く、何なのよあいつ! 人が話しかけてんのに無視してくれちゃって!」
開口一番、悪態を吐く。
ここから二人の会話は聞こえなかったし、時雨の口の動きも見えなかったが、無視されていたのか……。
良く一方的にあれだけ話しかけられたな、といささか感心しつつ、
「あはははは…、一瞬だけど顔見れたから問題ないよ」
愛想笑いをして答える。
「あ、そうなの? そういえば一回だけこっち向いたわね。こっち向かせて話すことばっかり考えてたから気が付かなかったわ。で、そうだったってこと?」
「うん、間違いない。彼が夢に出てきた男だよ」
「で、どうするの?」
どうするって……考えてなかったな。
彼が夢の男だとは分かった。それで、僕はどうしたいんだ?
予知夢が僕の未来に関わることなのは確かだ。
そりゃあ、こうやって興味を持って近寄っていったら関わることになるのは必然だろうけど、全く気にしていなくても関わることになるのだ。
という事で、わざわざ自分から何かする必要はないのではないか?
青木時雨が僕の未来になんらかの関係があるのだということだけ知っておけば、その時になって慌てなくても済む。それだけのことだ。
などと考えていると、
「ふーん。何も考えていなかったって感じね」
と、星河が呆れ顔で言ってくる。
「そりゃあまぁ、どうしようと結果は変わらないからね」
「言うと思った。最近の一輝ってそればっかりだからね。でも、昔は違ったなぁ~」
などと、星河はどこか責めるように言う。
そりゃあ、昔は色々やったさ。
予知夢として見るという事には何か意味があるはずだ。ならば、悪い夢だったら防ぐことが出来るのではないか、何て思って、必死で八方手を尽くしていたさ。
けれども、どうにもならなかった。夢に見たことはまったくそのまま、一分の狂いもない。
必死に駆けずり回って、それが報われたことは一度もない……。
そんなのを何度も繰り返していたら、誰だって何かしようって気はなくなるはずさ。星河だってそんなことはもう知ってるはずだ。
僕が黙っていると、星河は言葉を続けてくる。
「ま、もうすぐ休み時間も終わりだし、今は教室帰ったら? で、授業中にでもどうするか考えてなさい」
ひらひらと手を振り、あっさりと教室の中へと戻っていく星河。
同時に、
キーン、コーン、カーン、コーン
と、二時間目開始の鐘が鳴り始めた。